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小鳥のさえずり、ぶどうのつる
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公爵夫人と面と向かった機会など、ルドヴィカには一度しかない。言うまでもなく、先日の顔合わせの時間だ。
痩身の、目付きの鋭い女性だった。茶色の髪を飾り気もなくひとつに纏めるだけで背中に流して、服装も簡素なドレスという公爵夫人という立場にしては華やかさの感じない人物だったと記憶している。どちらかというと金勘定に汚い商売人、といった隙のない印象を持った。
他国から公爵家に輿入れなさったお姫様だとルドヴィカも知っていたが、ルーフスと比較するととても小さな国で、文化も呪法についても発展の足りない東方の出身らしい。彼女が先進国であるルーフスに嫁いだことで、法術や神殿の教え、文化の発展も含め彼女の故郷は随分と進展したらしい。
「何故夫人が、伴侶である公爵と敵対するんですか?」
「表向きはそんなことはないらしい、とは聞いてるんだけど……」
貴族のご令嬢とはいえルイス家自体が然程高位貴族ではない上に、ジェーンは男児ではない。精々社交界における女性達の噂話が、彼女の情報源だ。
「わたしが耳にするのはあやふやな噂ばかりで、確かな証拠なんてひとつもないし、わたしじゃ高貴な方々の私生活なんてわからないわ。エスキル様がよく下町においでになると聞いたことはあるけど、それでも普段どのような交友関係をお持ちなのかなんて知らないでしょう? 同じことよ。わたしよりも、そこにいらっしゃる方にお尋ねした方が真実はわかりやすいのではないかしら」
彼女の言うことは尤もだ、とルドヴィカもおもった。
公爵夫妻の亀裂や対立など、一貴族の娘よりも当人の息子であるカレルが一番知っている筈だ。
ジェーンは少し身を乗り出すようにして、ルドヴィカの手のひらに鎮座する水晶玉に話しかけた。
「カレル様……ガートルード様が故郷の国の傀儡となって、ヴェルンの乗っ取りを企んでるというのは、本当なんですか?」
「は!? ……なんですかそれ」
ぎょっとして、ルドヴィカは椅子から腰を浮かせてしまった。
「噂よ。あくまで、噂」
唇の前に人差し指を立てて、ジェーンは言った。
ガートルードの故郷は小さ過ぎて、ヴェルンの支配する領土の端の端、ほんの欠片程度しか領地を持たない小国だ。資源も乏しく、持参金も微々たるもので彼女は相当に苦労した。
お家乗っ取り云々は眉に唾をつけて聞くような怪しい噂に過ぎないが、王女とはいえ彼女の故郷は随分と立場が低く、ルーフス王家の血を引く公爵家は随分と格の落ちる嫁を貰っただとか言われているらしい。
「そういう話、好きなお嬢様方は多いの。事実はわからないけど、まことしやかに話は流れているわ。公爵夫人はお家乗っ取りを企んでるって」
「やな社交界ですねえ」
「わたしだって、こんな話聞きたくないわよ」
口では否定しつつも、ジェーンは楽しそうな様子だ。お金持ちも庶民も、遠い世界で起こるスキャンダラスな話題は大好きだ、ということなのだろうか。
しかも今直ぐ側にいるのはご当人に近しい立場の人間だ、噂好きの淑女の好奇心は最高潮だぞとばかりに、ジェーンが再びカレルに向けて口を開いた。
「カレル様、失礼を承知で窺います。ガートルード様はどのような思惑で、公爵家に嫁がれたかはご存知ですか?」
その目はきらっきらの期待に光り輝いている。しかして水晶玉は無言だ。
「答えたくないみたいですね」
「あら」
残念、とは口にしなかったが、目に見えてつまらないと言いたげにジェーンは肩をすくめて見せた。
そのまんま我関せずを貫くのかと思いきや、水晶玉が言葉を発したのでルドヴィカは少々驚いた。
(公爵派だとわかったからには、問題のないことを話したところで、言葉尻を捉えられてどんな風に話を作られるか、わかったもんじゃない)
おや。
これは、ちょっと話の風向きが変わってきたような気がする。
カレルは公爵家、つまり自分の家族に対して距離を置くような物言いがあるのを感じていた。そして、今の言葉。公爵家に与する人間は信用出来ないと言ったも同然である。
(ルドヴィカ、彼女に伝えて貰いたいことがあるのだが)
「……良いですけど、言ってしまって良いんですか?」
期待に目を輝かせるジェーンに向かい、ルドヴィカは口を開いた。
「きみは一体何様のつもりだ、と仰っています」
「え……」
ジェーンの顔色が、一瞬にして悪くなった。それもその筈、今は水晶玉の姿をしているといえ公爵家の人間に強い実績の言葉をぶつけられたのだから。
ルドヴィカは続けた。
「下賤な魂を持つ人間の暇潰しの道具になる程、僕は暇なつもりはない。と」
「な……な」
