焼けたモスリンビークの森から

takataka

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その後

未来

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■数年後 モスリンビークの森

爽やかな風にやさしく吹かれながら、木漏れ日に照らされた草地を歩く。
モスリンは再び緑が生い茂っていた。神の啓示は実在したのか、あるいは単に自然の力が逞しいのか、人間の行った侵略等なかったかのようだった。枯れたように見えた木々は再び葉を生やし、焼け落ちた草花も新しく生え変わっていた。
死に絶えたと思った虫や動物達の鳴く声も再び返ってきた。しかしあの鐘の音はもうしない。
賑わう人々のいる場所から外れ、今はその自然に浸っていた。


つい一ヶ月前まで、あの店長の酒場でまた働かせてもらっていた。
店長はこちらに会えてとても嬉しそうにしていた。そして事件のことを知ったのか、お前の事は何があっても守ってやる。とも言ってくれた。だから、彼のために一生懸命働いた。
しかしある日の夢の中で、急にあの鐘の音とあの女の歌う讃美歌が聞こえてきた。
その時は鐘が再び鳴り始めたのかと勘違いした。
そう言えば自分は人狼だったと思い出した位に、自覚は無かったのだけど。
そして奇妙な事に、その日のテレビでモスリンの事が取り上げられていた。すると結局懐かしくなり、店長に無理を言ってまたこの地へと帰ってきてしまった。

そして数年前のあの時、なんとか彼女を病院へ送りとどけた。彼女はなんとか一命を取り止め、次第に体調も回復していった。
しかしそのタイミングで突然軍隊が病院へとやってきて、そのまま彼女を連れ去ってしまった。
それはこちらでは故も知らぬ奴ら。どうやらソル・ジョーゼットの訃報が世間に知れ回り、その裏の名を知る貴族達が息を吹き返したようだった。それらは放たれた野犬のように獰猛となり、シフォンでは動乱の日々が今も巻き起こっているとか。

結局、色々あって彼女はサーシャ・シフォンヌに返り咲いた。
赤獅子は解体され、将校達は責任を追求され処刑された。
あの日のテレビで見た時に彼女は言っていた。モスリンの狼獲祭で現地の人と踊ったが、下手で笑われたと。その時の笑顔は、テレビの中のサーシャがあの彼女であると確信するのに十分だった。それは嬉しくもあり、寂しくもあった。

そのおかげか、ここモスリンの地にも人が帰ってきている。それに今日は復興を祝う蘇穣祭。更に多くの人がこの地に集結して賑わっていた。実はそこにコジロウも寄ってくれていた。謎の漬け壺を見せびらかし、その後赤ら顔で自慢話ばかりしていたが、最後に花を貰った。


今、目下には墓がある。妹、ルキのものだ。
あの時は墓すら作ってやれなかった。もはや亡骸の場所は分からないが、せめて気持ちだけでも悼みたいと思い建てた。
そして墓の前にリリーを添える。これは東方の言葉で『ユリ』と呼ぶらしい。それは無垢を意味する花だとか。モスリンの葬儀ではユーリャの花でしめやかに行うのが定番だが、今ではこちらの方が良い。
もしルキがユリと出会えていれば、いい友達になれたかもしれない。いや、これは自分のくだらない妄想だ。でも天国で友達になってくれたらいいな。……なんて。
とにかく、妹の墓の前で座り込み、目を閉じる。そしてモスリンの儀礼歌をつぶやいた。

ふと背後から足で草を踏む音がする。

「お兄ーちゃん!?」
その声を聞いて驚いた。慌てて振り向く。
するとそこには懐かしい人が立っていた。

「……どうしてここに?」
風になびく銀の髪に、木漏れ日が反射して煌めいていた。
それはあの日のようでいて、それとはまた違う光景だった。

「あはは、驚いた?私このお祭りの主催者なのよ。それであなたを見つけたからちょっと抜け出してきたの。」
彼女はスカートの裾を掴み、優雅に捲り上げた。

「見て、この民族衣装。あの時ルキちゃんと一緒に作ったものよ。邸宅のクローゼットにまだあったの。ボロボロだったから随分と直したわ。」

「へぇ……びっくりしたよ。懐かしい、あの時のままだ。……小じわ以外は。」

「……なんですって?」
彼女はこちらの背中の肉をつかみ、ひねってくる。

そしておもむろにこちらの隣に座った。

「でも会えて良かった。お変わりないようね、アキ。」
彼女は微笑む。しかしその名で呼ばれると、妙に寒気がした。

「ごめん、アキと言う名前は捨てたんだ。その名で呼ばれると、自我を失いそうになる。」

「あらもったいない。私だけが知ってる貴重な名前なのに。そうよね?」

「まぁな。……でもやめないと、こっちもサーシャって呼ぶぞ?」
そう言うと彼女は吹き出す。

「あはは……分かったわ。じゃあやっぱりお兄ちゃんってのはどう?私達がまだ10代だった頃の呼び名。懐かしくない?」

「まぁ奇妙だけど、今はそれでも良いかな。」

「うふふ、分かった。お兄ちゃんね。じゃあ私の事もお姉ちゃんと呼ぶのよ?」

「はいはい。30歳のお姉ちゃん。」

「もうっ!」
彼女は顔を真っ赤にしてこちらの肩を小突く。
そして小さくため息をついた。

「まぁ年齢は嘘をつけないわ。もうそろそろ数えたくなくなって来たけどね。……ところでそこにあるのは、ルキちゃんの?」
墓のことを訊ねているようだ。頷いて肯定すると、彼女は瞼を閉じ、そこへかしずく。祈りを始めたようだ。

その祈りをしばらく見守る。
風が草花を撫で、彼女の長き髪をふわふわと揺らした。相変わらず長い髪だ。洗うのが大変そう。
やがて彼女は瞼を開け、流し目でこちらを見た。

「……ところでお兄ちゃんは、今どうしてるの?家族でもできた?」

「いや、適当に暮らしてる。そっちは?」

「私?シフォンヌ家の頭領として頑張ってるわ。今度、貴族と結婚するのよ。」

「……そっか。おめでとう。」

乗り気でない祝福を告げると、なぜか彼女は身を寄せ、こちらの肩に頭を預けてくる。銀の髪が揺れて身体にかかった。
まるで恋人のような甘え方だが、今しがた彼女は貴族と結婚すると言ったはず。

「何がしたいんだ?」

「……その縁談を断ったら、力を失ったシフォンヌ家は都落ちするの。そしてこのど田舎のモスリンへ飛ばされる事になるわ。……でも僥倖ね、ここから私はモスリンの再興に力を入れていく事が確定したんだから!今からあんたはシフォンとモスリンを繋ぐ親善大使になるのよ?」
彼女はほくそ笑む。

「なんだそりゃ。」
こちらも苦笑いを浮かべた。

しばらくそのままの時間が過ぎていく。
長い銀の髪が風でやさしくなびいて、ふんわりと広がる。

「……だからまたすぐに来るわ。その時は歓迎してよ?お兄ちゃん。」

「もちろんだよ。……お姉ちゃん。」


そう答えると彼女は再び瞼を閉じた。それを見てこちらも同じ様に瞼を閉じる。
そして彼女をやさしく押し倒して、そっと互いの唇を重ねた。

――

彼女は去っていった。
今後この地の平穏が永遠に続くとは限らないが、この緑生い茂るモスリンビークの森から、新しい人生を歩んでいこうと思えた。

――完――

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