カニのおかげで、カニのせい

綴灯ミア

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ば、ばばばばば?

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その部屋は、5畳くらいだった。トレーニング機具などが置かれていると思っていたのに、実際あったのは、タイマー付きの謎の箱だけ。それに加えて、喧嘩には縁のなさそうな4人の人間が、床に座っていた。俺が、女性に聞こうとすると、もう扉は固く閉められていた。
「これは、どう言うことだ?」
思わず、声が出る。すると、4人の人間たちも、次々に話し出した。
「わたくし、お茶のお教室だと聞いていたんですけれど。」
と、70代ほどの、着物を着た上品なおばあさん。
「ええ~、あたし、メイクを教えてくれるって言われてきたんだけどぉ~」
と、化粧の濃いギャルのような女子高生が言えば、
「えっ、どんなに働いても疲れない方法を教えてくれるんじゃなかったのか」
と、無精髭で、工事現場で働いてそうなおじさんも不満げに口を尖らせる。
「……僕は、寝る必要がなくなるって聞きましたけど」
目にクマができて眼鏡をかけた、いかにも暗そうな少年も、気だるそうに言った。みんなの視線が、俺に集まった。
「お、俺は、喧嘩に絶対勝てる方法だって……」
無言の圧力を感じて、俺も口を開く。みんなが、ため息をついた。
「つまり、私たちは騙されたってことですわね」
と、おばあさんが悲しげにつぶやく。
「だいたいぃ、こんなボロビル、怪しいと思ったのよぉ!」
ギャルがキンキン叫ぶ。それならここに来なきゃいいだろ、と思ったが、俺もそうなのを思い出した。おじさんが、まとめるようにパンパンと手を叩く。
「一旦、ここから脱出することを考えよう」
「扉は鍵がかかっています」
少年が、遮るようにして言った。窓の方にも目をやって、首を横に振る。
「窓も同じです」
つまり、出られないってことか……。俺は、落胆して肩を落とした。と同時に、ビービーと耳障りな音が鳴った。
《あーあー、マイクテスト、マイクテスト》
聞き覚えのある声が、どこからか聞こえてきた。
「放送ですわ」
と、おばあさんがつぶやく。みんな頷いて、すうっと静かになった。
《ゲームをしようじゃないか。私は、勝っても負けても死ぬがね。くくっ》
心底楽しそうな声が、部屋に響く。そこで初めて、この声が、あの会社員であることに気がついた。部屋が、パッと暗くなる。薄暗い中、光るタイマーだけが浮き彫りになった。5:00と表示されている。つまり、5分だ。
「やだ、怖いぃ」
ギャルが、わざとらしい声をあげる。嘘つけ、と言いたくなった。それにしても、最近の女子高生は、どれだけ心が強いのだろうか。中学生のくせに、そう偉そうに考えてしまった。
《ネタバラシはしたくないが、教えてやろう。その箱は、時限爆弾だ》
途端に、部屋がざわりとした。俺も、思わず体が震わせた。その瞬間ピーと音が鳴って、タイマーがスタートした。カチ、カチ、と正確に時を刻む。
《爆発を回避できれば、お前らの勝ちだ。解放してやろう。しかし、爆発すれば……》
男性は、そこで言葉を切った。それきり放送は聞こえなくなった。
「あれか! 物語でよくある、どちらかのコードを切れってやつ! どちらかが正解だっていう!」
と、おじさん。
「だれか、ハサミを持ってないのぉ!」
ギャルが、キーキー叫ぶ。うるさかったが、俺も叫びたい気分だったので、見逃すことにした。
「わたくし、持ってませんわ!」
おばあさんが、真っ先に手を挙げる。みんな、そりゃそうだと頷いた。この人が、ハサミを持っている方がおかしい。
「あたしも、持ってないわぁ」
ギャルも、首をブンブン横に振った。金髪が、顔に鞭のように当たっている。化粧道具に入っているかと思ったのだが、なかったようだ。みんな期待していたようで、かすかにため息をついた。
「おれも、持ってないぞ。タオルならあるが」
おじさんが、汗拭きタオルを持ち上げて見せると、ギャルが露骨に顔を顰めた。俺は、ノコギリでも持っていないかと、念の為背後を確認した。俺と同じで、汗臭かった。
「僕も、持ってません」
少年が、俯き加減でつぶやく。絶望してるのか考えているのか、薄暗い部屋では読み取れない。最後に、俺の番になったとき、タイマーはすでに1分を切っていた。
「早く!」
ギャルが急かす。俺は、困ったように言った。
「俺も、ない……」
と、ハッとした。ポケットの中を探る。そう、あったのだ、カニのハサミが!
「あ、ハサミ、あります!」
「ええっ、本当に?!」
「カニのハサミじゃないか!本当に切れるのか?」
声が、途端に嬉しそうになる。しかしすぐに、焦りを含んだ声になった。
「あと、30秒だ!」
「い、いや、ちょっと待ってくださいよ!ど、どっちにしよう……」
「悩んでいる暇があるか!」
おじさんが、大声で叫ぶ。それでも俺は、カニのハサミを持って、グッと悩んだ。どちらが正解でどちらが間違いなのか、こればっかりは勘だ。命が懸かっているのに、何故よりによって優柔不断な俺がやらないといけないのか。ついそう考えてしまう。そんなこと言っている場合ではないのだ、とはわかっているのだが、しかし……。
「早く!」
おばあさんが、焦ったそうに叫ぶ。考える前に、やれ!俺は心を決めて、時限爆弾にハサミを伸ばした。血だらけの赤いハサミが、導線を噛み切った。
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