深紅の仮面は誰がために

白亜依炉

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僕と友達。

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 ひょろ長い仮面の男、グリムと友達になって1週間が経った。
 奇妙すぎる友人は出来たけれど、かといって僕の生活がなにか大きく変化することは無かった。漫画やアニメのように別の奇妙なキャラクターと出会うことも無い。グリムと話していて可笑しなことに巻き込まれたことも無い。ただ学校帰りに寄り道をして、1時間から2時間くらいグリムと世間話をする。それだけだった。

  けど、その中でいくつか分かったこともある。

 まず一つめ、『グリムは世間を知っているようで知らない』。
 これには僕も驚いた。僕だって別に流行をしっかり追っている訳では無い(むしろ知らない部類だと思う)けど、それでも高校生をしていると入ってくる情報は数多くある。流行りのアプリや芸人さん、今期の面白いアニメやバラエティー番組などなど……若者の常識から年齢層問わず知っているべき一般常識まで。平々凡々と生きてるだけで色んなことを見聞きする。この『世』という流動体は多くの情報で成り立っているのだ。
 だっていうのに、グリムはそんな情報をあまりにも有していない。流石に一般常識はそこそこ分かるみたいだけど、たまに「そうなの?」みたいな顔をしてくる。あまりに物を知らなさ過ぎて覚えてない・覚える気が無いだけかとも思ったけど、最近の流行について話した時にはとっても目をキラキラさせて話を聞いてくれてた。どうやら、本当に知る機会が無かっただけらしい。

「なるほど……ありがとう。きみは本当に物知りだね」
「グリムが知らなすぎるだけだと思うけどなぁ」
「はは、そうかもしれない」

 なんて感謝されたこともあった。良いヤツだけど本当に変なヤツだ。いつ見ても全身は真っ黒な格好をしているし、深紅の仮面も欠かさない。ご飯を食べる時もやっぱり付けたままなんだろうか? でも、あのオペラマスクに口っぽい部分は無いんだよな。あの仮面の口周りは一切の凹凸がない。ロボットみたいな上下する可動部位も無い。一緒に何か食べたことは何度もあったのに、食べてるところをちゃんと見た記憶は僕の中にはない。そんなこと普通あるのか?
 変で奇妙でことさら怪しい、……なのに話しているとそんなことはどうでも良くなって忘れてしまう。グリムは実は魔法使いで、僕らの認知を捻じ曲げているとか? そうだったら、すとんと納得できてしまうとこはある。本当のグリムは僕が思うほど良い人では無くて、万人に自分を受け入れさせる天性の穏やかさは、本当は魔法で強制的にそうなるように仕向けていただけで、人間をまやかして社会に溶け込んでいる……。SF映画やらホラー映画やらを見過ぎたか? いやでも、真実だったとしても全然おかしくないんだよな……。実際、今だって僕はこれだけ『恐ろしい筈』のことを考えているのに恐怖が無い。そうなのかなぁ…なんて思うだけだ。

 そう、この『謎』が二つめの分かったこと。
 『グリムは極端なほど他者から悪意を持たれない』。

 憎悪、嫌悪、理不尽、怒り、いちゃもん、八つ当たり……。普通に生きてるだけでも、何故かこういった負の感情を唐突に向けられることはある。例えば、すれ違いざまに相手と身体がぶつかった後とか。コンビニでレジの順番待ちをしていたら見知らぬお爺さんに「抜かされた!」なんて身に覚えのないことを言われたこともあったっけ。こういう出来事は誰にでも覚えがあるはず。……無かったらどうしよう。あれ、もしかして僕が不運なだけか? でも、この話を友達にしたら「あるある~!!」なんて同情と共感の声が飛んできたし……気にするしないは問わず、多かれ少なかれ皆そういう突然のバッドイベントと出くわしていると思う。
 けれど、グリムには『一切』そんなことはない。グリムは2mくらいあってとても背が高いから、だから皆委縮して怒らないだけかと最初は思ってた。けど、彼と関わるようになって1週間が経った今、それは疑う余地もなく「否」だと分かる。そもそも、恐れられないんだ。怖がられることは無く、みんな穏やかにグリムとやりとりを交わす。グリムと初めて対面すれば不気味さを一度は感じるはずなのに。僕だって最初はそうだった。
 なのに、そんな素振りは欠片も見えない。昨日なんて見るからに乱暴そうな不良とぶつかったけど、不良はグリムを睨み上げるどころか「すんません! 大丈夫っす!」なんて爽やかな笑顔を置いて去って行った。個人の印象を勝手に捏造することは大変悪いことで宜しくない。けど、おそらくぶつかったのが僕だったら舌打ちとねめつける視線は確定演出で向けられていた筈だ。平凡一般男子高校生としての勘と知識がそう言っている。

