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番外編 氷の視線と焼きもち魔王
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魔王城の厨房。
春斗はエプロン姿でせっせと料理中。今日の夕飯は、バロンに頼まれた『地上風クリームシチュー』だ。
「バターは入れて…小麦粉を炒めて……っと。あれ、牛乳ってどこに──」
「…………ここだ」
ぬっと差し出された冷えた瓶。
「うわぉ!?」
後ろを振り返ると、無表情のグレイが立っていた。相変わらず、急に現れるから心臓に悪い。
「あ、ありがとうグレイさん。手伝ってくれるんですか?」
「…………いや。見てるだけだ」
「そ、そう……」
(えっ……本当にずっとこっち見てる……)
グレイの視線はなぜかずっと春斗の手元に注がれていて、しかもたまにじっと顔を見てくる。
気まずい。何か言いたそうなのに、それを言えない葛藤が伝わってくる。
そんなとき──
「グレイ。春斗に何か用か?」
バサァッと黒いマントを翻して現れたのはバロンだった。
グレイはちらと魔王を見て、すぐに春斗に視線を戻す。
「……見てる」
「見てるだと?」
「ああ」
「持ち場に戻れ」
「…………」
グレイの足元がパキ、と音を立てて氷で覆われていく。
「言うことがきけないのか?」
「……今は忙しい」
「そうは見えないが」
バロンはグレイの足元に向かって手をかざし、氷を溶かしていく。
「室内を凍らせるのはやめろ」
「…………」
自分を挟んでの睨み合いに、春斗はシチューをかき混ぜながら苦笑する。
(何この雰囲気……気まず……)
「春斗、ここから先は俺がやろう。お前はあっちで休んでいてくれ」
「ええ、バロンさんが料理とかできるの?」
「かき混ぜるならできるぞ」
胸を張って言い切るバロンに、春斗は思わず吹き出しそうになった。
「ふふ……じゃあ、お願いしようかな。焦がさないでくださいよ?」
「任せろ」
春斗はお玉をバロンに手渡し、傍にあった椅子に腰かけた。
ふぅ、と息を吐いて腕を伸ばす。
その間も、グレイは一歩も動かず、じっと春斗を見ていた。やはり彼は、料理ではなく自分に興味があるのだと知った春斗は「気になります?」とグレイに尋ねた。
グレイの長い睫毛が上下する。
「……うまそうだ」
「えっ」
「その……料理」
「料理……クリームシチューのことですか?」
「うまそうに見える」
その返答に春斗のほうが戸惑ってしまって「美味いですよ」と困ったように笑った。
(なんだ、やっぱり気になっていたのは料理の方か……恥ずかしい……)
「春斗、もう少しで完成だぞ」
「ありがとうございます!」
バロンが春斗を頭を撫でて、自然な動作で額にキスを落とす。
「ば、バロンさん!人前ですよ……」
「ああ、すまない、つい」
バロンはちらとグレイを見て口角を上げる。
ふんと勝ち誇った顔は、グレイを挑発するのには十分すぎるくらいだった。
「……やけに、仲がいいな」
グレイの周りの空気が冷たくなっていく。
「当然だ。春斗は俺の大切な伴侶だからな」
「なっ──!? バ、バロンさん!?」
思わず春斗の顔が真っ赤になる。
グレイの足元が、またパキ……キィンと音を立てて凍り始めた。
「……おい、グレイ。厨房を冷凍庫にするつもりか?」
ひたすら真顔のグレイと、慌てる春斗、落ち着き払ったバロン。
その場の空気がどんどん冷たくなる中、春斗は慌てて立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ってください!グレイさん、落ち着いて!このままじゃシチューが凍っちゃいますよ!」
春斗の吐く息は白い。
ぴたりとグレイの動きが止まった。
「……凍ったら、美味しくないな……」
「わ、わかってるならやめましょう!? 美味しく食べるために!」
春斗が必死に手を振ると、グレイはようやくふぅとため息をつき、氷を引っ込めた。床の霜がぱきぱきと音を立てて溶けていく。
「……じゃあ、また来る」
そう言って、グレイはすっと背を向けた。彼の姿が厨房の扉に吸い込まれるように消えていく。
「えっ!グレイさん!シチューは!?」
しかし、返事はなかった。
しんと静まり返った空間で、バロンがくすっと笑った。
「勝った」
「勝ったじゃないですよ!子どもみたいな事しないでください!」
ふん!と鼻を鳴らした春斗は珍しく怒っていて、「皆で食べたかったのに」とぽつりと呟いた。
「悪かった、大人気なかった……。次は皆で食べよう」
「約束ですよ?」
「もちろんだ」
春斗はふぅと肩の力を抜いて、「じゃあ盛りつけ、手伝ってください」と立ち上がった。
バロンがよしと頷き、鍋を火から下ろす。クリームシチューのいい匂いがふわりと立ち上る。
一方、その頃グレイは──。
春斗とバロンの楽しげな声が、扉の向こうから漏れ聞こえてくる。グレイはしばらく立ち尽くしていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……やっぱり、今食べる」
くるりと踵を返し、厨房の扉をそっと開けた。
「……まだ、残ってるか?」
不器用な問いかけに、振り返った春斗の顔がぱっと明るくなった。
「もちろん!グレイさんの分もちゃんとありますよ!」
魔王城の厨房に、春斗の笑い声がふわりと広がる。
