呪いと結婚

nishina

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庶民の意地

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 自分から距離を取るようにして席に座っている学生達。彼等の視線がルドヴィカに集中している。
 名前を呼ばれなかったのに、気が付かなかった。焦って周囲を見渡そうとしたところで教師が机の隣に立って、冷ややかな視線をルドヴィカに注いでいた事に気が付いて顔が引き攣る。

「もう一度問うぞルドヴィカ・バレンシス。流行り病への対策として尽力した魔術と呪法について答えろ」

 その質問については基礎中の基礎として、図書室で借りた本にも記載があったのを確認していた。答える事そのものは決して難しいものではない。

 正確な答えは水の魔術にて清潔な水を発生させる事と、下水道の配備を見直した際に川に流れ込む水が汚い儘である事が病に繋がる、という当時の賢者の言葉に従い水を浄化する呪法がないかという研究が行われた故だ。
 当時は幾ら賢者の言葉といえ、水が人間を死に追いやる病気を連れて来る、などという考えは愚の骨頂だと思われていた。下町の者や労働者階級が多く犠牲になったというところもあり、下賤の血が病を連れて来ると信じられていたのだ。
 
 半信半疑ながらも、我らが神のしもべである賢者の命だと、魔術師と呪法師が新たな術を造った結果が、飲み水は魔術師の発生させた清らかな水を使う事を法で取り決め、生活排水は配管に取り付けた呪法によって清潔にして川に流す事によって病は沈静化に向かった。

 答えようとした時、頭上に戻っていた水晶玉の言葉が頭の中に届いた。
『魔術師の清潔な水を発生させた事と、下水道を整備した為だな』
「へ」
 思わず教師が見下ろしている方向を見つめた儘、間抜けな声を発していた。
「そうなんですか? え、呪法は?」
 思わずカレルに向かって問い返す。自分を見つめながら問われた言葉に、質問した側である筈の教師が困惑しているがルドヴィカの視界には入ってこない。
『確かに当時は下水の汚染を、呪法によって清らかに出来る事が可能と考えられていたが、それは間違いだったとここ何年かの研究で判明している。呪法で物質を浄化、清潔にする術は未だ発明されていない』
「……」
 教師を凝視してみる。たじろいだ風に一歩下がったのは、ルドヴィカの視線に気圧された訳ではないだろう。だったら理由は、嘘を見破られた事による後ろめたさか。
 じっと彼の顔を見つめた儘、ルドヴィカは答えた。

「魔術によって清潔な飲み水が確保されたから、ですよね。今では水の術師が増えた為に、生活用水も水魔術師によって発生させた水を使ってますし」
「……その理由だけでは正解には出来ない」
「本当ですか?」
 教室内の空気が動いたのを感じた。

 別にカレルの言葉を、その儘真に受けた訳ではない。カレルの言う事が事実だと考えたのは、呪法によって何かが清潔になったり浄化されたなどの事例を他で見た事がない、と記憶を探ってみて気が付いたからだ。
 勿論ルドヴィカが目を通した範囲の書籍の内容であって、あらゆる文献に下水道以外の建築物の汚染に対する呪法術の記載がなかったとは言えない。公衆トイレや風呂、家畜の生活領域など、他にも生活に密着した施設は存在しているというのにも関わらず。
 そのような呪法が発明されていたなら、他の施設に転用されていないのはあまりにも不自然ではないか。
「本当は、浄化する呪法なんて発明されていなくて、当時はそう思われていただけではないですか」
 ルドヴィカの言葉は教師の与えた問いに対する答え合わせというよりは、殆ど詰問だった。
 教師はルドヴィカがこのような返答と、まるで見透かしているとばかりに詰問してくるとは思っていなかったに違いない。気圧されたように怯んだ様子を見せる。
「多くの人は、術は発動したと思ったんではないでしょうか。しかしそれは勘違いでした。飲み水と下水道の整備を充実させた事で果たされていた。間違いありませんか」
「……完璧な答えだ。良く知っていたな」
 観念したような、やや上擦った声で教師が声を発するとともに、教室のあちらこちらから疑問の声が上がった。

 知っていた? だの、何で自分達よりお粗末な教育しか知らない庶民が、広く知られていた基礎知識が間違っていたと知っているんだ? だの。

 彼らのどよめきを抑える為か、気を取り直した教師の、大きな咳払いが耳障りに感じた。
「確かにここ、呪法の力もあって下水を流れる水が清浄化されたと思われていた。だが、当時編み出された呪法には何の効力もなかったと、ここ最近になって証明されている」
 本当のところは下水道を人間の生活用水と交わらぬよう、整備を整えた段階で流行り病は排除出来ていた事が判明したと教師は続けた。

「……何か、体よく使われようとした気がするな」
 教師の意図は、この最新情報は教科書は文献にもあまり反映されていない為、この授業で説明するところだったのだろう。
 だが、当然知らない筈のルドヴィカに当てたのは、愚かな庶民と嗤う為だったとしか思えなかった。

 小声で呟いたつもりだったが、水晶玉には聞こえていたらしい。
『全くだ。誰も知らないだろう知識を、わざわざ間違うとわかっていて答えさせようとしたとしか思えない』
 憤懣やる方なし、といった水晶玉の言葉だが、彼はルドヴィカが庶民だから指名されたとは思っていないのだろうな、と思った。
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