 このことについて、僕はまだグリムに一度たりとも「なんで?」と聞けていない。不思議だとは思うし、実際なにかしているのかも……と野暮な思考も時折浮かぶ。気にならない訳がない。
 でも、だからこそだろうか。この問いは他の何よりも聞いてはいけない禁忌のような気がして、僕はその一歩を自主的に封じることにした。気にはなる。気にはなるけど……無垢に生まれた愛らしい疑問は、無神経にグリムを突き刺す棘のようで迂闊に手に持てないんだ。心にだけ留めて、留めた心がむずむずソワソワと蠢くのを見て見ぬふりをする。いつか、聞ける日は来るだろうか。聞いてもいいと思う時は来るんだろうか。来たらいいなぁ……。その時はどうか……

 ――グリムを傷付けないで、聞けたらいいなぁ。



 あぁ、そうそう。分かったことはもう一つあった。こっちは深刻なようでそうでも無いかもしれない話。でもグリムと過ごす、という意味では一番気になることかもしれない。目にする機会もなんだかんだと多いし。

  三つめ、『グリムは働いていないはずなのに大金を持っている』。

 不労所得ってやつだろうか。こればかりはバイトも碌に出来ていない学生の僕にはよく分からない。けれども、グリムが働いていないことは明白だ。なにせ、「グリムって普段なんの仕事してんの?」と聞いたら、きょとんとした顔で「働いてないよ? なんで?」と疑問符を投げ返してきた。そんな訳あるかい。……と、言いたいところだけど、世の中は大海が如く広いもので。紆余曲折あって働いていない人もそりゃ居るだろうし、そもそも働く必要がない富豪のような存在も居るだろう。見たところグリムは超健康体みたいだし、あるとしたらきっと後者だ。
 だって、グリムはいつも先に何かを買ってきてて、待ち合わせ場所に現れた僕にお裾分けしてくれる。アイスクリーム、たい焼き、路上販売のカステラ、フルーツタルト、……上げていくとキリがない。というか、今気付いたけどいくらなんでも買ってもらいすぎじゃないか? 僕らまだ友達歴一週間だぞ。これは、普通……なのか? いや、そんな訳ない。そもそも、友達に毎日のように何かを買ってあげることなんて無いだろ。
 そうだ。普通はそんなことをしない。だって、友達は対等なんだから。となると、この浪費癖にはきっと理由がある。『彼氏あるいは彼女を繋ぎとめたくて金を貢いだ』なんて話はよく聞く恋愛ドロドロ話だ。僕とグリムはそんな関係じゃ無いけど、カレカノって存在を『大切』と言い換えれば僕を初めての友達だと言っていたグリムがそんな杞憂を起こしてても不思議じゃない。……これは一度腹を割って話してみる必要があるかも。



「という訳で、グリムへの意識調査を決行します!」
「……はぁ…」

 聞いてるこっちの力が抜けそうなほど気の抜けきった返事をして、グリムはベンチの上に立った僕を見上げた。ふふん、グリムに見上げられることなんて中々無いからちょっと気分が良い。

「という訳で、と言われても……まだ何も聞いてはいないんだが…」
「それは今から言います」

 わざとらしく敬語でぴしゃりと言い切る。お立ち台(仮)からは降りて、ベンチはベンチらしくちゃんと活用してやることにしよう。座面についた土や砂を軽く払うとどかっと勢いよく腰かけた。先に座って僕の奇行の一部始終を見ていたグリムは、不思議そうな顔をしたままようやく傍らに座る僕を見下ろしている。秋にしてはどこか暖かい風の吹く夕方の公園、そこで見る赤い仮面は相変わらず外側から無理やり接着剤かなにかで馴染ませてるみたいだ。表情変化とは無縁の深紅の無機物。それは今日も物静かな無表情だ。それでも、こうしてグリム自身の感情はしっかり伝わってくるんだから、初手に感じるべき感情は本来不気味なんかではなくて『便利だー』なのかもしれない。

