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呪いの言葉こそが呪い
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カレルの指摘は呪法についての知識や学問を少しでもかじったものなら、当然感じる疑問であった。
法術について知識のない町の人間は、呪われたルドヴィカと自分の孫娘を呪う祖母の関係と過去にばかり注視する。それは人情に流されやすいという、下町で力を合わせねば生きていけかった人間特有の感情に要因はあるが、同時に彼らに専門の知識がないというのも理由の一端なのは間違いない。
魔術の場合、術を発現するのに必要なのは本人の声帯と、魔術をかけるべき場所を目で確認する作業。先ずはその二つが揃っていなければ術は成り立たない。
つまり、生まれつき声が出ない者と目が見えないと者は魔術師になるのは不可能だ。
呪法の場合も、専門として学ぶには健康な人間が持っている機能が必要となる。呪法は相手の名前と確実な所在地、それに加えてかけるべき呪いの内容を古語に訳し呪いの為に誂えた紙片に記す必要がある。この場合は人間の目と自由に動く手が必要になるが、呪法師に必要なのはそれだけでは済まない。
『例え呪われたとしてもきみには解呪の力がある。一度解呪してしまえば、再度呪いをかける事は早々出来ないだろう。こう言ってはなんだが、きみの家は裕福という程でもないように見える。紙とインクを調達するのも苦労するんじゃないか?』
法術、特に魔術が大陸の文明を発展させるのに大きな役割を担っているのは間違いない。衣服や食糧の調達手段だけではなく、建築や娯楽など魔術が広がるにつれ人々の生活を豊かにする為に発明された技術は多岐に渡る。
法術に使用する道具も法術の発展する前は、あまりにも希少ではあったが、文明の発展によって調達するのは昔に比べて容易となってきている。
それでもルドヴィカのような、貴族でもない子供の小遣いで手に入るような金額ではないものが殆どでそう簡単に手に入るものではない。
呪法師は呪いの成功を高める為に術者の、若しくは対象の一部を紙やインクに混ぜ込む事もある。それらの工程を踏まえると、一度呪法を使うのにも大金が飛ぶようになくなっていくのだ。
カレルの尤もな疑問に、正直に答えるべきかどうかルドヴィカはしばし悩んだ。しかし彼は既にルドヴィカの解呪という得意な能力を知っている。今更ララの事を隠したところで、どうなるとも思えない。正直に時日を話す事にした。
「呪われる度に解呪はしてきましたよ。あいつ、わたしの女として尊厳をへし折りでもしたいのか、髪の毛しか呪わないので解呪自体は簡単なんです」
『……ちょっと待って欲しい。今もきみは呪われているのだろう?わざと解呪していないとでも言うのか?』
「そんな訳ないじゃないですか」
髪の毛のほんの一部を呪う程度に必要な力は大した能力も技術、知識も必要ない。手間のかかった儀式の要素を排した呪いそれ自体は、ルドヴィカにとってちゃちな嫌がらせに他ならない。
しかしそれは、カレルの言うようにたった一回で済んだ場合に限られるだろう。
毎日家を出た時に石を投げられたとして、その瞬間は不快になるだけで済むが、それが永遠に繰り返されたら心は蝕まれていく。
「紙とインク、それにペン。あいつは、そういった高価な道具を必要とせずに呪いがかけられるんです」『そんな』
絶句したように、カレルの言葉が途中で途切れた。彼の受けた衝撃は容易に理解出来た。
紙とインクの問題を抜きにしても、呪いをかけるには精神を削る。時間もかかる。並大抵の労力では済まないから、専門の大学を設立したとて呪法師の数は少ないのだ。
ルドヴィカも大学に入学して驚いたものだ。祖母が難なく使用する能力を、講師も生徒も誰一人扱えないのだから。
「カレル様の仰るとおりうちは大した金なんて、ありません。だけどララには金のあるなしは問題じゃない」
呪法に必要な手順をララはすっとばして、相手の名前と居場所さえわかれば呪う事が可能な力が、ララにはあった。
信じられないとでも言うような沈黙を続けるカレルに、ルドヴィカはひとつの例をあげた。
「魔術師にも呪文の詠唱を必要としない魔術師がいるんですよね?多分、それと似たようなものなんです」
『いや、でもそれはほんの一握り、魔人の資格を有する者だけだ』
魔人とは法術を納めた人間のなかでも、他の者とは一線を画した才覚を持つ者のみに与えられる称号だ。
人の身には過ぎた力を一人で扱う、文字通り人を逸脱した能力を持つ人間を指し、法術を広めた賢者を祀る組織である神殿から直々に認定される必要がある。
「……うん。それなら、ひょっとしたらララには魔人と認められる素養があったのかもしれませんね」
今となっては、ただただ自身の不幸と鬱屈を撒き散らして人の呪うだけの老婆だが、ララには大学に通う有象無象を遥かに超える原石の才能があった。それはルドヴィカも認めざるを得ないと思った。
