53 / 87
庶民の意地
5
しおりを挟む
自分から距離を取るようにして席に座っている学生達。彼等の視線がルドヴィカに集中している。
名前を呼ばれなかったのに、気が付かなかった。焦って周囲を見渡そうとしたところで教師が机の隣に立って、冷ややかな視線をルドヴィカに注いでいた事に気が付いて顔が引き攣る。
「もう一度問うぞルドヴィカ・バレンシス。流行り病への対策として尽力した魔術と呪法について答えろ」
その質問については基礎中の基礎として、図書室で借りた本にも記載があったのを確認していた。答える事そのものは決して難しいものではない。
正確な答えは水の魔術にて清潔な水を発生させる事と、下水道の配備を見直した際に川に流れ込む水が汚い儘である事が病に繋がる、という当時の賢者の言葉に従い水を浄化する呪法がないかという研究が行われた故だ。
当時は幾ら賢者の言葉といえ、水が人間を死に追いやる病気を連れて来る、などという考えは愚の骨頂だと思われていた。下町の者や労働者階級が多く犠牲になったというところもあり、下賤の血が病を連れて来ると信じられていたのだ。
半信半疑ながらも、我らが神のしもべである賢者の命だと、魔術師と呪法師が新たな術を造った結果が、飲み水は魔術師の発生させた清らかな水を使う事を法で取り決め、生活排水は配管に取り付けた呪法によって清潔にして川に流す事によって病は沈静化に向かった。
答えようとした時、頭上に戻っていた水晶玉の言葉が頭の中に届いた。
『魔術師の清潔な水を発生させた事と、下水道を整備した為だな』
「へ」
思わず教師が見下ろしている方向を見つめた儘、間抜けな声を発していた。
「そうなんですか? え、呪法は?」
思わずカレルに向かって問い返す。自分を見つめながら問われた言葉に、質問した側である筈の教師が困惑しているがルドヴィカの視界には入ってこない。
『確かに当時は下水の汚染を、呪法によって清らかに出来る事が可能と考えられていたが、それは間違いだったとここ何年かの研究で判明している。呪法で物質を浄化、清潔にする術は未だ発明されていない』
「……」
教師を凝視してみる。たじろいだ風に一歩下がったのは、ルドヴィカの視線に気圧された訳ではないだろう。だったら理由は、嘘を見破られた事による後ろめたさか。
じっと彼の顔を見つめた儘、ルドヴィカは答えた。
「魔術によって清潔な飲み水が確保されたから、ですよね。今では水の術師が増えた為に、生活用水も水魔術師によって発生させた水を使ってますし」
「……その理由だけでは正解には出来ない」
「本当ですか?」
教室内の空気が動いたのを感じた。
別にカレルの言葉を、その儘真に受けた訳ではない。カレルの言う事が事実だと考えたのは、呪法によって何かが清潔になったり浄化されたなどの事例を他で見た事がない、と記憶を探ってみて気が付いたからだ。
勿論ルドヴィカが目を通した範囲の書籍の内容であって、あらゆる文献に下水道以外の建築物の汚染に対する呪法術の記載がなかったとは言えない。公衆トイレや風呂、家畜の生活領域など、他にも生活に密着した施設は存在しているというのにも関わらず。
そのような呪法が発明されていたなら、他の施設に転用されていないのはあまりにも不自然ではないか。
「本当は、浄化する呪法なんて発明されていなくて、当時はそう思われていただけではないですか」
ルドヴィカの言葉は教師の与えた問いに対する答え合わせというよりは、殆ど詰問だった。
教師はルドヴィカがこのような返答と、まるで見透かしているとばかりに詰問してくるとは思っていなかったに違いない。気圧されたように怯んだ様子を見せる。
「多くの人は、術は発動したと思ったんではないでしょうか。しかしそれは勘違いでした。飲み水と下水道の整備を充実させた事で果たされていた。間違いありませんか」
「……完璧な答えだ。良く知っていたな」
観念したような、やや上擦った声で教師が声を発するとともに、教室のあちらこちらから疑問の声が上がった。
知っていた? だの、何で自分達よりお粗末な教育しか知らない庶民が、広く知られていた基礎知識が間違っていたと知っているんだ? だの。
