1 / 3
1 ツイてない青年
しおりを挟む
アルトは昔から、運が悪かった。
石畳を歩けば靴底が剥がれる。パンを買えば中身だけ綺麗に空洞。井戸水を汲めば桶の底が抜ける。
そんな人生だった。
だから今日も、雨が降っていないのに雨具を着て街を歩いているのは、別におかしなことじゃない。むしろ合理的だ、とアルトは思っていた。
「このカッパ、やっぱりいいな」
新しく買ったそれは、深い緑色で丈が長い。軽いし、風も通さない。何よりフードが大きいのが良い。
晴れの日でも普通に使える優れものだ。アルトはすっかり気に入っていた。
問題があるとすれば──
「見ろ、あのローブ……」
「間違いない、魔法使いだ」
「おい、そこの君!」
まったく知らない男たちに呼び止められたことくらいだった。
振り向くと、そこにはいかにも冒険者という一団が立っていた。
鎧の男、神官らしき女性、大剣を背負った青年。
どう見ても、王道パーティーである。
「やっと見つけたぞ!王都で聞いていた放浪の魔法使いだな!」
「……え?」
アルトは首を傾げた。
だが、彼らは確信に満ちた顔をしている。
「俺たちは魔王討伐の勇者パーティーだ! 君の力が必要なんだ!」
「いや、あの……ちが、僕は」
「さあ行こう!時間がない!」
腕を掴まれ、荷物を持たされ、気づけば馬車に押し込まれていた。
道中、会話は何度もあった。
だが「人違いなんです!」と言える雰囲気は一度もなかった。
そしてアルトは思う。
(……なんか、すごくヤバいことになってない?)
その嫌な予感は、数日後──見事に当たることになる。
しかも、とびきり最悪な形で。
勇者たちは──負けた。
*
魔王城、玉座の間。
粉塵が舞い、床には戦闘の跡。
ところどころに血が飛び散っている。
そして。
「撤退だ!!」
勇者パーティーは全力で逃げていた。
「ちょっと待って!?みんな待って!!」
アルトは取り残された。玉座の前にポツンと一人きり。
目の前には鋭い眼光を持つ魔王──セルディア。
「なんだ、貴様は」
低い声が落ちる。
アルトの前に立っていたのは、恐ろしく整った顔立ちの男だった。
長い黒髪。白い肌。そして頭には、立派な角。魔力なんて感じたこともないアルトでも分かる。
(この人は人間じゃない……!)
逃げないと、そう思うのに体が動かない。
「……あの」
アルトはぺたりと座り込んだまま、恐る恐る手を挙げた。
「僕、実は勇者さんたちの仲間でもなんでもないんです……」
「ほう」
「その……旅の途中で、勘違いをされて……」
「勘違い?」
アルトの肩がびくっと震える。
「は、はい……!戦ったことなんて一度もないんですッ……!」
「だろうな。見るからに非力そうだ」
「うぅ……だからッ見逃してほしいんです!」
アルトは慌てて立ち上がろうとして──
自分のカッパの裾を踏んだ。
どてっ。
「あぶ……!」
咄嗟に手が出ず顔を打ち付けてしまう。
玉座の間は静まり返った。
アルトは床に突っ伏したまま固まる。
(終わった……)
殺される。そう思った、その瞬間。
「……ふ」
魔王は小さく笑った。
「貴様、なかなか面白いな」
「え……?」
アルトが恐る恐る顔を上げる。
「魔法使いだろうが、そうでなかろうが構わん」
魔王は顎に手を当て、アルトを見下ろした。
「ちょうど退屈していたところだ」 「え、あ……あの……」
嫌な予感しかしない。
「しばらく俺の城にいろ」
「……ふあ!?」
アルトの変な声が響いた。
「聞こえなかったか?しばらくここに置いてやると言っている」
「え、いや、ちょっと待ってください!!」
「何を待てと言うのだ」
「あ……えと……だから、その……」
魔王の鋭い視線に射抜かれ、アルトは完全に言葉を失う。
「暇つぶしにはなるだろう」
そう言い残して、魔王セルディアはくるりと背を向けて去っていく。
……あれ?
もしかして。
今なら逃げられるんじゃ……。
そう思った、次の瞬間。
足元がふらつき、足元に穴が空いた。
「え?え?うそ、まさか、うわああああああああああああああ!!」
アルトはそのまま真っ逆さまに落ちていった。
叫び声が魔王城の奥深くへと吸い込まれていく。
──彼の運の悪い人生は、まだ始まったばかりだった。
石畳を歩けば靴底が剥がれる。パンを買えば中身だけ綺麗に空洞。井戸水を汲めば桶の底が抜ける。
そんな人生だった。
だから今日も、雨が降っていないのに雨具を着て街を歩いているのは、別におかしなことじゃない。むしろ合理的だ、とアルトは思っていた。
「このカッパ、やっぱりいいな」
新しく買ったそれは、深い緑色で丈が長い。軽いし、風も通さない。何よりフードが大きいのが良い。
晴れの日でも普通に使える優れものだ。アルトはすっかり気に入っていた。
問題があるとすれば──
「見ろ、あのローブ……」
「間違いない、魔法使いだ」
「おい、そこの君!」
まったく知らない男たちに呼び止められたことくらいだった。
振り向くと、そこにはいかにも冒険者という一団が立っていた。
鎧の男、神官らしき女性、大剣を背負った青年。
どう見ても、王道パーティーである。
「やっと見つけたぞ!王都で聞いていた放浪の魔法使いだな!」
「……え?」
アルトは首を傾げた。
だが、彼らは確信に満ちた顔をしている。
「俺たちは魔王討伐の勇者パーティーだ! 君の力が必要なんだ!」
「いや、あの……ちが、僕は」
「さあ行こう!時間がない!」
腕を掴まれ、荷物を持たされ、気づけば馬車に押し込まれていた。
道中、会話は何度もあった。
だが「人違いなんです!」と言える雰囲気は一度もなかった。
そしてアルトは思う。
(……なんか、すごくヤバいことになってない?)
