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その後
曙光
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夢の中は讃美歌が鳴り響いていた。心をざわつかせたはずのそれは、今は不思議と心を落ち着ける。
神と叛逆の巫女がこの世から姿を消し、使徒達はいかように彷徨うこととなるのだろうか。
■4日目 線路沿い
夜が明けて線路沿いを二人、肩を支えながら歩いていた。
昨日の彼女の歌声のおかげで進むべき方角が分かると、思いの外すんなりとここに戻ってこれた。今は曇ってはいるが、雪は降っていない。
ふと背後を見渡すと、永遠かと思えるほどの雪原がただ静かに広がっていた。
今は前を見て、シフォンを目指すしかない。
しばらく歩き続けていると、線路の合間に妙なものがあった。
ボロボロな財布のようなもの。おもむろにそこへ近づき、それを拾った。
中を確認すると、そこに一枚の写真が入っていた。民族衣装をまとった妹の姿……。なぜこんなものがここに。見ればレールに青紫色の血のようなものが飛び散っていた。
またしばらく歩き続ける。
すると雪原に何かを引きずったような跡が続いていた。
それをなんとなく辿っていくと、その先に男が倒れていた。
「……サリ・シフォンヌ。」
彼はまだかろうじて息がある。こちらに気付くとその顔を少しだけ上げた。
「そなた……それに、サーシャか……。」
こちらは彼の者の顔を睨みつける。しかし彼の者は上げた頭をすぐに落とし、空を仰ぐ。
「はは……運が……悪かったよ……。脚に……そなたの一撃を食らって……しまった。」
どうやら脚が折れているようだ。ここまで体をひきずってきたのだろうが、限界が来たのか動けなくなっている。
「そなたは……人狼……だったな。力を……貸してくれないか?」
「力を貸せ?無理だ。……お前は自身が虐げてきた人間達の報いを受けて、孤独に死に絶えるべきだ。そんなやつに力を与えるつもりはない。」
「ふふ……まぁ……分からぬか。弱き者は虐げられるのだ。……力を持たねば……誰かに淘汰される。……その原始的な弱肉強食の世界は……時代と共に形を変えるが……本質は……まるで変わらぬものよ。」
彼の者は瞼を閉じる。まともに呼吸も出来ていない。
「サーシャ…………じきにシフォンヌは……滅びる。お前では……優しすぎる。後は隠し子らしく……安穏と暮らせ……。」
その表情は寒さや苦しさの先へ行ってしまったようで、むしろ落ち着いた顔をしていた。
「………あ………ぁ……………。」
彼の者は力無く事切れた。
カチューシャの方を見る。彼女もまた力無くぼうっとその遺体を眺めていた。
またあてもなく歩き出した。
このまま何も無い雪原をただ線路沿いに歩き続けて、せめて人がいる場所にはたどり着けないだろうか。
目の前から鉄道が走ってくる。手を振ってみるが、全く無視されて隣を素通りしていく。
二人はまた言葉なく歩き続けた。
しばらくすると、前方からエンジンの唸る音が聞こえてくる。
「ルキ!カチューシャ!」
聞き覚えのある男の訛り声がした。
■車内
カチューシャは軍用車両の中で寝かされていて、それを女が簡易的に介抱している。その女はイエヴァだ。
そして、この車を運転しているのは、コジロウだった。
「助かりました。……それにしてもこの車、軍用車では?一体どうやって?」
そう訊ねると、コジロウは姿勢をそのままに順を追って説明を始めた。
「お前たちが飛び降りてからしばらくすると、ジョーゼットが大きく揺れた。そしてついには脱線して森の中へ突っ込んだ。」
「イエヴァを連れて外に出ると、赤獅子の兵隊達が取り囲んでいるようだった。そいつらに見つからないようにそっと抜け出て、この軍用車両を拿捕した。」
「そして燃えるジョーゼットを背にひっそりと抜け出した。しかし車両を奪ったは良いものの、吹雪がすごかった。だから一旦身を隠して車両の中で一夜を過ごした。」
「夜が明けて線路沿いを進んでいたら、お前達を見つけた。運が良かったな。」