氷の四天王グレイは、春斗の作る料理と、そのあたたかな心に、少しずつ心を溶かされていくのだった。
終
春斗はエプロン姿でせっせと料理中。今日の夕飯は、バロンに頼まれた『地上風クリームシチュー』だ。
「バターは入れて…小麦粉を炒めて……っと。あれ、牛乳ってどこに──」
「…………ここだ」
ぬっと差し出された冷えた瓶。
「うわぉ!?」
後ろを振り返ると、無表情のグレイが立っていた。相変わらず、急に現れるから心臓に悪い。
「あ、ありがとうグレイさん。手伝ってくれるんですか?」
「…………いや。見てるだけだ」
「そ、そう……」
(えっ……本当にずっとこっち見てる……)
グレイの視線はなぜかずっと春斗の手元に注がれていて、しかもたまにじっと顔を見てくる。
気まずい。何か言いたそうなのに、それを言えない葛藤が伝わってくる。
そんなとき──
「グレイ。春斗に何か用か?」
バサァッと黒いマントを翻して現れたのはバロンだった。
グレイはちらと魔王を見て、すぐに春斗に視線を戻す。
「……見てる」
「見てるだと?」
「ああ」
「持ち場に戻れ」
「…………」
グレイの足元がパキ、と音を立てて氷で覆われていく。
「言うことがきけないのか?」
「……今は忙しい」
「そうは見えないが」
バロンはグレイの足元に向かって手をかざし、氷を溶かしていく。
「室内を凍らせるのはやめろ」
「…………」
自分を挟んでの睨み合いに、春斗はシチューをかき混ぜながら苦笑する。
(何この雰囲気……気まず……)
「春斗、ここから先は俺がやろう。お前はあっちで休んでいてくれ」
「ええ、バロンさんが料理とかできるの?」
「かき混ぜるならできるぞ」
胸を張って言い切るバロンに、春斗は思わず吹き出しそうになった。
「ふふ……じゃあ、お願いしようかな。焦がさないでくださいよ?」
「任せろ」
春斗はお玉をバロンに手渡し、傍にあった椅子に腰かけた。
ふぅ、と息を吐いて腕を伸ばす。
その間も、グレイは一歩も動かず、じっと春斗を見ていた。やはり彼は、料理ではなく自分に興味があるのだと知った春斗は「気になります?」とグレイに尋ねた。
グレイの長い睫毛が上下する。
「……うまそうだ」
「えっ」
「その……料理」
「料理……クリームシチューのことですか?」
「うまそうに見える」
その返答に春斗のほうが戸惑ってしまって「美味いですよ」と困ったように笑った。
(なんだ、やっぱり気になっていたのは料理の方か……恥ずかしい……)
「春斗、もう少しで完成だぞ」
「ありがとうございます!」
バロンが春斗を頭を撫でて、自然な動作で額にキスを落とす。
「ば、バロンさん!人前ですよ……」
「ああ、すまない、つい」
バロンはちらとグレイを見て口角を上げる。
ふんと勝ち誇った顔は、グレイを挑発するのには十分すぎるくらいだった。
「……やけに、仲がいいな」
グレイの周りの空気が冷たくなっていく。
「当然だ。春斗は俺の大切な伴侶だからな」
「なっ──!? バ、バロンさん!?」
思わず春斗の顔が真っ赤になる。
グレイの足元が、またパキ……キィンと音を立てて凍り始めた。
「……おい、グレイ。厨房を冷凍庫にするつもりか?」
ひたすら真顔のグレイと、慌てる春斗、落ち着き払ったバロン。
その場の空気がどんどん冷たくなる中、春斗は慌てて立ち上がった。
「ちょ、ちょっと待ってください!グレイさん、落ち着いて!このままじゃシチューが凍っちゃいますよ!」
春斗の吐く息は白い。
ぴたりとグレイの動きが止まった。
「……凍ったら、美味しくないな……」
「わ、わかってるならやめましょう!? 美味しく食べるために!」
春斗が必死に手を振ると、グレイはようやくふぅとため息をつき、氷を引っ込めた。床の霜がぱきぱきと音を立てて溶けていく。
「……じゃあ、また来る」
そう言って、グレイはすっと背を向けた。彼の姿が厨房の扉に吸い込まれるように消えていく。
「えっ!グレイさん!シチューは!?」
しかし、返事はなかった。
しんと静まり返った空間で、バロンがくすっと笑った。
「勝った」
「勝ったじゃないですよ!子どもみたいな事しないでください!」
ふん!と鼻を鳴らした春斗は珍しく怒っていて、「皆で食べたかったのに」とぽつりと呟いた。
「悪かった、大人気なかった……。次は皆で食べよう」
「約束ですよ?」
「もちろんだ」
春斗はふぅと肩の力を抜いて、「じゃあ盛りつけ、手伝ってください」と立ち上がった。
バロンがよしと頷き、鍋を火から下ろす。クリームシチューのいい匂いがふわりと立ち上る。
一方、その頃グレイは──。
春斗とバロンの楽しげな声が、扉の向こうから漏れ聞こえてくる。グレイはしばらく立ち尽くしていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……やっぱり、今食べる」
くるりと踵を返し、厨房の扉をそっと開けた。
「……まだ、残ってるか?」
不器用な問いかけに、振り返った春斗の顔がぱっと明るくなった。
「もちろん!グレイさんの分もちゃんとありますよ!」
魔王城の厨房に、春斗の笑い声がふわりと広がる。
氷の四天王グレイは、春斗の作る料理と、そのあたたかな心に、少しずつ心を溶かされていくのだった。
終
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