彼らのどよめきを抑える為か、気を取り直した教師の、大きな咳払いが耳障りに感じた。
「確かにここ、呪法の力もあって下水を流れる水が清浄化されたと思われていた。だが、当時編み出された呪法には何の効力もなかったと、ここ最近になって証明されている」
本当のところは下水道を人間の生活用水と交わらぬよう、整備を整えた段階で流行り病は排除出来ていた事が判明したと教師は続けた。
「……何か、体よく使われようとした気がするな」
教師の意図は、この最新情報は教科書は文献にもあまり反映されていない為、この授業で説明するところだったのだろう。
だが、当然知らない筈のルドヴィカに当てたのは、愚かな庶民と嗤う為だったとしか思えなかった。
小声で呟いたつもりだったが、水晶玉には聞こえていたらしい。
『全くだ。誰も知らないだろう知識を、わざわざ間違うとわかっていて答えさせようとしたとしか思えない』
憤懣やる方なし、といった水晶玉の言葉だが、彼はルドヴィカが庶民だから指名されたとは思っていないのだろうな、と思った。
名前を呼ばれなかったのに、気が付かなかった。焦って周囲を見渡そうとしたところで教師が机の隣に立って、冷ややかな視線をルドヴィカに注いでいた事に気が付いて顔が引き攣る。
「もう一度問うぞルドヴィカ・バレンシス。流行り病への対策として尽力した魔術と呪法について答えろ」
その質問については基礎中の基礎として、図書室で借りた本にも記載があったのを確認していた。答える事そのものは決して難しいものではない。
正確な答えは水の魔術にて清潔な水を発生させる事と、下水道の配備を見直した際に川に流れ込む水が汚い儘である事が病に繋がる、という当時の賢者の言葉に従い水を浄化する呪法がないかという研究が行われた故だ。
当時は幾ら賢者の言葉といえ、水が人間を死に追いやる病気を連れて来る、などという考えは愚の骨頂だと思われていた。下町の者や労働者階級が多く犠牲になったというところもあり、下賤の血が病を連れて来ると信じられていたのだ。
半信半疑ながらも、我らが神のしもべである賢者の命だと、魔術師と呪法師が新たな術を造った結果が、飲み水は魔術師の発生させた清らかな水を使う事を法で取り決め、生活排水は配管に取り付けた呪法によって清潔にして川に流す事によって病は沈静化に向かった。
答えようとした時、頭上に戻っていた水晶玉の言葉が頭の中に届いた。
『魔術師の清潔な水を発生させた事と、下水道を整備した為だな』
「へ」
思わず教師が見下ろしている方向を見つめた儘、間抜けな声を発していた。
「そうなんですか? え、呪法は?」
思わずカレルに向かって問い返す。自分を見つめながら問われた言葉に、質問した側である筈の教師が困惑しているがルドヴィカの視界には入ってこない。
『確かに当時は下水の汚染を、呪法によって清らかに出来る事が可能と考えられていたが、それは間違いだったとここ何年かの研究で判明している。呪法で物質を浄化、清潔にする術は未だ発明されていない』
「……」
教師を凝視してみる。たじろいだ風に一歩下がったのは、ルドヴィカの視線に気圧された訳ではないだろう。だったら理由は、嘘を見破られた事による後ろめたさか。
じっと彼の顔を見つめた儘、ルドヴィカは答えた。
「魔術によって清潔な飲み水が確保されたから、ですよね。今では水の術師が増えた為に、生活用水も水魔術師によって発生させた水を使ってますし」
「……その理由だけでは正解には出来ない」
「本当ですか?」
教室内の空気が動いたのを感じた。
別にカレルの言葉を、その儘真に受けた訳ではない。カレルの言う事が事実だと考えたのは、呪法によって何かが清潔になったり浄化されたなどの事例を他で見た事がない、と記憶を探ってみて気が付いたからだ。
勿論ルドヴィカが目を通した範囲の書籍の内容であって、あらゆる文献に下水道以外の建築物の汚染に対する呪法術の記載がなかったとは言えない。公衆トイレや風呂、家畜の生活領域など、他にも生活に密着した施設は存在しているというのにも関わらず。
そのような呪法が発明されていたなら、他の施設に転用されていないのはあまりにも不自然ではないか。