「グリムさ、出会ってから今日までのことって覚えてる?」
「もちろん。それがどうしたんだい?」
「どうしたもこうしたもしまくりなんだよ。グリムって僕に色々買ってくれるだろ?」
「うん」
「でもそれ、んだよな」

―― ズビシャーーンッ

 SEを付けるならそんな音。鋭く尖った稲妻がいくつも細長いグリムめがけ降り注いだ。閃光に穿たれ、針金に近しいグリムはそれはもう真っ黒に……は、もちろんなってない。言わずもがな幻覚である。現実では焦げ痕ひとつ無くグリムはピンピンしてる。……死んだふりをするリスみたいに身体は微動だにせず固まって、目はきゅっと丸くなって狼狽えてはいるけれど。いや、仮面の瞳サイズはまーったく変わって無いんだけどさ。見た目上では今現在このひょろ長真っ黒仮面人間が動揺しているなんて微塵も感じないだろう。それでも、『あわわわっ』と慌てふためいてることは手に取るように分かった。

「……と、ととと友達らしく、ない…?」

 やっと口を開いたかと思えば、今にもほろほろと崩れそうな脆弱な音が飛び出した。出会ったあの日、ほんの一週間前に聞いたばかりの弱々しい声がさらにグレードアップしている。更なる弱々しさだ。そんなレコードは更新しなくていい。

  繰り返すけど、グリムは2mはゆうにあるだろう身長を持っている。170を超えている僕ですら見上げているくらいに大きい。手足だって相応に長い。すらりと伸びた、否、伸びすぎた手足はだらりと気だるげにいつも胴体に添えられている。時代が時代だったなら、「心優しき巨人」として語り継がれていたかもしれない。
 そんな彼が、今は、叱られることを怯えた大型犬のようにしょぼくれている。流石に犬耳が付いては見えないけど、脳裡に浮かぶ光景は説教されることを悟り項垂れてしまったゴールデンレトリバーだ。申し訳なさも心苦しさもするけど、多分今ここで間違いは改めてやった方がグリムの為だ。

「……うん。残念ながら……友達って別にずっと相手にプレゼントあげなきゃいけない関係じゃないし」
「だ、だが……嬉しいだろう?」
「まぁ、嬉しくはあるけど…。でも、ちょっと違うんだよ」

 プレゼントは確かに嬉しい。何かの記念でも、ただの気紛れでも。よっぽど趣味に合わないか苦手なもので無いかぎり嫌がる人も少ないと思う。だからプレゼント自体がまるっとすべて悪い訳では無い。店先で見つけたから、似合うと思ったから、そんな何気ない気持ちで不意打ちに渡されるプレゼントも僕は嫌いじゃないし、むしろ好きだ。
 でも、グリムのプレゼントはどこかそういうものでも無いように感じる。自身でも零していたように「こうしたら喜ぶから」といった動機から来る『喜ばれるための貢ぎ物』になってしまってる。プレゼントと貢ぎ物、言葉にしたらきっと大した違いは無いんだろう。それでも、友達という関係を続けるためには違いは指摘してやるべきなんだと思う。

 貢ぐのは対等じゃない、ってさ。

「うーん、ごめん。ちゃんと伝えたいこと伝えれるか分かんないんだけどさ……ひとまず、聞いてくれる?」
「……あぁ、もちろんだ。間違いがあるなら聞かせてくれ」

 居住まいを正してグリムは畏まった。僕と話す為に少し丸まっていた背筋が伸びて、僕の目には余計に大きく見える。威圧感は無いけど、存在感は格段に増した。今こうして座っているベンチすらスモールサイズに見えるほど。だが、存在感を露にしている張本人はひどく緊張してるのか、どこか空気は落ち着いてない。そわそわそわそわと騒がしい。

