愛、屋烏に及ぶ

うんとこどっこいしょ

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第3話

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「これを見てくれ」

 シロウは自らのシャツのボタンに手をかけて脱ぎ捨てた。
 月の光を浴びたような真っ白な肌。まるで彫刻のように整った体躯は、無駄のない筋肉で引き締まっており、力強さとしなやかさを同時に感じさせた。
 戸惑うアキラをそのままにシロウが振り返って背を向ける。

「それは……!!」

 アキラはギョッとした。
 広い肩から流れるような背筋、そして背中を真っ二つに裂いたような一本の傷痕。
 アキラは驚きつつも、シロウに言われた通り目を逸らさなかった。
 その時、アキラの中である記憶がよみがえった。

 ──夕陽が西の空に沈みかける頃。空は茜色に染まり、雲の縁が金色に輝いている。その光を受けて、朱塗りの鳥居が淡く燃えるように照らされていた。長い年月を経て色褪せた柱には、風に削られた痕が残り、苔が生えている。
 アキラは思った。懐かしい。近所にあった神社だ。
 アキラは瞼を閉じる。
 管理されていない古びた神社。その石段の上の方で子どもたちが輪を作っている。

 ────助けて、痛いよ。ボクは何もしてないのに。助けて、助けて……。

 幼い子どもの声だった。
 記憶の中のアキラが慌てて駆け寄っていく……。

『何してるんだ!!』

 子どもたちの輪に割って入ると、そこには血を流した白蛇がいた。背には大きな傷。ぱっくりと開いたそこは中の肉まで見えていた。
 ふと、子どもたちのうちの一人が持っていた枝に目がいく。
 枝の先からはポタポタと血が垂れていた。
 アキラは無我夢中で叫んだ。

『虐待だ!!ここに生き物を虐待するやつがいる!!誰か来てくださいッ!!』

『お、おい……虐待とか馬鹿じゃねえの、ただの蛇じゃん』

『気持ち悪かったから退治してやろうと思っただけだよ』

『変なやつ、もう行こうぜ』

 子どもたちは枝を捨て、逃げるように帰って行く。
 アキラはその場に膝をついた。

『ごめんね……痛いよね……』

 白蛇は弱々しく体をくねらせる。
 アキラの目から大粒の涙が零れ落ちる。

『こんなの酷すぎるよね……』

 アキラは動かなくなった白蛇を抱えて家に連れて帰った。家族は初めて見る白蛇にびっくりしていたが、祖母だけはアキラと一緒に涙を流した。
 秋の終わり。白蛇を土の中へ埋めた記憶。
 走馬灯のように幼い頃の記憶が頭の中を流れていく──。
 アキラはゆっくりと目を開けた。

「それじゃあ……!あなたはあの時の……!!」

 アキラの目にぶわりと涙が込み上げてくる。
 シロウは頷くと、今にも泣き出しそうな顔で言った。

「……助けてくれてありがとう。ずっと言いたかった……ずっと君に会いたかった」

 シロウが感極まってアキラを抱き締めると、アキラもまた彼の背にそっと腕を回した。

「生きて……いたんですね」

 良かった、良かった、と何度も繰り返すアキラに、シロウはあの日の事を振り返った。

「俺は気付いたら人間の住む世界にいたんだ、わけも分からず神社の岩陰に隠れていたところを、あの子どもたちに見つかってしまった……でも君が土に俺を埋めてくれたおかげで冬を越すことが出来たんだ、そしてこちらの世界にも帰ってこれた」

 シロウの瞳が赤く光る。

「シロウさん!目が……!」

「こっちが本来の瞳の色だ、普段は馴染みやすいように黒色に変化している……俺が、恐ろしいか?」

「いえ、全然!綺麗な瞳の色だなって……見惚れてしまいました」

 頬を染めるアキラにシロウまでも恥ずかしくなり、互いに目を逸らして、そしてパッと離れて距離をとった。

「す、すまない……つい抱き締めてしまった」

「お、俺の方こそすみません……!」

 シロウは恥ずかしそうに服を整える。
 しばしの沈黙のあと、どちらともなく小さく笑った。

「食べましょうか」

「ああ、紅茶を入れ直してくるよ。もうすっかり冷めてしまったからな」

「俺手伝います!」

「ありがとう」

 二人は並んでキッチンに立った。
 アキラは思う。これから先、どうなるかは分からない。だけどシロウと一緒ならこの先の困難も乗り越えられるような気がした──。

*

 一方その頃、思慕の森──。
 霧の深い森は、まるで世界そのものが白くかすんでしまったかのようだった。視界はわずか数歩先までしか届かず、輪郭の曖昧な木々が、幽霊のようにぼんやりと立ち並んでいる。

「あれは確かに人間だったね」

 静かに鎮座する苔むした大きな岩。長い年月をその場で耐えてきたようなその上では、ホンドウが腰掛け、ニヤリと笑っていた。

「猫のように振る舞ってたようだけど、ヘビの臭いをさせてる猫がどこにいるんだよって話」

 くつくつと笑うホンドウに、木の幹に寄りかかっていた灰褐色の耳を持つ男が、ニヤリと口角を上げる。

「へぇ、蛇臭い猫か……気になるな」

「だろ?狩らないか?」

「狩るのはいいが……人間ってのは美味いのか?」

「……まあ美味しくはなかったな」

 ホンドウのその答えに灰褐色の耳がぴくりと動いた。

「食ったことがあるのか」

 ホンドウは得意げに笑った。

「ああ、俺は死体の肉を齧ったことがある」

「どうだった」

「……あんまり美味しくはなかった」

 ホンドウは過去に味わったことのある人間を思い出して、不味そうに舌を出して続けた。

「でも、新鮮だったら分からない」

 ホンドウの目は狂気を孕んで光った。狩りをする時の鋭い目だ。  灰褐色の耳を持つ男──サクは目をスッと細めた。

「いいぜ、その話乗った」

「そうこなくっちゃ」

 狐と狼が手を組んで狩りをするなど夢にも思うまい、とホンドウは内心でほくそ笑んでいた。シロウの事を前々からよく思っていなかったのだ。アイツが大事にしているモノを奪ったらどんな顔をするだろう。考えるだけでゾクゾクした。
 怪しい風が木々を揺らし、葉の擦れる音で二人の会話は聞こえなくなる。

「──じゃあ計画通りに」

 風が止むと、ざわめいていた梢の音がふっと消えた。葉擦れの囁きも、草をなでる優しい吐息も途絶え、まるで森そのものが息を潜めたようだった。
 思慕の森は、再び深い静寂に包まれていく──。

第一章 完
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