2人の騎士と壁の花

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 キラキラ、キラキラとシャンデリアは怪しくダンスホールを照らす。

 大ぶりの宝石の嵌ったティアラや金銀の豪奢なイヤリング、ターンのたびに同じように揺れるドレスの裾、ステップを踏み鳴らす靴のヒールには金糸で織られた透けるリボンが、一定のリズムで輝きながら揺れている。
 見事なドレスに身を包んだ貴族の令嬢達は皆、まるで陶酔しているかのような表情で踊りに興じていた。
 エスコートしダンスをリードする正装の貴公子に腰を取られ、きらきらと全身を煌めかせながら舞い狂う様はただひたすら美麗で秀逸だ。おそらくどこの貴族の家でも徹底的に美しく舞えるようにと躾けられるのだろう、誰一人としてステップを踏み間違える人などいない。それどころか個々が全く同じ動き――まるで合同練習でもしたかのように統一された美しい足さばきで踊るのだから圧巻だった。

「本当にステキ……!」

 ゾフィアは両手を胸の前で組み、感嘆の溜め息をこぼす。
 どうして皆、こうも上手く綺麗に踊ることができるのかしらと不思議に思う。
 ゾフィアとて踊れないわけではない。ないが、優雅さが段違いだ。

「お前には色気が足りないからな。色事を経験しないと艶が出ない。だからはやく男をつくれと言っておろうが」

 すぐ隣から押し殺したような低い罵声がかかる。ゾフィアの父ヴァルトハウゼン伯爵だった。
 ダークブルーの夜会服にくすんだ銀髪の長毛をゆるく束ね、手には口をつける気がないワイングラスをイライラと回している。
 背筋を伸ばしてダンスホールをいまいましげに睨んでいるが、本当に睨みつけたいのはゾフィアなのだろう。

「この『壁の花』ならぬ『壁にへばりつく馬鹿』が!」

と小声で追い打ちをかけられ、ゾフィアは困った顔をした。

「そう言われても……。ダンスは見ているほうが楽しいのだもの」
「それがいかんと言っておるんだ。いい加減に見てばかりいないで行動したらどうだ」

 父の言い分はもっともだとゾフィアもそう思うが、意に反して足は動かなかった。
 眼前にはきらきらと輝く夢のような世界が広がっている。
 ただでさえ美しい男女がさらに美しく着飾り、ものすごく美しく舞い踊っているのだ。目を奪われるのは当たり前だと彼女はそう思っていた。
 見ているうちに、なんとも言えない高揚感に包まれ、ぽーっと魅了されてしまう。かっこいい紳士の切れのある動きが、淑女らの婀娜めいた腰つきがゾフィアを虜にする。ダンスホール全体が曲に合わせて一斉にターンをするたびに背筋にぞくぞくとなにかが走り抜けるようで、熱い視線を送るのをどうしても止めることが出来ない。

 ――そう、ゾフィアはダンスを壁際から眺めることが大好きなのだ。

「父上のお怒りはわかっています……。行き遅れでごめんなさい」
「 あ き ら め る な !」

 ヴァルトハウゼンは今度こそギッと娘を睨みつけると、

「せっかく連れてきてやったのだから、せめて努力ぐらいしろ。今度こそ誘いを断るんじゃないぞ、わかったな!」

と捨て台詞を吐いて、ゾフィアのいつもの立ち位置――壁際の大柱の前から立ち去っていく。
 その後姿からは、もう怒りのオーラは見受けられなかった。貴族たるもの腹の中はどうであろうとも常に笑顔、それを体現するようにヴァルトハウゼンは手近にいた初老の紳士に声をかけると、おだやかに微笑みながら人の輪の中へと消えた。
 あとに残されたゾフィアはふうっと息を吐くと、大理石の大柱を背にまた視線をダンスホールへともどす。
 父はものすごい剣幕で怒っている。健康で伯位もあり器量が悪いわけでもない、特別なセールスポイントがあるわけではないが取りたてて文句をつける箇所もない娘が売れ残りそうなのだから、怒っても無理もない。

 ゾフィアはヴァルトハウゼン伯爵家の三女で、今年の春で21歳になったが未だ未婚――綺麗な銀髪の直毛にすらりと背が高く、身体全体の肉付きこそ悪いものの顔立ちはなかなかという貴族の娘の中では割と平均的な容貌なのに、20歳を過ぎても婚約もしていなければ男性の影もないという、ちょっと風変わりな姫である。

 王家主催の夜会にはほとんど出席してるにも関わらず、兄弟以外の男性にエスコートされて出席したことがない。ダンスもほとんど踊らない。
 壁の花をしてるのだから男性から誘われなくて踊っていないのかと思われがちだが、実際は踊ろうと様々な貴公子から定期的に誘われていた。しかしそれを片っ端から蹴っている。
 16歳で社交界デビューしてから5年も経つのに特定の相手が居ないというのは貴族の間では後ろ指さされる存在になりかかっている状態を指し示すのが普通で、すでに変わり者だと噂になって3年が経ち、男には興味がないらしいと言われて丸2年、もしや女が好きなのではないかと邪推されて1年……。

 父には本当に心の底から申し訳なく思う。

 変な趣味の娘でごめんなさい。結婚相手も探さず、ずっと大好きなダンスを眺めているだけの不出来な娘でごめんなさい。でも。
 ゾフィアにとっては、この夜会は素敵な貴公子を眺めるためにあるのであって自分が参加する行事ではないのだ。

 優雅ではない自分がダンスに参加したって、あの綺麗に揃った素晴らしい足並みを乱すだけ。
 他の貴婦人よりも頭一つ分ほど背が高いゾフィアは、ダンスホール内では悪目立ちする。
 大抵の貴公子は自分と同じだけの身長しかないため踊る相手は選ばざるを得ないし、他の娘と同じ動きをすれば手足の長いゾフィアはどうしても大振りになってしまい半歩遅れたり、ぶつかったりしてしまう。なので他の小さい貴婦人方と同じ要領で男性にリードされると、誘ってくださった方も自分と一緒に恥をかく結果になりがちだった。

 ダンスを踊るのは好きだ。
 でも相手に恥をかかせるような事態になるのであれば、見ているだけでも良いと思う。
 それだって充分楽しいし嬉しい。
 こんなに麗しい貴族達が一か所に集まって何かをやる機会は他にないのだから。

 自分だけ踊れないのは、ちょっと寂しいと思うけれど…。
 ゾフィアにとってそれは些細なことだった。人より長身で手足もひょろ長くて胸も尻もなくて色気は皆無だけれど、それを悲観するほど子供ではない。

 大音量で鳴り響いていたオーケストラの音楽が鳴り止み、美しく舞い踊る貴族達の足が一斉に止まる。
 どうやらまた一曲が終わったらしい。
 次の曲が鳴り始めるまでホールで待つ者と汗を拭きにもどる者、喉をうるおしに立食テーブルへと足を運ぶ者と各自がバラバラに動きはじめるなかで、ゾフィアはそわそわとはやる胸を押さえ周囲を見回した。

 そろそろ来てもいい頃合いよね……
 夜会が始まってから優に1時間は経っている。日が暮れて夜風が剥き出しの肩に冷たく感じられるようになる頃になると、壁の花である彼女の楽しみは一つ増える。


 唐突に、喧噪が出入り口付近から上がった。ゾフィアはそちらへ弾かれたように顔を向けた。

 ――来た!



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