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第5章
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幾度なく通った王城はアメリアには慣れたもので、混乱する頭でも無意識に足が動いてくれた。
令嬢らしからぬ走り方に人に見られれば驚かれただろうが、今日はパーティーもあり周りに人気はなかった。
「はぁはぁはぁはぁ……」
当たり前だが貴族令嬢らしく運動らしい運動をしないアメリアの体力は限りなく低く、乱れた呼吸を整えながら時々息抜きに向かう裏庭に足を踏み入れた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
もう何もかもどうでもいい。
いつの間にか止まっていた涙は、しかし今日のためにと粧し込んでいた化粧を崩し今は酷い顔になっていることだろう。
本当に最悪だ。
なぜあと一歩というところでこんなことになるのか。
「婚約破棄されただけでも最悪なのに、こんな髪じゃますますはじき者じゃない」
腰辺りまで伸ばしていた髪は、今や右側が肩近くまで短く切られてしまっていた。
「せっかくセバスが褒めてくれたのにな」
髪色に自信はなかったが、テティが毎日これでもかとばかりに手入れしてくれたおかげでとても綺麗な肌触りだった。
まるで無駄な努力だったと言われたような気がし、悲しみにその場に蹲ると膝を抱えて座り込む。
椅子も使わず、まるで叱られた子どものようだったが、色々吹っ切れてしまい令嬢としての作法などもうどうでもよかった。
「こんな髪じゃもう……ダメ、よね」
基本的に女性は長髪とされており、何か事情でもない限り短く切り落とすことなど平民でもない。
その事情というのも罪人であるため切り落とされた証のようなものだった。
お洒落として付け毛などもあるようだが、あんな大勢の前でこの姿を見られた以上隠しようもない。
もう、終わった………もう、全部。
たかが髪、されど髪。
髪は女の命とは言ったものだが、今が正にそれだと思う。
「ははっ、もう修道院にでも入ろうかしら」
「――させません」
「……え」
全てを投げ出し修道女にでもなろうかと乾いた笑いを浮かべたアメリアの呟きに声を返され驚く。
そんなまさかと振り向けばーー
「……セバス」
「修道院など許しません。貴方様は私の伴侶です」
いつからいたのか、静かに佇む姿は普段の彼のようだったが、表情はかなり険しく怒っているのだろうと体が強張った。
漸く落ち着いたと思った心も再び激しく上下し、あまりの恐怖に泣きそうになる。
「ご、ごめんなさい。あ、あの、で、でも………」
情けないと思ったが声が震えてしまう。
なんと彼に伝えていいかも分からず、でもだってと子どもの言い訳のように繰り返すことしか出来ない。
「でも、なんですか?」
「っ」
一歩こちらへ踏み出された足が見え反射的に一歩後ろへ下がる。
「なぜ逃げるのですか?」
「……」
明らかに怒りを含んだ声にこれ以上ないほど足が震えた。
「どこへ逃げようと?私以外の男の元にでも?」
「っ」
混乱する頭は最早限界で、なぜこんなに怒られているかも分からず再び近付いた距離に振り返ると後ろへ走り出す。
もうやだ、やだやだやだっ!なんで?なんでなの?何がダメだったの?欲張り過ぎたから?だからこんなにーー
「今更逃げられるなどと思わないで下さい」
「やっ!」
涙を流し走り出したが数歩経たずして腕を掴まれ引き寄せられた。
離してくれと暴れるが、男女の差は歴然で軽く腕を抑えられ胸元に抱き込まれる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
自分でも何を謝っているのか分からなかったが、唯々許して欲しくて謝り続ける。
「ごめんなさいごめんなさいごめーー」
「愛しております。他の誰でもない、お嬢様のことだけを」
それはいつか聞いた言葉。
もう謝らなくていいと口元に手を置かれ囁かれた言葉は、以前にも聞いた何より嬉しかった言葉。
驚きに目を見開き顔を上げれば、ずっと頭を隠してくれていた上衣がズルリと頭から落ちていく。
「貴方の価値は髪の長さなどで変わりはしない。それぐらいで揺らぐような軽いものなど愛とは呼ばない。私の愛をそんな軽いものと同じにしないで下さい。私は何より貴方という存在が愛しいのです。………貴方だから、愛しているんです」
静かに流れ続ける涙は悲しみではなかった。
いや、変わったのだ。
彼の言葉に、その温もりに、怯え悲しみから流れていた涙は喜びに変わった。
いつだって彼は自分を幸せにしてくれる。
その微笑みが、その言葉が、その手が、その全てがアメリアを幸せにしてくれる。