どうやら自分達を探してくれていたようだ。彼がそこまでやってくれた事に感謝する。しかし一つ疑問が湧いた。
「僕は人狼らしいんですが、もしかして狩りの対象だったりします?」
それを聞いたイエヴァがピクっと反応する。そして、じとーっとした目でコジロウを見ている。
「ははは。一緒におむすびを食った仲だ。見逃してやる。……ちなみにユリの変異した遺体はイエヴァがずっと抱えていた。今はトランクに積んでいる。いやそれより、あのじんろ……女は?」
コジロウは人狼と言い掛けて訂正する。おそらくイエヴァが反応しないように気を遣って。
「死にました。……列車に轢かれて。」
変ずる前の生身で轢かれたのなら、恐らく死んだはずだ。
果たして死ねと言う命令まで尋常に従うのかは分からないが。
「つくづく運が良かったな。」
確かに運が良かった。しかしまだ心配事は残っている。
「イエヴァ、カチューシャの様子は……どうかな?」
彼女はカチューシャの体に触れながら、心配そうにその顔色を窺っていた。
「かなり発熱しております。それに、右足首の腫れ方が少し……まずいです。骨にヒビが入っているか……最悪骨折しているかも。ただ何の設備も薬も無いので、安静にさせておく事しか出来ませんね……。彼女、元々身体が弱いので……無理をしすぎたのかもしれません。」
イエヴァはもどかしそうに答える。
「……イエ…ヴァ……。」
カチューシャは朦朧としながら喋る。
「今は喋らないで。ゆっくり寝て。」
「……寒い…………よぉ……」
その苦しそうな言葉を聞いて、イエヴァは寝ている彼女に上半身を覆いかぶせる。胸に耳を当てて、心臓の音を確認しているかのようでもあった。
「頑張って……、あと少しの辛抱だから。」
イエヴァはそう囁いた後、コジロウの方を見る。
「コジロウさん、もう少しでシフォンに着きます。その外れの病院で治療を行いましょう。」
しばらくすると、シフォンと呼ばれた都市が遠くに見えてきた。巨大で優美な外観の奥にある無機質な煙突の群れが、水蒸気を吐き出して目を覚ましている。
のぼりかけた太陽の光がただ眩しかった。
神と叛逆の巫女がこの世から姿を消し、使徒達はいかように彷徨うこととなるのだろうか。
■4日目 線路沿い
夜が明けて線路沿いを二人、肩を支えながら歩いていた。
昨日の彼女の歌声のおかげで進むべき方角が分かると、思いの外すんなりとここに戻ってこれた。今は曇ってはいるが、雪は降っていない。
ふと背後を見渡すと、永遠かと思えるほどの雪原がただ静かに広がっていた。
今は前を見て、シフォンを目指すしかない。
しばらく歩き続けていると、線路の合間に妙なものがあった。
ボロボロな財布のようなもの。おもむろにそこへ近づき、それを拾った。
中を確認すると、そこに一枚の写真が入っていた。民族衣装をまとった妹の姿……。なぜこんなものがここに。見ればレールに青紫色の血のようなものが飛び散っていた。
またしばらく歩き続ける。
すると雪原に何かを引きずったような跡が続いていた。
それをなんとなく辿っていくと、その先に男が倒れていた。
「……サリ・シフォンヌ。」
彼はまだかろうじて息がある。こちらに気付くとその顔を少しだけ上げた。
「そなた……それに、サーシャか……。」
こちらは彼の者の顔を睨みつける。しかし彼の者は上げた頭をすぐに落とし、空を仰ぐ。
「はは……運が……悪かったよ……。脚に……そなたの一撃を食らって……しまった。」
どうやら脚が折れているようだ。ここまで体をひきずってきたのだろうが、限界が来たのか動けなくなっている。
「そなたは……人狼……だったな。力を……貸してくれないか?」
「力を貸せ?無理だ。……お前は自身が虐げてきた人間達の報いを受けて、孤独に死に絶えるべきだ。そんなやつに力を与えるつもりはない。」
「ふふ……まぁ……分からぬか。弱き者は虐げられるのだ。……力を持たねば……誰かに淘汰される。……その原始的な弱肉強食の世界は……時代と共に形を変えるが……本質は……まるで変わらぬものよ。」
