ツイてない僕が魔王に拾われて、なぜか溺愛されています

うんとこどっこいしょ

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1 ツイてない青年

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 アルトは昔から、運が悪かった。
 石畳を歩けば靴底が剥がれる。パンを買えば中身だけ綺麗に空洞。井戸水を汲めば桶の底が抜ける。
 そんな人生だった。
 だから今日も、雨が降っていないのに雨具を着て街を歩いているのは、別におかしなことじゃない。むしろ合理的だ、とアルトは思っていた。

「このカッパ、やっぱりいいな」

 新しく買ったそれは、深い緑色で丈が長い。軽いし、風も通さない。何よりフードが大きいのが良い。
 晴れの日でも普通に使える優れものだ。アルトはすっかり気に入っていた。
 問題があるとすれば──

「見ろ、あのローブ……」
「間違いない、魔法使いだ」
「おい、そこの君!」

 まったく知らない男たちに呼び止められたことくらいだった。
 振り向くと、そこにはいかにも冒険者という一団が立っていた。
 鎧の男、神官らしき女性、大剣を背負った青年。
 どう見ても、王道パーティーである。

「やっと見つけたぞ!王都で聞いていた放浪の魔法使いだな!」
「……え?」

 アルトは首を傾げた。
 だが、彼らは確信に満ちた顔をしている。

「俺たちは魔王討伐の勇者パーティーだ! 君の力が必要なんだ!」
「いや、あの……ちが、僕は」
「さあ行こう!時間がない!」

 腕を掴まれ、荷物を持たされ、気づけば馬車に押し込まれていた。
 道中、会話は何度もあった。
 だが「人違いなんです!」と言える雰囲気は一度もなかった。
 そしてアルトは思う。
(……なんか、すごくヤバいことになってない?)
 その嫌な予感は、数日後──見事に当たることになる。
 しかも、とびきり最悪な形で。
 勇者たちは──負けた。

*

 魔王城、玉座の間。
 粉塵が舞い、床には戦闘の跡。
 ところどころに血が飛び散っている。
 そして。

「撤退だ!!」

 勇者パーティーは全力で逃げていた。

「ちょっと待って!?みんな待って!!」

 アルトは取り残された。玉座の前にポツンと一人きり。
 目の前には鋭い眼光を持つ魔王──セルディア。

「なんだ、貴様は」

 低い声が落ちる。
 アルトの前に立っていたのは、恐ろしく整った顔立ちの男だった。
 長い黒髪。白い肌。そして頭には、立派な角。魔力なんて感じたこともないアルトでも分かる。
 (この人は人間じゃない……!)
 逃げないと、そう思うのに体が動かない。

「……あの」

 アルトはぺたりと座り込んだまま、恐る恐る手を挙げた。

「僕、実は勇者さんたちの仲間でもなんでもないんです……」
「ほう」
「その……旅の途中で、勘違いをされて……」
「勘違い?」

 アルトの肩がびくっと震える。

「は、はい……!戦ったことなんて一度もないんですッ……!」
「だろうな。見るからに非力そうだ」
「うぅ……だからッ見逃してほしいんです!」

 アルトは慌てて立ち上がろうとして──
 自分のカッパの裾を踏んだ。
 どてっ。

「あぶ……!」

 咄嗟に手が出ず顔を打ち付けてしまう。
 玉座の間は静まり返った。
 アルトは床に突っ伏したまま固まる。
(終わった……)
 殺される。そう思った、その瞬間。

「……ふ」

 魔王は小さく笑った。

「貴様、なかなか面白いな」
「え……?」

 アルトが恐る恐る顔を上げる。

「魔法使いだろうが、そうでなかろうが構わん」

 魔王は顎に手を当て、アルトを見下ろした。

「ちょうど退屈していたところだ」 「え、あ……あの……」

 嫌な予感しかしない。

「しばらく俺の城にいろ」
「……ふあ!?」

 アルトの変な声が響いた。

「聞こえなかったか?しばらくここに置いてやると言っている」
「え、いや、ちょっと待ってください!!」
「何を待てと言うのだ」
「あ……えと……だから、その……」

 魔王の鋭い視線に射抜かれ、アルトは完全に言葉を失う。

「暇つぶしにはなるだろう」

 そう言い残して、魔王セルディアはくるりと背を向けて去っていく。
 ……あれ?
 もしかして。
 今なら逃げられるんじゃ……。
 そう思った、次の瞬間。
 足元がふらつき、足元に穴が空いた。

「え?え?うそ、まさか、うわああああああああああああああ!!」

 アルトはそのまま真っ逆さまに落ちていった。
 叫び声が魔王城の奥深くへと吸い込まれていく。
 ──彼の運の悪い人生は、まだ始まったばかりだった。
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