「………私も、愛してる」
涙で酷い顔だろうに、そう告げる私にセバスは嬉しそうに笑うと額に口付けをくれるのだった。
令嬢らしからぬ走り方に人に見られれば驚かれただろうが、今日はパーティーもあり周りに人気はなかった。
「はぁはぁはぁはぁ……」
当たり前だが貴族令嬢らしく運動らしい運動をしないアメリアの体力は限りなく低く、乱れた呼吸を整えながら時々息抜きに向かう裏庭に足を踏み入れた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
もう何もかもどうでもいい。
いつの間にか止まっていた涙は、しかし今日のためにと粧し込んでいた化粧を崩し今は酷い顔になっていることだろう。
本当に最悪だ。
なぜあと一歩というところでこんなことになるのか。
「婚約破棄されただけでも最悪なのに、こんな髪じゃますますはじき者じゃない」
腰辺りまで伸ばしていた髪は、今や右側が肩近くまで短く切られてしまっていた。
「せっかくセバスが褒めてくれたのにな」
髪色に自信はなかったが、テティが毎日これでもかとばかりに手入れしてくれたおかげでとても綺麗な肌触りだった。
まるで無駄な努力だったと言われたような気がし、悲しみにその場に蹲ると膝を抱えて座り込む。
椅子も使わず、まるで叱られた子どものようだったが、色々吹っ切れてしまい令嬢としての作法などもうどうでもよかった。
「こんな髪じゃもう……ダメ、よね」
基本的に女性は長髪とされており、何か事情でもない限り短く切り落とすことなど平民でもない。
その事情というのも罪人であるため切り落とされた証のようなものだった。
お洒落として付け毛などもあるようだが、あんな大勢の前でこの姿を見られた以上隠しようもない。
もう、終わった………もう、全部。
たかが髪、されど髪。
髪は女の命とは言ったものだが、今が正にそれだと思う。
「ははっ、もう修道院にでも入ろうかしら」
「――させません」
「……え」
全てを投げ出し修道女にでもなろうかと乾いた笑いを浮かべたアメリアの呟きに声を返され驚く。
そんなまさかと振り向けばーー
「……セバス」
「修道院など許しません。貴方様は私の伴侶です」
いつからいたのか、静かに佇む姿は普段の彼のようだったが、表情はかなり険しく怒っているのだろうと体が強張った。
漸く落ち着いたと思った心も再び激しく上下し、あまりの恐怖に泣きそうになる。
「ご、ごめんなさい。あ、あの、で、でも………」
情けないと思ったが声が震えてしまう。
なんと彼に伝えていいかも分からず、でもだってと子どもの言い訳のように繰り返すことしか出来ない。
「でも、なんですか?」
「っ」
一歩こちらへ踏み出された足が見え反射的に一歩後ろへ下がる。
「なぜ逃げるのですか?」
「……」
明らかに怒りを含んだ声にこれ以上ないほど足が震えた。
「どこへ逃げようと?私以外の男の元にでも?」
「っ」
混乱する頭は最早限界で、なぜこんなに怒られているかも分からず再び近付いた距離に振り返ると後ろへ走り出す。
もうやだ、やだやだやだっ!なんで?なんでなの?何がダメだったの?欲張り過ぎたから?だからこんなにーー
「今更逃げられるなどと思わないで下さい」
「やっ!」
涙を流し走り出したが数歩経たずして腕を掴まれ引き寄せられた。
離してくれと暴れるが、男女の差は歴然で軽く腕を抑えられ胸元に抱き込まれる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
自分でも何を謝っているのか分からなかったが、唯々許して欲しくて謝り続ける。
「ごめんなさいごめんなさいごめーー」
「愛しております。他の誰でもない、お嬢様のことだけを」
それはいつか聞いた言葉。
もう謝らなくていいと口元に手を置かれ囁かれた言葉は、以前にも聞いた何より嬉しかった言葉。
驚きに目を見開き顔を上げれば、ずっと頭を隠してくれていた上衣がズルリと頭から落ちていく。
「貴方の価値は髪の長さなどで変わりはしない。それぐらいで揺らぐような軽いものなど愛とは呼ばない。私の愛をそんな軽いものと同じにしないで下さい。私は何より貴方という存在が愛しいのです。………貴方だから、愛しているんです」
静かに流れ続ける涙は悲しみではなかった。
いや、変わったのだ。
彼の言葉に、その温もりに、怯え悲しみから流れていた涙は喜びに変わった。
いつだって彼は自分を幸せにしてくれる。
その微笑みが、その言葉が、その手が、その全てがアメリアを幸せにしてくれる。
「………私も、愛してる」
涙で酷い顔だろうに、そう告げる私にセバスは嬉しそうに笑うと額に口付けをくれるのだった。
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