その嫌な予感は、数日後──見事に当たることになる。
しかも、とびきり最悪な形で。
勇者たちは──負けた。
*
魔王城、玉座の間。
粉塵が舞い、床には戦闘の跡。
ところどころに血が飛び散っている。
そして。
「撤退だ!!」
勇者パーティーは全力で逃げていた。
「ちょっと待って!?みんな待って!!」
アルトは取り残された。玉座の前にポツンと一人きり。
目の前には鋭い眼光を持つ魔王──セルディア。
「なんだ、貴様は」
低い声が落ちる。
アルトの前に立っていたのは、恐ろしく整った顔立ちの男だった。
長い黒髪。白い肌。そして頭には、立派な角。魔力なんて感じたこともないアルトでも分かる。
(この人は人間じゃない……!)
逃げないと、そう思うのに体が動かない。
「……あの」
アルトはぺたりと座り込んだまま、恐る恐る手を挙げた。
「僕、実は勇者さんたちの仲間でもなんでもないんです……」
「ほう」
「その……旅の途中で、勘違いをされて……」
「勘違い?」
アルトの肩がびくっと震える。
「は、はい……!戦ったことなんて一度もないんですッ……!」
「だろうな。見るからに非力そうだ」
「うぅ……だからッ見逃してほしいんです!」
アルトは慌てて立ち上がろうとして──
自分のカッパの裾を踏んだ。
どてっ。
「あぶ……!」
咄嗟に手が出ず顔を打ち付けてしまう。
玉座の間は静まり返った。
アルトは床に突っ伏したまま固まる。
(終わった……)
殺される。そう思った、その瞬間。
「……ふ」
魔王は小さく笑った。
「貴様、なかなか面白いな」
「え……?」
アルトが恐る恐る顔を上げる。
「魔法使いだろうが、そうでなかろうが構わん」
魔王は顎に手を当て、アルトを見下ろした。
「ちょうど退屈していたところだ」 「え、あ……あの……」
嫌な予感しかしない。
「しばらく俺の城にいろ」
「……ふあ!?」
アルトの変な声が響いた。
「聞こえなかったか?しばらくここに置いてやると言っている」
「え、いや、ちょっと待ってください!!」
「何を待てと言うのだ」
「あ……えと……だから、その……」
魔王の鋭い視線に射抜かれ、アルトは完全に言葉を失う。
「暇つぶしにはなるだろう」
そう言い残して、魔王セルディアはくるりと背を向けて去っていく。
……あれ?
もしかして。
今なら逃げられるんじゃ……。
そう思った、次の瞬間。
足元がふらつき、足元に穴が空いた。
「え?え?うそ、まさか、うわああああああああああああああ!!」
アルトはそのまま真っ逆さまに落ちていった。
叫び声が魔王城の奥深くへと吸い込まれていく。
──彼の運の悪い人生は、まだ始まったばかりだった。
0
あなたにおすすめの小説
シナリオ回避失敗して投獄された悪役令息は隊長様に抱かれました
無味無臭(不定期更新)
BL
悪役令嬢の道連れで従兄弟だった僕まで投獄されることになった。
前世持ちだが結局役に立たなかった。
そもそもシナリオに抗うなど無理なことだったのだ。
そんなことを思いながら収監された牢屋で眠りについた。
目を覚ますと僕は見知らぬ人に抱かれていた。
…あれ?
僕に風俗墜ちシナリオありましたっけ?
魔王様に溺愛されています!
うんとこどっこいしょ
BL
「一目惚れをしたんだ、必ず俺に惚れさせてみせる」
異世界で目覚めた倉木春斗は、自分をじっと見つめる男──魔王・バロンと出会う。優しいバロンに、次第に惹かれていく春斗。けれど春斗には、知らぬ間に失った過去があった。ほのぼの、甘い、ラブコメファンタジー。
第一章
第二章
第三章 完結!
番外編追加
大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)
子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ
喰われるなんて聞いてないんだが(?)
俺はただ、
いちご狩りに誘われただけだが。
なのに──
誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に
なぜか俺が捕まって食われる展開に?
ちょっと待てい。
意味がわからないんだが!
いちご狩りから始まる
ケンカップルいちゃらぶBL
※大人描写のある話はタイトルに『※』あり
幼馴染みのハイスペックαから離れようとしたら、Ωに転化するほどの愛を示されたβの話。
叶崎みお
BL
平凡なβに生まれた千秋には、顔も頭も運動神経もいいハイスペックなαの幼馴染みがいる。
幼馴染みというだけでその隣にいるのがいたたまれなくなり、距離をとろうとするのだが、完璧なαとして周りから期待を集める幼馴染みαは「失敗できないから練習に付き合って」と千秋を頼ってきた。
大事な幼馴染みの願いならと了承すれば、「まずキスの練習がしたい」と言い出して──。
幼馴染みαの執着により、βから転化し後天性Ωになる話です。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される
田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた!
なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。
婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?!
従者×悪役令息
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる