契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

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狭間の濃霧

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 シアはその場から動こうともしなかった。

「ライルさんもレノさんも、心配してるよ」

 タカオはシアを説得しようとしたけれど、シアは祭りの音のする方を見つめていた。

「もしかして、お祭りに行きたい?」

 タカオの言葉に、シアは静かに頷いた。

「久しぶりなの」

 シアは遠い目で音楽を聞いていた。タカオは、シアの気持ちが分かっているつもりだった。自分だって、子供の頃の祭りは楽しみだった。かき氷や綿あめ、金魚すくいや、いつもはできない遊びがたくさんあった。欲を言えばきりがなくて、少ないおこづかいで心を踊らせていた。

「そうだよな、お祭りは行きたいよな」

 タカオは困ったように腕を組むと、祭りにシアを連れて行っていいか、ライルに頼んでみようかとそんな事を考えていた。タカオが全てを言わないうちに、シアは急に向きを変えて走り出す。

 丘の間の低い木を抜けて、あっというまに姿を消してしまった。

「シア!」

 タカオは急いでシアの後を追った。足音のする方へ、シアの名前を呼びながら。明かりの少ない村の中は、足元すらよく見えないうえに、落ち葉で足は滑る。

「シア!」

 再びシアの名前を呼んだ時、シアの姿をタカオは見つける事ができた。小さな湖にたたずんでいたのだ。タカオは胸を撫で下ろして、シアの隣に行く。

 低い木が両側から枝を伸ばし、タカオが歩みを進めるたびに枝の葉はそれぞれで小さく囁く。シアの立つ場所には、大きな木があり、たっぷりと葉のついた枝が、シアのすぐそばで重たそうに揺れていた。

「お兄ちゃん、ここで倒れてたんだよ」

 シアは後ろにいるタカオに振り返る。

「この間まではね、ここにはなんにもなかった。からっぽだったの。でも見て」

 そうしてまた湖に顔を向ける。真っ黒の湖面には、家々の灯りが映り、湖の向こうのお祭りの灯りも鮮やかに映し出していた。なめらかな湖面は鏡のように静かで美しい。

「綺麗だ。それにみんな楽しそうだね」

 湖の向こうから聞こえる笑い声にタカオはそう呟いた。

「うん。でも、みんな無理してる」

 シアは静かにそう言った。タカオはシアの隣に並ぶと、その場に座った。

「お兄ちゃんが精霊じゃないって分かっても、このお祭りが終わらない理由。わたし分かる気がするの」

「楽しいから、もう少し続けるのかなぁ」

タカオの呑気な声が湖に向かう。
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