カニさんあなたのおかげです!

綴灯ミア

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そんなうまい話、ある?

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一歩踏み出すたびに、驚きの連続だった。キラキラ輝く街灯ひとつとっても、俺の町とは比べ物にならない。高くないのに都会じみたビルや、雰囲気がおしゃれな人々が、眩しく見える。しかし、ここだってド田舎なんだから、本当の都会はどんなところなんだろうか。
「行ってみたいような、行きたくないような……」
声に出して呟き、小さなため息をついた。右を見ればスイーツ店、左を見ればファッション店。下を見てもレンガのおしゃれな道だし、日が沈みかけの空だって、同じようで違う気がする。なんだか、俺だけが浮いているような居心地の悪さがあったので、屋台が立ち並ぶ通りにきた時はホッとした。良くも悪くもごちゃごちゃしているので、幼い頃は、500円を握りしめて胸をときめかせたものだった。
「美味いよ、買ってかないかい兄ちゃん」
そう言って焼き鳥を差し出す、ハチマキを巻いたおっちゃんがいれば、
「喉乾いてないかい。ラムネにソーダ、コーラ、ビール。ドリンク揃ってるよぉ」
と声を張り上げるおばちゃんもいる。俺に近寄ってくる人たちを、「すいません、金ないもんで」と躱し、俺はひたすら歩き続けた。最初は夕暮れ時だったのが、だんだん空が暗くなって、三日月が顔を見せる。そろそろ寝るか、なんて思いながら公園に向かった。夜の公園にはだれもいなくて、ひたすら静寂が広がっていた。ちょっと高くなっているところの、ふわふわの芝生に寝転がる。今日は、家に帰らず野宿するつもりだった。俺は、しばらく満天の星空を眺めていた。一瞬、心配する母さん父さん、仁の姿が思い浮かんで、帰ろうか悩んだ。グッと目を開き、起きていようとする。でも、睡魔には抗えなかった。いつの間にか、俺は眠っていた。

「ちょっと君、どうしてこんなところで寝てるんだね」
俺の爽やかなはずの朝は、目を開けた途端現れたヒゲモジャ顔によって、泥で塗りつぶされた。
「あっいや、これはワケがあるんです……」
慌てて立ち上がり、ズボンやシャツについた芝を払う。そして改めて、ヒゲモジャと向かい合った。メガネをかけているヒゲモジャは思ったより背が低く、見下ろす形になった。
「わたしは、警官の青木という。今言ったばかりだが、なんでここで寝ているのかな?というか、なんでそんなに傷だらけなんだね」
ヒゲモジャは、青木という警官らしい。警官のくせにシャツとジーパンを履いているのかと、首を傾げた。こんな早朝にご苦労様だと思ったら、日はもうかなり上がっていた。おそらく、9時ほどだろう。言いたかったのは、こほんと咳払いして、俺は青木を見下ろした。
「えっと、俺がなんでここで寝てたか、ですよね。簡単にいえば、プチ家出です。傷だらけなのは、喧嘩したからだ。これでいいですか」
言ったと同時に、地面を蹴る。ビュンとスピードを上げて、寝ていた丘を駆け降りた。「あ、ちょっと君……」という青木の言葉を背に、俺は、その場を離れた。ちょっと離れたところで立ち止まる。
「流石に帰ったほうがいいよな。夜寝ちゃったし」
俺は、ふうむと首を傾げた。今日は日曜日だから、明日には学校が始まるのだ。サボりは禁忌だと考えているので、できれば行きたいのだが。何より、母さんたちには心配をかけているだろう。考えていたら、後ろから知らない声に呼びかけられた。
「ハアハア……。そこのお兄さん。間違いなく喧嘩に勝てる方法、お教えしましょうか、タダで。」
「えっ、それ、どういうことですか!」
振り返ると、ヨレっとしたスーツを着ていて、顔も平凡な男性がいた。マスクをつけている彼は、首を傾げてこっちを見ていたが、その顔に何故か惹きつけられる。営業スマイル、と形容するのがピッタリな、嘘っぽい笑みを貼り付けているのがマスクを通してもわかったが、それもまたなぜか、魅力を大きくしていた。そのせいか、俺は、半ば無意識に食いついた。
「ええ、著名なボクサーたちが一対一で教えてくれるうえ、確実に勝てるまじないもございます。」
俺は、目の前にエサを吊り下げられた犬のように、心の中で尻尾を振った。でも、あまりに話がうますぎるので、流石に断った。
「いえ、遠慮しておきます……」
背中を向けて、立ち去ろうとする。しかし、男性の一言。
「強くなりたいんじゃ、ないんですか?」
俺の心が、大きく揺れ動くのがわかった。仁のバカにしたような笑い、あの悔しさ……色々な記憶が心の中を駆け巡る。俺は、小さく頷いた。
「はい。強く、なりたい。」
男性は、にっこりと笑うと、手で方向を指し示した。
「あそこの、灰色のビルにきてください。今すぐです」
俺はその方向に顔を向けた。数メートルほど先に、確かにビルがある。ちょっと観察してみた。するとどうやら、元々は灰色じゃなかったことがわかった。多分、白い壁だったんだろうが、埃やら汚れやらで灰色になったんだろう。あそこに勤めているのであろう男性でさえ灰色と言うなんて、皮肉だなと思った。
「い、いやでも、早く帰らないと……」
頷いたものの、帰らなくてはという焦りが蘇る。それを男性は、にっこりと押さえつけた。
「あれ?強くなりたいんじゃ、ないんですか?」
「う、行きます」
そう短く返すと、俺は、迷いつつもその方向へ向かった。男性も、ついてきていることがわかったが、気にしなかった。
「よし、ここか」
ビルの前に来てみると、いよいよそのビルが、古びていることがわかった。なんだか埃っぽいし、汚い。本当にここなんだろうかと、思わず顔を顰めた。
「あ、ここにご入用ですか。」
扉の前で立ち止まっていると、ちょっと掠れて低い女性の声が聞こえた。見てみると、清楚な雰囲気で、ショートカットにした三十代ほどの黒いスーツの女性がいた。黒いマスクをつけていて、こちらへパタパタと小走りで来る。汗をかいていたが、それでも、その美しさは滲み出ていた。俺は、思わず見惚れてしまった。
「はい、そうですけど」
入るか迷ってるけどね、と心の中で付け足す。
「ご案内いたします!」
「ありがとうございます」
決めた、入ろう。俺は軽く会釈して、女性の後に続いた。案の定中は埃だらけで、咳き込んでしまった。女性は困ったような顔をして、マスクを差し出した。
「申し訳ございません。ここは、掃除が行き届いていないもので」
行き届いていないどころじゃないだろ!と突っ込みたくなったが、黙っていた。中は薄暗く、女性を見失ったら、もう見つけられないだろう。廊下を歩いていると、女性が突然立ち止まった。
「ここへお入りください」
「案内、ありがとうございました」
深くお辞儀をする。女性は鍵を取り出し、ガチャガチャと開けた。ギギギギ……と音を立てて、扉を開く。そして俺を中に入れると、扉を閉めて、鍵をかけた。部屋は、俺の想像とは大幅に違っていた。
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