彼の者は瞼を閉じる。まともに呼吸も出来ていない。
「サーシャ…………じきにシフォンヌは……滅びる。お前では……優しすぎる。後は隠し子らしく……安穏と暮らせ……。」
その表情は寒さや苦しさの先へ行ってしまったようで、むしろ落ち着いた顔をしていた。
「………あ………ぁ……………。」
彼の者は力無く事切れた。
カチューシャの方を見る。彼女もまた力無くぼうっとその遺体を眺めていた。
またあてもなく歩き出した。
このまま何も無い雪原をただ線路沿いに歩き続けて、せめて人がいる場所にはたどり着けないだろうか。
目の前から鉄道が走ってくる。手を振ってみるが、全く無視されて隣を素通りしていく。
二人はまた言葉なく歩き続けた。
しばらくすると、前方からエンジンの唸る音が聞こえてくる。
「ルキ!カチューシャ!」
聞き覚えのある男の訛り声がした。
■車内
カチューシャは軍用車両の中で寝かされていて、それを女が簡易的に介抱している。その女はイエヴァだ。
そして、この車を運転しているのは、コジロウだった。
「助かりました。……それにしてもこの車、軍用車では?一体どうやって?」
そう訊ねると、コジロウは姿勢をそのままに順を追って説明を始めた。
「お前たちが飛び降りてからしばらくすると、ジョーゼットが大きく揺れた。そしてついには脱線して森の中へ突っ込んだ。」
「イエヴァを連れて外に出ると、赤獅子の兵隊達が取り囲んでいるようだった。そいつらに見つからないようにそっと抜け出て、この軍用車両を拿捕した。」
「そして燃えるジョーゼットを背にひっそりと抜け出した。しかし車両を奪ったは良いものの、吹雪がすごかった。だから一旦身を隠して車両の中で一夜を過ごした。」
「夜が明けて線路沿いを進んでいたら、お前達を見つけた。運が良かったな。」
どうやら自分達を探してくれていたようだ。彼がそこまでやってくれた事に感謝する。しかし一つ疑問が湧いた。
「僕は人狼らしいんですが、もしかして狩りの対象だったりします?」
それを聞いたイエヴァがピクっと反応する。そして、じとーっとした目でコジロウを見ている。
「ははは。一緒におむすびを食った仲だ。見逃してやる。……ちなみにユリの変異した遺体はイエヴァがずっと抱えていた。今はトランクに積んでいる。いやそれより、あのじんろ……女は?」
コジロウは人狼と言い掛けて訂正する。おそらくイエヴァが反応しないように気を遣って。
「死にました。……列車に轢かれて。」
変ずる前の生身で轢かれたのなら、恐らく死んだはずだ。
果たして死ねと言う命令まで尋常に従うのかは分からないが。
「つくづく運が良かったな。」
確かに運が良かった。しかしまだ心配事は残っている。
「イエヴァ、カチューシャの様子は……どうかな?」
彼女はカチューシャの体に触れながら、心配そうにその顔色を窺っていた。
「かなり発熱しております。それに、右足首の腫れ方が少し……まずいです。骨にヒビが入っているか……最悪骨折しているかも。ただ何の設備も薬も無いので、安静にさせておく事しか出来ませんね……。彼女、元々身体が弱いので……無理をしすぎたのかもしれません。」
イエヴァはもどかしそうに答える。
「……イエ…ヴァ……。」
カチューシャは朦朧としながら喋る。
「今は喋らないで。ゆっくり寝て。」
「……寒い…………よぉ……」
その苦しそうな言葉を聞いて、イエヴァは寝ている彼女に上半身を覆いかぶせる。胸に耳を当てて、心臓の音を確認しているかのようでもあった。
「頑張って……、あと少しの辛抱だから。」
イエヴァはそう囁いた後、コジロウの方を見る。
「コジロウさん、もう少しでシフォンに着きます。その外れの病院で治療を行いましょう。」
しばらくすると、シフォンと呼ばれた都市が遠くに見えてきた。巨大で優美な外観の奥にある無機質な煙突の群れが、水蒸気を吐き出して目を覚ましている。
のぼりかけた太陽の光がただ眩しかった。
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