呪いと結婚

nishina

文字の大きさ
87 / 87
小鳥のさえずり、ぶどうのつる

12

しおりを挟む
 公爵夫人と面と向かった機会など、ルドヴィカには一度しかない。言うまでもなく、先日の顔合わせの時間だ。
 痩身の、目付きの鋭い女性だった。茶色の髪を飾り気もなくひとつに纏めるだけで背中に流して、服装も簡素なドレスという公爵夫人という立場にしては華やかさの感じない人物だったと記憶している。どちらかというと金勘定に汚い商売人、といった隙のない印象を持った。
 他国から公爵家に輿入れなさったお姫様だとルドヴィカも知っていたが、ルーフスと比較するととても小さな国で、文化も呪法についても発展の足りない東方の出身らしい。彼女が先進国であるルーフスに嫁いだことで、法術や神殿の教え、文化の発展も含め彼女の故郷は随分と進展したらしい。
「何故夫人が、伴侶である公爵と敵対するんですか?」
「表向きはそんなことはないらしい、とは聞いてるんだけど……」
 貴族のご令嬢とはいえルイス家自体が然程高位貴族ではない上に、ジェーンは男児ではない。精々社交界における女性達の噂話が、彼女の情報源だ。
「わたしが耳にするのはあやふやな噂ばかりで、確かな証拠なんてひとつもないし、わたしじゃ高貴な方々の私生活なんてわからないわ。エスキル様がよく下町においでになると聞いたことはあるけど、それでも普段どのような交友関係をお持ちなのかなんて知らないでしょう? 同じことよ。わたしよりも、そこにいらっしゃる方にお尋ねした方が真実はわかりやすいのではないかしら」
 彼女の言うことは尤もだ、とルドヴィカもおもった。
 公爵夫妻の亀裂や対立など、一貴族の娘よりも当人の息子であるカレルが一番知っている筈だ。
 ジェーンは少し身を乗り出すようにして、ルドヴィカの手のひらに鎮座する水晶玉に話しかけた。
「カレル様……ガートルード様が故郷の国の傀儡となって、ヴェルンの乗っ取りを企んでるというのは、本当なんですか?」
「は!? ……なんですかそれ」
 ぎょっとして、ルドヴィカは椅子から腰を浮かせてしまった。
「噂よ。あくまで、噂」
 唇の前に人差し指を立てて、ジェーンは言った。
 ガートルードの故郷は小さ過ぎて、ヴェルンの支配する領土の端の端、ほんの欠片程度しか領地を持たない小国だ。資源も乏しく、持参金も微々たるもので彼女は相当に苦労した。
 お家乗っ取り云々は眉に唾をつけて聞くような怪しい噂に過ぎないが、王女とはいえ彼女の故郷は随分と立場が低く、ルーフス王家の血を引く公爵家は随分と格の落ちる嫁を貰っただとか言われているらしい。
「そういう話、好きなお嬢様方は多いの。事実はわからないけど、まことしやかに話は流れているわ。公爵夫人はお家乗っ取りを企んでるって」
「やな社交界ですねえ」
「わたしだって、こんな話聞きたくないわよ」
 口では否定しつつも、ジェーンは楽しそうな様子だ。お金持ちも庶民も、遠い世界で起こるスキャンダラスな話題は大好きだ、ということなのだろうか。
 しかも今直ぐ側にいるのはご当人に近しい立場の人間だ、噂好きの淑女の好奇心は最高潮だぞとばかりに、ジェーンが再びカレルに向けて口を開いた。
「カレル様、失礼を承知で窺います。ガートルード様はどのような思惑で、公爵家に嫁がれたかはご存知ですか?」
 その目はきらっきらの期待に光り輝いている。しかして水晶玉は無言だ。
「答えたくないみたいですね」
「あら」
 残念、とは口にしなかったが、目に見えてつまらないと言いたげにジェーンは肩をすくめて見せた。

 そのまんま我関せずを貫くのかと思いきや、水晶玉が言葉を発したのでルドヴィカは少々驚いた。
(公爵派だとわかったからには、問題のないことを話したところで、言葉尻を捉えられてどんな風に話を作られるか、わかったもんじゃない)
 おや。
 これは、ちょっと話の風向きが変わってきたような気がする。
 カレルは公爵家、つまり自分の家族に対して距離を置くような物言いがあるのを感じていた。そして、今の言葉。公爵家に与する人間は信用出来ないと言ったも同然である。

(ルドヴィカ、彼女に伝えて貰いたいことがあるのだが)
「……良いですけど、言ってしまって良いんですか?」
 期待に目を輝かせるジェーンに向かい、ルドヴィカは口を開いた。

「きみは一体何様のつもりだ、と仰っています」
「え……」
 ジェーンの顔色が、一瞬にして悪くなった。それもその筈、今は水晶玉の姿をしているといえ公爵家の人間に強い実績の言葉をぶつけられたのだから。
 ルドヴィカは続けた。
「下賤な魂を持つ人間の暇潰しの道具になる程、僕は暇なつもりはない。と」
「な……な」
 見たこともない程、激昂している。だが相手は、自分とは立場が違い過ぎる。赤い顔して、ジェーンはなんとか感情を抑えようとしているようだが、握り締めた指先は震え、声は掠れている。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

追放された最強令嬢は、新たな人生を自由に生きる

灯乃
ファンタジー
旧題:魔眼の守護者 ~用なし令嬢は踊らない~ 幼い頃から、スウィングラー辺境伯家の後継者として厳しい教育を受けてきたアレクシア。だがある日、両親の離縁と再婚により、後継者の地位を腹違いの兄に奪われる。彼女は、たったひとりの従者とともに、追い出されるように家を出た。 「……っ、自由だーーーーーーっっ!!」 「そうですね、アレクシアさま。とりあえずあなたは、世間の一般常識を身につけるところからはじめましょうか」 最高の淑女教育と最強の兵士教育を施されたアレクシアと、そんな彼女の従者兼護衛として育てられたウィルフレッド。ふたりにとって、『学校』というのは思いもよらない刺激に満ちた場所のようで……?

いつか優しく終わらせてあげるために。

イチイ アキラ
恋愛
 初夜の最中。王子は死んだ。  犯人は誰なのか。  妃となった妹を虐げていた姉か。それとも……。  12話くらいからが本編です。そこに至るまでもじっくりお楽しみください。

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

あなたが後悔しても、私の愛はもう戻りません

藤原遊
恋愛
婚約者のアルベルトは、優しい人だった。 ただ――いつも、私より優先する存在がいただけで。 「君は分かってくれると思っていた」 その一言で、リーシェは気づいてしまう。 私は、最初から選ばれていなかったのだと。 これは、奪われた恋を取り戻す物語ではない。 後悔する彼と、もう戻らないと決めた私、 そして“私を選ぶ人”に出会うまでの、静かな恋の終わりと始まりの物語。

処理中です...