見たこともない程、激昂している。だが相手は、自分とは立場が違い過ぎる。赤い顔して、ジェーンはなんとか感情を抑えようとしているようだが、握り締めた指先は震え、声は掠れている。
痩身の、目付きの鋭い女性だった。茶色の髪を飾り気もなくひとつに纏めるだけで背中に流して、服装も簡素なドレスという公爵夫人という立場にしては華やかさの感じない人物だったと記憶している。どちらかというと金勘定に汚い商売人、といった隙のない印象を持った。
他国から公爵家に輿入れなさったお姫様だとルドヴィカも知っていたが、ルーフスと比較するととても小さな国で、文化も呪法についても発展の足りない東方の出身らしい。彼女が先進国であるルーフスに嫁いだことで、法術や神殿の教え、文化の発展も含め彼女の故郷は随分と進展したらしい。
「何故夫人が、伴侶である公爵と敵対するんですか?」
「表向きはそんなことはないらしい、とは聞いてるんだけど……」
貴族のご令嬢とはいえルイス家自体が然程高位貴族ではない上に、ジェーンは男児ではない。精々社交界における女性達の噂話が、彼女の情報源だ。
「わたしが耳にするのはあやふやな噂ばかりで、確かな証拠なんてひとつもないし、わたしじゃ高貴な方々の私生活なんてわからないわ。エスキル様がよく下町においでになると聞いたことはあるけど、それでも普段どのような交友関係をお持ちなのかなんて知らないでしょう? 同じことよ。わたしよりも、そこにいらっしゃる方にお尋ねした方が真実はわかりやすいのではないかしら」
彼女の言うことは尤もだ、とルドヴィカもおもった。
公爵夫妻の亀裂や対立など、一貴族の娘よりも当人の息子であるカレルが一番知っている筈だ。
ジェーンは少し身を乗り出すようにして、ルドヴィカの手のひらに鎮座する水晶玉に話しかけた。
「カレル様……ガートルード様が故郷の国の傀儡となって、ヴェルンの乗っ取りを企んでるというのは、本当なんですか?」
「は!? ……なんですかそれ」
ぎょっとして、ルドヴィカは椅子から腰を浮かせてしまった。
「噂よ。あくまで、噂」
唇の前に人差し指を立てて、ジェーンは言った。
ガートルードの故郷は小さ過ぎて、ヴェルンの支配する領土の端の端、ほんの欠片程度しか領地を持たない小国だ。資源も乏しく、持参金も微々たるもので彼女は相当に苦労した。
お家乗っ取り云々は眉に唾をつけて聞くような怪しい噂に過ぎないが、王女とはいえ彼女の故郷は随分と立場が低く、ルーフス王家の血を引く公爵家は随分と格の落ちる嫁を貰っただとか言われているらしい。
「そういう話、好きなお嬢様方は多いの。事実はわからないけど、まことしやかに話は流れているわ。公爵夫人はお家乗っ取りを企んでるって」
「やな社交界ですねえ」
「わたしだって、こんな話聞きたくないわよ」
口では否定しつつも、ジェーンは楽しそうな様子だ。お金持ちも庶民も、遠い世界で起こるスキャンダラスな話題は大好きだ、ということなのだろうか。
しかも今直ぐ側にいるのはご当人に近しい立場の人間だ、噂好きの淑女の好奇心は最高潮だぞとばかりに、ジェーンが再びカレルに向けて口を開いた。
「カレル様、失礼を承知で窺います。ガートルード様はどのような思惑で、公爵家に嫁がれたかはご存知ですか?」
その目はきらっきらの期待に光り輝いている。しかして水晶玉は無言だ。
「答えたくないみたいですね」
「あら」
残念、とは口にしなかったが、目に見えてつまらないと言いたげにジェーンは肩をすくめて見せた。
そのまんま我関せずを貫くのかと思いきや、水晶玉が言葉を発したのでルドヴィカは少々驚いた。
(公爵派だとわかったからには、問題のないことを話したところで、言葉尻を捉えられてどんな風に話を作られるか、わかったもんじゃない)
おや。
これは、ちょっと話の風向きが変わってきたような気がする。
カレルは公爵家、つまり自分の家族に対して距離を置くような物言いがあるのを感じていた。そして、今の言葉。公爵家に与する人間は信用出来ないと言ったも同然である。
(ルドヴィカ、彼女に伝えて貰いたいことがあるのだが)
「……良いですけど、言ってしまって良いんですか?」
期待に目を輝かせるジェーンに向かい、ルドヴィカは口を開いた。
「きみは一体何様のつもりだ、と仰っています」
「え……」
ジェーンの顔色が、一瞬にして悪くなった。それもその筈、今は水晶玉の姿をしているといえ公爵家の人間に強い実績の言葉をぶつけられたのだから。
ルドヴィカは続けた。
「下賤な魂を持つ人間の暇潰しの道具になる程、僕は暇なつもりはない。と」
「な……な」
見たこともない程、激昂している。だが相手は、自分とは立場が違い過ぎる。赤い顔して、ジェーンはなんとか感情を抑えようとしているようだが、握り締めた指先は震え、声は掠れている。
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