アオソラ診察室

No.26

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episode4 恋という病

05

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「――花畑くん、調子悪いの?」
 個人に何があっても、社会は続いていく。
 翌日、仕事がまるで進まないオレに、見かねた女上司がそう聞いてきた。
「……すみません」
 いい言い訳も思いつかなくて、それだけ言って黙り込むと、上司はため息をついて、オレの肩を叩いた。
「今日、もう帰っていいわ」
 だけど、その声色はいつもより柔らかくて、思わず顔を上げる。
「人、足りてるから」
「……ありがとう、ございます」
 頭を下げて、席を立つ。
 入口の近くにいた、よく昼休憩が一緒になる女の先輩二人は、不安そうにオレに声をかけてくれた。
「花畑くん、大丈夫?」
「飴ちゃんあげる。元気出してね」
 一人の先輩に、ミルクの飴を三個ももらった。
 周りが優しくて泣きそうになっていると同時に、心配をかけていることが申し訳なくなった。


 だけどすぐ帰る気にはなれなくて、病院の外のベンチに座って空を見上げていた。
 もう5月も中旬だ。澄み渡るような青空が広がっている。
 なんだか切なくなって、またじわりと涙が出てきた。
「あれ? 宙くん?」
 そうしていたら、誰かに急に声をかけられて、現実に引き戻される。
 前を見ると、この間会った蒼のお兄さんと、その隣に知らない女の人がいた。
「あ……翠さん」
 お兄さん、やっぱり蒼に似てるなあって思ったら、目にたまった涙がぽろりと落ちた。
 翠さんは驚いて、オレに駆け寄った。


「……それは、すごく蒼の地雷を踏んだと思う」
「うえ」
 昨日のことを翠さんに話すと、翠さんは真顔でそう返してきて、オレは更なるダメージを負った。
 今、三人でベンチに座っている。翠さんの隣にいるのは、翠さんのお嫁さんなのだと紹介された。
 翠さんは顎に手を当て、
「まあ、ボクも蒼のことを深く知ってるわけでもないから、予想だけど。蒼、昔から好きなものに対して執着するタイプだから。宙くんに対しては独占欲強そうだし、元カノの存在匂わされるのはすごく嫌だ思うんだよね」
「そうですか……」
「けどさ、その辺りの感性って人それぞれじゃん。例えば宙くんは、蒼が昔誰かと付き合ってても、気にしないでしょ?」
「まあ……」
 それを聞いて少し納得して、同時に『俺と合わない』って言われたことを思い出して、また胸が痛くなる。
「だから、蒼も余計に自己嫌悪してるんだと思う」
「……自己嫌悪?」
 だけど翠さんに予想外の言葉を返されて、顔を上げた。
 翠さんは頷き、
「うん。蒼って、相手に納得できない部分があっても、それを言わないで自分で消化しちゃうんだよね。だから周りも『優しい』って認識しちゃって、蒼ばっかり負担になるって悪循環。学生の時も、それでストレス貯めてたことが結構あったみたいで……」
 翠さんはそこまで言って、話過ぎたと思ったのか、気まずそうな顔をして話を切り替えた。
「蒼は、宙くんのことが嫌いっていうよりは、『昔の宙くんのことを許容できない自分』が嫌いなんだよ」
 その翠さんの言葉にハッとした。
 ……だから、『やっぱり無理』って言ったの?
 翠さんはため息をつき、ベンチの背もたれに寄りかかった。
「あいつ、頭良いくせにそういうところは馬鹿なんだよねー。嫌なら嫌ってはっきり言えばよくね? 勝手に抱え込んでさぁ」
「うん……そのことが理由なら、オレも蒼とちゃんと話したい。……けど」
「蒼が一方的に跳ね返してる感じ?」
 頷くと、翠さんはニッと笑って、自分のスマホを取り出した。
「貸しイチな?」
 そう言って、スマホで電話をかけ始めた。
「あっ、蒼。あのさ、今ボク、夢と病院来てるんだけど……」
 ……『ユメ』? あ、お嫁さんの名前かな。
 そう電話をかけ終わって、しばらくすると、蒼がこっちに来た。
「なんだよ兄貴、ちょうど今昼休憩だけ、ど……」
 蒼はオレの姿を見て、目を見開く。
 オレは立ち上がって、言った。
「蒼! やっぱり、ちゃんと話したい!」
「………………」
 蒼は目を逸らし、黙り込む。
 そして、
「……電話」
 無感情な声で呟いた。
「電話ならいい」
 それだけ言って蒼は、踵を返した。
 翠さんは、その蒼の後ろ姿を見て、はあっとため息をついた。
「あいつ、やっぱすごい馬鹿じゃね?」
「翠くん、蒼くんのところに行ってあげて」
 お嫁さんが、そこで初めて口を開いた。立ち上がって、翠さんの背中を押す。
 翠さんは頷き、蒼の方に駆けて行った。

 ……ベンチの前に、オレとお嫁さんと二人だけが残る。
 お嫁さんは翠さんたちの背中を見送って、そして優しくオレに微笑んだ。
「宙くん、って言われていたよね? 翠くんが戻ってくるまで、よかったら少しお話しよう」


 お嫁さんーー夢さんは、翠さんとは違って甘く清楚な雰囲気だった。
 ふんわりしたワンピースを着て、セミロングをゆるく巻いている。
 夢さんは微笑み、
「宙くんは、どうして前の彼女さんと別れたの?」
「……えっと……」
 開口一番、急に深い話を突っ込まれて、思わず口ごもった。
「その人は、ちゃんとした彼女じゃなくて……遊びっていうか……蒼と会うまでは、他にも何人かいて……」
「どうして遊んでいたの?」
 夢さんはそう、首を傾げる。
 ……どうして、遊んでいたのか。
「わたし、そこがなんとなく変だなあって思ったんだ。ただ宙くんが、色んな人と遊ぶことが好きなだけなら、蒼くんにこだわらなくてもいいはずだよね?」
 ピンポイントな指摘が胸に刺さって、息ができない。
「お……オレ、は……」
「……その理由、蒼くんに話したことはある?」
 首を横に振ると、夢さんは頷き、柔らかく微笑んだ。
「なら、話してあげなきゃ、ね?」


「今日は久しぶりに宙と夕飯だなあ」
「そうだね」
 その夕方。オレが作った夕飯を、お父さんは喜んで食べてくれていた。
 和やかな食卓。
 けれど、オレの心境は真逆だった。
「……オレ、友達と電話するからさ。お父さんが先に風呂入っていいよ」
「おう、わかった」
 夕食後、お父さんは何も疑わず、呑気に風呂場の方へ行く。
 それを見届けて、オレは自分の部屋に戻った。
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