「暇さえあれば、あいつはわたしを呪ってきます。なんなら、試してみます?」
法術について知識のない町の人間は、呪われたルドヴィカと自分の孫娘を呪う祖母の関係と過去にばかり注視する。それは人情に流されやすいという、下町で力を合わせねば生きていけかった人間特有の感情に要因はあるが、同時に彼らに専門の知識がないというのも理由の一端なのは間違いない。
魔術の場合、術を発現するのに必要なのは本人の声帯と、魔術をかけるべき場所を目で確認する作業。先ずはその二つが揃っていなければ術は成り立たない。
つまり、生まれつき声が出ない者と目が見えないと者は魔術師になるのは不可能だ。
呪法の場合も、専門として学ぶには健康な人間が持っている機能が必要となる。呪法は相手の名前と確実な所在地、それに加えてかけるべき呪いの内容を古語に訳し呪いの為に誂えた紙片に記す必要がある。この場合は人間の目と自由に動く手が必要になるが、呪法師に必要なのはそれだけでは済まない。
『例え呪われたとしてもきみには解呪の力がある。一度解呪してしまえば、再度呪いをかける事は早々出来ないだろう。こう言ってはなんだが、きみの家は裕福という程でもないように見える。紙とインクを調達するのも苦労するんじゃないか?』
法術、特に魔術が大陸の文明を発展させるのに大きな役割を担っているのは間違いない。衣服や食糧の調達手段だけではなく、建築や娯楽など魔術が広がるにつれ人々の生活を豊かにする為に発明された技術は多岐に渡る。
法術に使用する道具も法術の発展する前は、あまりにも希少ではあったが、文明の発展によって調達するのは昔に比べて容易となってきている。
それでもルドヴィカのような、貴族でもない子供の小遣いで手に入るような金額ではないものが殆どでそう簡単に手に入るものではない。
呪法師は呪いの成功を高める為に術者の、若しくは対象の一部を紙やインクに混ぜ込む事もある。それらの工程を踏まえると、一度呪法を使うのにも大金が飛ぶようになくなっていくのだ。
カレルの尤もな疑問に、正直に答えるべきかどうかルドヴィカはしばし悩んだ。しかし彼は既にルドヴィカの解呪という得意な能力を知っている。今更ララの事を隠したところで、どうなるとも思えない。正直に時日を話す事にした。
「呪われる度に解呪はしてきましたよ。あいつ、わたしの女として尊厳をへし折りでもしたいのか、髪の毛しか呪わないので解呪自体は簡単なんです」
『……ちょっと待って欲しい。今もきみは呪われているのだろう?わざと解呪していないとでも言うのか?』
「そんな訳ないじゃないですか」
髪の毛のほんの一部を呪う程度に必要な力は大した能力も技術、知識も必要ない。手間のかかった儀式の要素を排した呪いそれ自体は、ルドヴィカにとってちゃちな嫌がらせに他ならない。
しかしそれは、カレルの言うようにたった一回で済んだ場合に限られるだろう。
毎日家を出た時に石を投げられたとして、その瞬間は不快になるだけで済むが、それが永遠に繰り返されたら心は蝕まれていく。
「紙とインク、それにペン。あいつは、そういった高価な道具を必要とせずに呪いがかけられるんです」『そんな』
絶句したように、カレルの言葉が途中で途切れた。彼の受けた衝撃は容易に理解出来た。
紙とインクの問題を抜きにしても、呪いをかけるには精神を削る。時間もかかる。並大抵の労力では済まないから、専門の大学を設立したとて呪法師の数は少ないのだ。
ルドヴィカも大学に入学して驚いたものだ。祖母が難なく使用する能力を、講師も生徒も誰一人扱えないのだから。
「カレル様の仰るとおりうちは大した金なんて、ありません。だけどララには金のあるなしは問題じゃない」
呪法に必要な手順をララはすっとばして、相手の名前と居場所さえわかれば呪う事が可能な力が、ララにはあった。
信じられないとでも言うような沈黙を続けるカレルに、ルドヴィカはひとつの例をあげた。
「魔術師にも呪文の詠唱を必要としない魔術師がいるんですよね?多分、それと似たようなものなんです」
『いや、でもそれはほんの一握り、魔人の資格を有する者だけだ』
魔人とは法術を納めた人間のなかでも、他の者とは一線を画した才覚を持つ者のみに与えられる称号だ。
人の身には過ぎた力を一人で扱う、文字通り人を逸脱した能力を持つ人間を指し、法術を広めた賢者を祀る組織である神殿から直々に認定される必要がある。
「……うん。それなら、ひょっとしたらララには魔人と認められる素養があったのかもしれませんね」
今となっては、ただただ自身の不幸と鬱屈を撒き散らして人の呪うだけの老婆だが、ララには大学に通う有象無象を遥かに超える原石の才能があった。それはルドヴィカも認めざるを得ないと思った。
「暇さえあれば、あいつはわたしを呪ってきます。なんなら、試してみます?」
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