「えっと、まず……友達同士でもプレゼントをあげることは確かにある。何かあげるだけの理由――誕生日だとか、表彰されたお祝いだとか、そういう物がある時もあれば何もない時もある」
「ふむ」
「でも、『一方的にあげ続ける』のはプレゼントじゃなくて貢ぎ物になっちゃうんだ。こうなるとその関係は友達じゃない。友達同士の時は多少偏りはあっても基本は対等に送り合うんだ。片方だけなのはどちらかが強者になってる。上下関係が生まれるんだ」
「ふむ…」
「今の僕とグリムはこっち。僕は貰う側、グリムはあげる側。……僕は、貢がれたくは無いし、友達なら対等が良い」

 一気にまくし立ててしまった。理解できてるか? ちらっとグリムの様子を窺ってみれば、案の定処理落ちしたみたいに固まったままだった。自己認識を正されてるんだ、そりゃすんなりと理解が追い付きはしないだろう。流石に一度に言い過ぎたかな…。出来るだけ分かりやすくしたつもりなんだけど……。

「ひとつ、聞いても良いかな」
「え? うん。どうぞ?」
「きみの言うことは分かった。確かに一方的に与え続けるのは施しや捧げ物になってしまうね。ただ…」
「ただ?」

 そこで言葉を区切ると、グリムはまたいつものように僅かに身体を傾けて、そして、こてんと小首を傾げ……

「きみ、誰かにプレゼントをあげられるほどのお小遣い……残ってるのかい?」
「………………」

 とんでもなく痛いところを突かれた。

「ここ数日きみとは沢山楽しい時間を過ごさせてもらっているが、きみって…」
「言うなぁ!! 言うなよぉ!!!!」

 思わず両手で自分の耳を塞いで聞かなかったことにする。わー! わーー!! でも、悲しいかな。頭に浮かぶのは貯金の残額と今後の出費金額。そのどれもが真っ赤に染められてる。……グリムの深紅の仮面なんかよりも鮮やかに、毒々しく。…くそぉ……確かに僕にはプレゼントを贈り返すだけの余力はない。物価が天変地異でも起きて格安になれば話は別だけど。
 僕の財力ではどう頑張ってもグリムからは与えられる側になる。それはどうすることも出来ない揺るぎない事実ではあった。

「良いことじゃないか。きみはとても充実した日々を過ごしている」
「物欲に塗れた高校生を嘲てる…?」
「違うよ。私にはそういったものが無いというだけの話さ」

 グリムの細い手が僕の頭を撫でた。その手はやっぱり骨が目立って固くて、でもどこか穏やかで、優しく柔らかで。

「きみはこれからも沢山好きなものを追うと良い。きみがそれらに投資するように、僕はきみとこうしてお話しながら何かをつまむのが好きなんだよ」
「…………なんか、丸め込まれた気がする…」
「ははは、そうかな? でも、きみの指摘はもっともだ。これからは気を付けよう」

 これは根拠もないただの予想だけど、こう言いながらも明日だって何か小包を抱えて待ってくれている姿が目に浮かぶ。「美味しそうだったから」なんて言って、何かしらを持っていそうな……これは偏見かな…。

「……わかった。じゃあグリム、こうしよう」
「?」

 グリムが好きでそうしてるなら止めることはもう野暮だろう。この関係が悪化してしまって、本当に貢がれてるようになってしまったら……その時はまた話をしよう。グリムはちゃんとこっちの言い分を聞いてくれた。そのうえでしたいと思っているなら、後は僕が認識を改めて出来るだけ寄り添ってやるだけだ。

「休みの日にしか出来ないけど、僕が週に一度お弁当を持ってくるよ」
「お弁当……きみが?」
「そ。僕が作って、持ってくる。……頻度も金額もやっぱりグリムの方が多くなるけど……何も返せないよりはマシかなって」

 ちなみに味の保障はそんなに無い。不味いものは作ってない自負はあるけど、特別美味しいとも思わない。自炊なんて気が向かなければしない奴の料理なんてそんなもんだ。でも、何も渡せないよりは……いや、普通に美味しいお菓子とかの方が良かったかもしれない…。

