焼けたモスリンビークの森から

takataka

文字の大きさ
11 / 12
その後

曙光

しおりを挟む
夢の中は讃美歌が鳴り響いていた。心をざわつかせたはずのそれは、今は不思議と心を落ち着ける。
神と叛逆の巫女がこの世から姿を消し、使徒達はいかように彷徨うこととなるのだろうか。

■4日目 線路沿い

夜が明けて線路沿いを二人、肩を支えながら歩いていた。
昨日の彼女の歌声のおかげで進むべき方角が分かると、思いの外すんなりとここに戻ってこれた。今は曇ってはいるが、雪は降っていない。

ふと背後を見渡すと、永遠かと思えるほどの雪原がただ静かに広がっていた。
今は前を見て、シフォンを目指すしかない。

しばらく歩き続けていると、線路の合間に妙なものがあった。
ボロボロな財布のようなもの。おもむろにそこへ近づき、それを拾った。
中を確認すると、そこに一枚の写真が入っていた。民族衣装をまとった妹の姿……。なぜこんなものがここに。見ればレールに青紫色の血のようなものが飛び散っていた。

またしばらく歩き続ける。
すると雪原に何かを引きずったような跡が続いていた。
それをなんとなく辿っていくと、その先に男が倒れていた。

「……サリ・シフォンヌ。」
彼はまだかろうじて息がある。こちらに気付くとその顔を少しだけ上げた。

「そなた……それに、サーシャか……。」
こちらは彼の者の顔を睨みつける。しかし彼の者は上げた頭をすぐに落とし、空を仰ぐ。

「はは……運が……悪かったよ……。脚に……そなたの一撃を食らって……しまった。」
どうやら脚が折れているようだ。ここまで体をひきずってきたのだろうが、限界が来たのか動けなくなっている。

「そなたは……人狼……だったな。力を……貸してくれないか?」

「力を貸せ?無理だ。……お前は自身が虐げてきた人間達の報いを受けて、孤独に死に絶えるべきだ。そんなやつに力を与えるつもりはない。」

「ふふ……まぁ……分からぬか。弱き者は虐げられるのだ。……力を持たねば……誰かに淘汰される。……その原始的な弱肉強食の世界は……時代と共に形を変えるが……本質は……まるで変わらぬものよ。」
彼の者は瞼を閉じる。まともに呼吸も出来ていない。

「サーシャ…………じきにシフォンヌは……滅びる。お前では……優しすぎる。後は隠し子らしく……安穏と暮らせ……。」
その表情は寒さや苦しさの先へ行ってしまったようで、むしろ落ち着いた顔をしていた。

「………あ………ぁ……………。」
彼の者は力無く事切れた。
カチューシャの方を見る。彼女もまた力無くぼうっとその遺体を眺めていた。

またあてもなく歩き出した。
このまま何も無い雪原をただ線路沿いに歩き続けて、せめて人がいる場所にはたどり着けないだろうか。

目の前から鉄道が走ってくる。手を振ってみるが、全く無視されて隣を素通りしていく。

二人はまた言葉なく歩き続けた。

しばらくすると、前方からエンジンの唸る音が聞こえてくる。

「ルキ!カチューシャ!」
聞き覚えのある男の訛り声がした。


■車内

カチューシャは軍用車両の中で寝かされていて、それを女が簡易的に介抱している。その女はイエヴァだ。
そして、この車を運転しているのは、コジロウだった。

「助かりました。……それにしてもこの車、軍用車では?一体どうやって?」
そう訊ねると、コジロウは姿勢をそのままに順を追って説明を始めた。

「お前たちが飛び降りてからしばらくすると、ジョーゼットが大きく揺れた。そしてついには脱線して森の中へ突っ込んだ。」

「イエヴァを連れて外に出ると、赤獅子の兵隊達が取り囲んでいるようだった。そいつらに見つからないようにそっと抜け出て、この軍用車両を拿捕した。」

「そして燃えるジョーゼットを背にひっそりと抜け出した。しかし車両を奪ったは良いものの、吹雪がすごかった。だから一旦身を隠して車両の中で一夜を過ごした。」

「夜が明けて線路沿いを進んでいたら、お前達を見つけた。運が良かったな。」

どうやら自分達を探してくれていたようだ。彼がそこまでやってくれた事に感謝する。しかし一つ疑問が湧いた。

「僕は人狼らしいんですが、もしかして狩りの対象だったりします?」
それを聞いたイエヴァがピクっと反応する。そして、じとーっとした目でコジロウを見ている。

「ははは。一緒におむすびを食った仲だ。見逃してやる。……ちなみにユリの変異した遺体はイエヴァがずっと抱えていた。今はトランクに積んでいる。いやそれより、あのじんろ……女は?」
コジロウは人狼と言い掛けて訂正する。おそらくイエヴァが反応しないように気を遣って。

「死にました。……列車に轢かれて。」
変ずる前の生身で轢かれたのなら、恐らく死んだはずだ。
果たして死ねと言う命令まで尋常に従うのかは分からないが。

「つくづく運が良かったな。」

確かに運が良かった。しかしまだ心配事は残っている。

「イエヴァ、カチューシャの様子は……どうかな?」
彼女はカチューシャの体に触れながら、心配そうにその顔色を窺っていた。

「かなり発熱しております。それに、右足首の腫れ方が少し……まずいです。骨にヒビが入っているか……最悪骨折しているかも。ただ何の設備も薬も無いので、安静にさせておく事しか出来ませんね……。彼女、元々身体が弱いので……無理をしすぎたのかもしれません。」
イエヴァはもどかしそうに答える。

「……イエ…ヴァ……。」
カチューシャは朦朧としながら喋る。

「今は喋らないで。ゆっくり寝て。」

「……寒い…………よぉ……」
その苦しそうな言葉を聞いて、イエヴァは寝ている彼女に上半身を覆いかぶせる。胸に耳を当てて、心臓の音を確認しているかのようでもあった。

「頑張って……、あと少しの辛抱だから。」
イエヴァはそう囁いた後、コジロウの方を見る。

「コジロウさん、もう少しでシフォンに着きます。その外れの病院で治療を行いましょう。」

しばらくすると、シフォンと呼ばれた都市が遠くに見えてきた。巨大で優美な外観の奥にある無機質な煙突の群れが、水蒸気を吐き出して目を覚ましている。

のぼりかけた太陽の光がただ眩しかった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

処理中です...