呪いと結婚

nishina

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庶民の意地

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 おおまかに分けると、ファレスプラハの広大な敷地の中ある建物は四つある。他にも貴族が従える従者の詰め所や、馬寄せなどは存在しているが重要な建築物はそれだけだとルドヴィカは認識していた。
 その中の一つが学務長の部屋である。彼の部屋だけが独立している、という事もなく外見は高く聳え立つ塔の形をしており、ルドヴィカのような入学したての学生では目を通す事の許されない禁忌とされた術の写本や、歴史的に価値のある古書などの貴重な蔵書が残された図書室がこの塔には存在していて、それらを守る為にごく限られた人間にしか入場許可は出されない。

 この塔に入るには学生の学びやとなる二階建ての石造りの建物から伸びた、細く長い渡り廊下を使用する他なく、この唯一の出入り口以外には窓すら出入りする事の出来ない造りになっていた。
 学び舎の方は神殿の教職者が使っていた当時、労働や法術に纏わる雑事を行っていた建物である。幾つもの小さな部屋に分かれており、当時はそれぞれの部屋に詰めて彼らは神から与えられた法術への造詣を深めるべく、日々鍛錬に励んでいたのだとか。

「どうぞ」
 渡り廊下に出る為にも許可が必要とされており、許可を出すのも学務長直々に伝えられる。
 役員が一人ずつ、常に渡り廊下のこちら側とあちら側に立っている。彼らは一日中ここに立つ事そのものが責務だという。単純ながらも、辛い仕事のような気がした。
 白い服を着た男性は細身で、年齢がわかりにくい特徴をしていた。
「ありがとうございます……」
「どうぞ」
 ルドヴィカの名前も確認すらしない。同じ言葉を繰り返し、じっとこちらの顔を見つめてくるのを不気味に感じつつ、促されているんだしとルドヴィカは扉を開いた。
 大人の男ではさぞ歩きにくかろう、と思わせる程度の広さの渡り廊下は、橋のように手摺が両端に設置されている。
 小柄なルドヴィカでも、向かいから歩いて来る人間とすんなりすれ違うのは不可能性だろう。そんな事を考えながらこわごわと繊細な模様が施された手摺に手を掛け、足を踏み出した。
「カレル様、先程はありがとうございました」
『……何の事だ?』
「お忘れにならないでください、食堂での事です」
 ディックに暴行を受けそうになった瞬間、迷いなく彼に突撃していった水晶玉に、礼を言わねば気が済まないとうずうずしていたのだ。
 授業もあれば、ジェーンのような好奇心旺盛かつずけずけと話を聞き出そうとする輩に捕まったりして、カレルと話せるような場所も時間も作る事が出来なかった。

「すみません。わたしに力と権力があれば、あのような事態は引き起こされなかった」
『下劣な輩が許せなかっただけだ』
 無理して嘘をつかなくとも、と思ったが辛うじて堪える事が出来た。
 彼は身分関係なく、ルドヴィカが悪態を吐かれ、嫌がらせを受ける度に憤りを発していた。動く水晶玉が多数から目撃されるとわかっていた筈だ。どんな理由が裏にあろうと、彼にとっては不都合しかない。
 現に関わりたくないと話していた兄や伯父に、自分がルドヴィカと行動をともにしていたのもばれてしまった訳だ。
「せめてわたしにあいつを殴り倒せるだけの力があったら、良かったのに」
 魔術でも呪法でもいい。やつを懲らしめるだけの能力が自分にあれば、と悔やんでも悔やみきれない。
 そんなルドヴィカの様子をどう思ったのか、カレルがぽつんと呟いた。

『怒りが収まらぬようなら、呪っておくか? あの男』
「いえ良いです。これ以上カレル様に助けられては、恩も返せそうにありませんから」
『この呪いを解いてくれるのならば、僕としては問題はないが』
「いえいえ。呪いを解けた暁には、カレル様にお願いしたい事があるんです。今願いを叶えて貰ったら釣り合いが取れなくなります」
 悔いが残っているのはあくまで自分自身の力で、あのにっくき下種野郎を叩きのめせなかったところにある。ここでカレルの力を借りて、やつを懲らしめたとて結局それはルドヴィカの力ではない。ますます悔しさとカレルへの罪悪感が募るだけだ。下手したら国際問題にもなりえる。
 
 ちらっと呪って貰おうかという考えは浮かんだものの、他者の力の借り物でしかなくルドヴィカ自身の力であの男をやり込めた事にはならない。謹んで辞退する。
『僕に出来る事など、他者を呪う事だけなのに』
急にカレルがそんな事を、それもどこか無念さを感じさせる呟きを漏らすものだから、ルドヴィカは驚いた。
「そんな訳ないでしょう、カレル様のご身分なら何事も自由自在でしょうに」
 咄嗟にカレルに言葉を返したが、彼は納得しない。
『本当だ。本当に、僕には何にもない』
「カレル様?」
『すまない』
「どうしてカレル様が謝るんですか」
 問い詰めたが、それ以上カレルは何も言わないし渡り廊下の反対側、塔の入口が見えてきた。ルドヴィカも口を閉ざし、扉に手を掛けた。
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