契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

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星空の下の焚き火

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「怖いんだ。食べること」

 タカオはぽつりとそう言うと、器を持っている手に力をいれた。

「また、あんな風に毒で体が動かなくなるんじゃないかと思うと」

 タカオは未だに、ゴブリンの恐怖が忘れられないでいたのだ。それは自覚できるようなものではなく無意識のうちに感じていた恐怖だった。

 グリフは小さく息をつく。

「俺も昔、食べたことがある。事情があって。あの毒入りスープは……」

 そう言ってうつむいて、何かを思い出しているようだった。

「グリフもゴブリンに騙されたのか?」

 タカオは驚いてすぐに聞き返した。グリフがゴブリンに捕まるなんて意外だ。

「ああ、あのバカのせいだ。助けてもらったけどな。俺もしばらくは食べ物が喉を通らなかった」

 そう言ってグリフはスープを食べ始めた。タカオはグリフが言う「あのバカのせい」が誰なのか気になった。

 鍋から立ち上がる白い湯気が、ふわりと風の行方を教えてくれる。

「それからどうやって食べられるようになった?」

 タカオは必死だった。薬療法でもなんでも、また食べれるようになるのなら、何だってしたかった。

「ムリヤリ食べさせられた」

 グリフはその時の事を思い出したのか眉間にシワをよせて続けた。

「自分で食べないなら、俺もお前にそうするからな」

 最後の言葉は恐ろしすぎて、タカオは聞こえなかったことにした。

「それで、食べられるようになったのか?」

 そんなやり方では一時的にしか食べられないのではないかとタカオは思っていた。根本的な恐怖を克服しないことにはどうしようもない。グリフは考えこむと、思い出したように言った。

「そういえば、結局吐いた気がする」

ーーやっぱり。

 という言葉をタカオは飲み込むと、あとは焚き火の音だけになった。

「他に思い出せないか?どうやって食べれるようになったのか」

 グリフは考えながらスープを一口飲んだ。しばらく焚き火の音と、葉が揺れる音。今ではフクロウの声までも聞こえていた。

 この森にはどれほどの命があるのだろうかと、タカオはそんなことを考えていた。するとグリフが何か思い出したように声を出す。

「あ……いや、なんでもない」

 けれどそう言うと、そのまま黙ってしまった。タカオは炎を見つめながら静かに待つことにした。グリフは立ち上がりタカオに背を向けた。そして言いづらそうに呟いた。

「……俺のことを信じろ」

 タカオは口を開けたままグリフを見ていた。それはグリフが言いそうにない言葉だっただけに、タカオには大きな衝撃だった。グリフは早口で続ける。

「そう言われたんだ。助けてくれた人に」

 タカオからはグリフの表情は見えない。

「だから信じた。その時は」

 見えないけれど、きっと悲しい顔をしている。タカオはそう思った。グリフは咳払いをすると森の中に消えていった。

「変な奴がいないか、少し見回ってくる」

その言葉だけを残して。
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