劇中劇とエンドロール

nishina

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二十五話

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 それからを今日に至るまで暁と葵はクラスメイト以上友人以下という、まあ、大まかに他人の目から観察した結果友達にしか見えないという程度に距離を縮める事となった。

 ある意味それは当然の話だった。
 相変わらず葵はガリガリ何かしら書き連ね続け、副部長の柚葉は特に葵に個人的に進行状況を聞いたりする事はなかった。という事は間接的だが彼の作品と演劇部を関連付けてしまった暁に、部員の目は集まる。

「あの人大丈夫なの?」
「尾根が連れてきたんだろ。とんでもない劇になったら責任とれよな」
「今どんな感じ?聞いてきてよ!」

 ……こんな感じで質問責めに遇った。
 とはいえ、暁自身も葵の書くものが気になって仕方がない。休み時間や昼休み、登下校中に偶々お互いの肩が並んだ時。
「小説進んでる?」
「三行」
「三行!?そんなんで間に合うの!?」
「昨日は数学だったからな。担当の橋本はしつこい。書く時間が取れなかった」
「橋本先生が悪いみたいに言うなよ……」
「今日は現国だからいける」
「現国の田上先生可愛そう……」
 流石に内容に踏み込むのは躊躇われた為に、もっぱら葵の執筆ペースの質問と会話を交わす機会が増えた事で確かに葵との距離は縮まったのを暁は感じていた。
 教室で休憩時間もなりふり構わずペン、もしくは鉛筆を走らせる葵だったが以前はクラスメイトにちょっかい出されても無反応だったのが、暁が話し掛けると書くのを中断こそしないものの、会話にこたえるようになったのだ。

 そんな二人を見て囃し立てるものは勿論いたが、葵は全く聞こえていないのか反応しなかった。
 暁も次第に慣れた。
「加百、そこ誤字してる。あと送り仮名おかしいよ」
「細かい」
「読めないんだって、細かいけどさ。あー……あの、そこ、登場人物の名前間違ってない?」
「………」
「ドンマイドンマイ。恥ずかしがるなって」
 気分としては女友達とか彼女というよりも、内容そのものに全く干渉しない編集者の気分だった。葵も暁が口を挟む度に文句を言うものの、流石に自分で考えたキャラクターの名前を自分で間違えた時は沈黙し、落ち込んでる様子だったので励ましもした。世には校正という職業があるというのを暁はまだ知らないが、知っていたらそちらの道もあると考える程に、暁の指摘は細部に及んだ。

 そんなこんなやっているうちに、暁と葵の二人をネタに盛り上がっていた連中も飽きを感じたのか、次第に二人が会話をしていようが同じタイミングで登校しようが気にしなくなっていた。教室の隅で暁と葵が小テストの答え合わせについて口論を始めた辺りで、皆自分達が求めているゴシップもといラブロマンスは彼等からは得られないと悟ったらしい。賢明である。

 季節の変わり目を告げ始めようとする時間である。
 五月の終わり。夏の始まりの為の微かな時間。
 葵がそれを暁に差し出した。
 朝の事だ。登校途中は一緒だったものの、暁は教室に付いてす、別のクラスの友人の元へと向かい、ひとしきりお喋りを堪能していた。
 ホームルーム前に教室に戻った時がたん、と激しい音がしたのに驚いて教室の入口で立ち止まりそちらを見た。
「尾根」
「……加百?」
 椅子を勢いよくひいた為か、葵の足元で椅子が倒れているが直す気もないのかそれとも見えていないのか。迷わず暁の前までやってくると、一冊のノートを差し出した。
 目の前にいきなり突き出されたノートに目を白黒させるも、直ぐにその正体を悟る。ノートは地味な無地のものだが、何度も彼が書くのを観察しながら会話をしたのだ。間違えようがない。
「これって、加百」
 見上げた葵の表情は何故だろう。
(犬みたい)
 動物を飼った事もないのにそんな事を思う暁に、ノートを差し出した姿勢で固まった儘の葵が、口を開いた。昨日、暁のスマートフォンに送ってきたメッセージと同じ言葉だった。
「出来たぞ、尾根」
「うん」
 そっと葵が差し出してきた側のノートを受けとる。随分と汚いのは、何度も書き直したからだ。暁が指摘した誤字脱字だけではないだろう。想像だけどそんな気がする。
 手にしたノートをしっかりと掴み、暁は葵に笑いかけた。葵は完成したからと、一刻も早くこれを暁に渡したかったのだと思う。その気持ちは嬉しい。
「ありがとう、加百。ちゃんと副部長に届けるからね」
「ん」
 言葉少なに、返事なのだろう声を発した葵はさっと暁から離れたと思うと淡々と自分の椅子を元に戻す。その儘着席して、何時ものようにノートを広げてペンを走らせ始めた。
 あんまり、何時も通りだ。少し寂しい位だ。

(もうこれで、話をしたりしないのかもなあ)

 葵はどう思っているのかがわからない。
 自分の小説を求める一読者だろうか。それとも、編集者モドキだろうか。
 自分は葵に読者という存在を教えたが、逆をいえばそれしかしていない。深い話をしかけた時もあったが、葵自身あまりにも淡々と語るので踏み込むのが躊躇われたというより、踏み込みようもなかった。
 小説を書く事を生き甲斐のように実現化し続ける男と、華やかな演劇の舞台を夢見る地味な女に、それらを越える対話もなかった。小説の話と、勉強の話程度だ。だから友人以下なのだ。
 (……寂しいのかなあ)


  マグロが泳がなくては生きていけないように、小説を、何かを書かねば生きていけないというような男。
 彼に対していけすかないとは、もう思わない。しかし胸の蟠りは別だ。
 未だ自分の中には加百 葵という人間に対する劣等感が渦巻いている。
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