「……や、ごめん。やっぱりちゃんとしたお菓子を、」
「食べたい」
「え?」

 はっきりとした音が耳に届いた。その声はいつもの寄り添う優しい声音じゃなくて、しっかりとした意思が篭っている。

「食べてみたい。きみの気が向いた時だけでいいから……ダメかな?」
「……それはこっちの台詞だけど…良いの? 多分フツーの味と出来だけど…」
「あぁ、良いとも。きみの料理が食べてみたいのであって、美味しいことは前提じゃない」
 
 それは、確かに…?
 ふわっとした言い分に流されてしまった気はするけど、グリムが食べたいと言ってくれるなら言い出しっぺはもう何も言うまい。僕がすべきことは『出来る限り手を尽くして美味しいものを作ること』だ。頑張れ、ちょっと先の僕。どうか今日の僕を恨まないでくれ。





 それから、僕らはいつものように他愛ない話をして、いつものように「また明日」と別れる……筈だったけれど、今日はグリムと一緒に帰路に着いている。
 オレンジ色をやめた空は暗く灰色を混ぜ込んだ青を纏っていた。今日はどうやら月明かりが少なく弱いらしい。街灯の少ない道は足元も真っ暗に見える。特に僕が帰る方向は公園から出るとそうなっていて、正直男といえども薄気味悪い。そんな訳でグリムが近くまで送ってくれることになった。

「こういう日は、色んなモノが活発になるからね。きみも家に着いたら今日は外に出ない方が良い」
「色んなもの?」
「そう。暗闇には沢山のモノが住んでいるから」

 淡々と、まるでなんてことが無いようにグリムは言う。その言葉を受けて覗いた細い路地裏は漆黒に彩られてて、てんで奥まで見えなかった。なのに、その向こうからはナニカがこちらを見つめている気がして……ぞくっと背筋が震えた。バッと顔ごと視線を正面に向け直す。「森の木にはリスが居るんだよ」なんてノリで恐ろしいことを言わないでほしい。

「ほら、これだけ暗いと空き巣が侵入してくるとかもあるだろう?」
「なるほど……」
「気を付けるに越したことはないよ。人間は弱いのだから」
「ふはっ、なにそれ!」

 突然の上から目線に不意をつかれて笑ってしまった。もうすっかり夜だから大声は出さないけど、声も無くクスクス笑っている僕を見てグリムは不思議そうにまた首を傾げている。無自覚かよ。それが余計に面白くて、僕はひとしきりクスクス笑って楽しんでしまった。
 そんな僕をグリムは静かに見守っている。出会った時もそうだけど、グリムはいつだって紳士的で年上らしい立ち振る舞いをしている。この1週間、毎日顔を合わせていたから余計に思う。そんなグリムだからこそ、毎日のように遊びに行きたくなったのかも。

  安心するんだ。僕がどんなことを言っても受け止めてくれるような、大丈夫って思わせてくれるような……そんな居心地の良さがある。この印象は1週間経っても変わらない。

「あ、ここで良いよ。もうカド曲がるだけだから」
「そうか。じゃあここで」
「またな!」
「ああ、また明日」

 後ろを振り返って手を振ってから、はたと気付いた。
 「さよなら」よりも先に「またな」が出ていた。今日になって、今更に。当然のように次があることを確信している自分が居ることにも。さも当然のように、自然と「またな」って言って、さも当然のように明日もあの場所に行こうとしていた。いつからだ? 別に友達といえど毎日会う必要なんてないのに。
 もしかして、僕って自覚してるよりも沢山グリムとの時間を楽しみにしてたりするのか…?

「……これも、グリムの力だったり…?」

 一人になった途端、またよく分からないことを考えてしまう。でも、確かに同じ学校の生徒という訳でもない相手に「また明日」は少しおかしいかもしれない。いや、実際明日も会うんだろうけどさ。

「ま、いっか」

 細かなことは考えたって仕方ない。それよりも今の僕にとって深刻なのは成長期の子どもの胃袋が空腹を訴えて止まないってことだ。分からない未知よりも、分かる異常。鳴り止まない腹の虫のクレームを止めることの方が先決だった。

「ただいまー!」

 そして、今日もまた。
 僕はグリムの生態を知らずに自宅の玄関を潜る。



 別れた直後、グリムが夜闇に溶けたなんてことには……気付かないまま――
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