「本当は、浄化する呪法なんて発明されていなくて、当時はそう思われていただけではないですか」
ルドヴィカの言葉は教師の与えた問いに対する答え合わせというよりは、殆ど詰問だった。
教師はルドヴィカがこのような返答と、まるで見透かしているとばかりに詰問してくるとは思っていなかったに違いない。気圧されたように怯んだ様子を見せる。
「多くの人は、術は発動したと思ったんではないでしょうか。しかしそれは勘違いでした。飲み水と下水道の整備を充実させた事で果たされていた。間違いありませんか」
「……完璧な答えだ。良く知っていたな」
観念したような、やや上擦った声で教師が声を発するとともに、教室のあちらこちらから疑問の声が上がった。
知っていた? だの、何で自分達よりお粗末な教育しか知らない庶民が、広く知られていた基礎知識が間違っていたと知っているんだ? だの。
彼らのどよめきを抑える為か、気を取り直した教師の、大きな咳払いが耳障りに感じた。
「確かにここ、呪法の力もあって下水を流れる水が清浄化されたと思われていた。だが、当時編み出された呪法には何の効力もなかったと、ここ最近になって証明されている」
本当のところは下水道を人間の生活用水と交わらぬよう、整備を整えた段階で流行り病は排除出来ていた事が判明したと教師は続けた。
「……何か、体よく使われようとした気がするな」
教師の意図は、この最新情報は教科書は文献にもあまり反映されていない為、この授業で説明するところだったのだろう。
だが、当然知らない筈のルドヴィカに当てたのは、愚かな庶民と嗤う為だったとしか思えなかった。
小声で呟いたつもりだったが、水晶玉には聞こえていたらしい。
『全くだ。誰も知らないだろう知識を、わざわざ間違うとわかっていて答えさせようとしたとしか思えない』
憤懣やる方なし、といった水晶玉の言葉だが、彼はルドヴィカが庶民だから指名されたとは思っていないのだろうな、と思った。
0
あなたにおすすめの小説
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
追放された最強令嬢は、新たな人生を自由に生きる
灯乃
ファンタジー
旧題:魔眼の守護者 ~用なし令嬢は踊らない~
幼い頃から、スウィングラー辺境伯家の後継者として厳しい教育を受けてきたアレクシア。だがある日、両親の離縁と再婚により、後継者の地位を腹違いの兄に奪われる。彼女は、たったひとりの従者とともに、追い出されるように家を出た。
「……っ、自由だーーーーーーっっ!!」
「そうですね、アレクシアさま。とりあえずあなたは、世間の一般常識を身につけるところからはじめましょうか」
最高の淑女教育と最強の兵士教育を施されたアレクシアと、そんな彼女の従者兼護衛として育てられたウィルフレッド。ふたりにとって、『学校』というのは思いもよらない刺激に満ちた場所のようで……?
いつか優しく終わらせてあげるために。
イチイ アキラ
恋愛
初夜の最中。王子は死んだ。
犯人は誰なのか。
妃となった妹を虐げていた姉か。それとも……。
12話くらいからが本編です。そこに至るまでもじっくりお楽しみください。
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません
藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。
ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。
「君は分かってくれると思っていた」
その一言で、リーシェは気づいてしまう。
私は、最初から選ばれていなかったのだと。
これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。
後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、
そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる