古参ぶる欲求

ながめ

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白拭うは春雨

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 雨が桜の花を打ち落としていく。余りにも激しく、それはマシンガンの如く降り注いで、容赦なく、打ち落としていく。枝ですらなんとかしなって耐えている様相なのだから、花はひとたまりもなく地面に叩きつけられる。やがて地面で無惨な姿に変えられていく。綺麗な姿の面影などない。泥まみれの汚らしいピンク。なんと汚し易き、染められ易き存在。可哀想、可哀想、可哀想。でも私は何をするでもない。私だって突然のこの雨に足止めを喰らっているのだ。公園の端、公衆トイレの入り口で、濡れたスーツの重さが冷たさに変わりかけている。早く抜け出したい…早く抜け出したいが、出張できているこの土地勘のない町は、どこまで行っても迷路だ。電話もずぶ濡れで壊れてしまった。頼みの綱はタクシーだがこんな場所に来るだろうか?そもそもこの場所に来たのは人の声がしたからである。公衆トイレから出てきたところで教えてもらおうと思ったのだ。しかし、そこにいたのは高校生のカップルだ。一丁前に青春してやがった。えぇ、ちょうど良い二人になれるシチュエーションですか。えぇ、日本の未来も明るいもんですよ。好きに楽しんださい、全く。そりゃ、桜もその盛況なるときを儚んで散り散りになるわけだ。そう、あのように薄汚れていくのだ、全て全て全て。いや、薄汚れていく中にこそ、生きていく希望があるのではないか…いや、そんなわけあるか。第一、よくこんな臭い臭い公衆トイレで裸になろうと思うのだ。いや、若いのだ、まだ。もう見せる体もない、私とは違うのだ。なんか、だんだん寒くなってきたな。…あぁ、そう思うと、この寒さから解放されるために、服を脱いだのかもしれない。行為はそのついでかもしれない…んなわけあるかいな。と、自嘲を繰り返しながら、ふとベンチのところを見れば寝転がっている人間が見える。目を凝らして見ればサラリーマンらしき男が仰向けになっているではないか!よし、あの人に道を聞こう!と思ったが更によく見るとズボンを下ろしているのが見える。お!自慰行為をしている!この大雨の中で!桜の木の下で!散り散りになっている桜の花を全身に受けながら!サラリーマンが!自慰行為をしている!夢中の白昼夢?白昼夢の夢中?私にとっては受け入れ難い状況ではあったが、一つの閃きが生まれる。中までぐっしょり濡れた鞄を抱えながら私はサラリーマンの方へと近づいた。「…すみません、道を尋ねてもよろしいですか?」男は驚いたようにこっちを向いた。「もちろんタダで、とは言いません。よろしければ、お手伝いの方をさせていただければと思います」そう言って私はまず鞄をベンチの下に置き、そのあと水分を含めるだけ含んだジャケットを男の顔に乗せて視界を奪った。いや、水分を限界まで含んだそれはとても重く、とても通気性が悪い。男が何か話しているようだが、何一つとして聞こえない。いや、何か聞こえたとしても無視している。そのままお構いなしに男の鳩尾あたりに私は腰掛けた。これで、まともには動けないだろう。そして私は無防備そのものの男のイチモツを右手で掴んだ。それはびっくりするくらい丁度いい距離感にあった。この征服感…なんと素晴らしきことだろう!そう思いながら夢中になって右手を動かした。白昼夢で夢中。夢中で白昼夢。動かすたびに男が身体を振るわせるのが分かる。それは快感によるものかもしれないし、精神的敗北感からくるものなのかもしれないし、もしかすると窒息寸前の生命の最後の抵抗なのかもしれない。イイ夢みろよ。しかし、どれでもイイのだ。とにかく、ある生命を握っている、そんな優越感が私の中に満ち満ちている!夢中!夢中!夢中!夢中!やがて男は迸った。この雨天に届かないどころか、桜の木にすらかからない、粗末な一閃。なんと汚らしい。しかし、その汚らしさもあっという間にこの雨が洗い流してくれる。全部、全部、全部、綺麗さっぱり、洗い流してくれるといい…。ふと公衆トイレの方を見ると高校生のカップルがこちらの方を見ている。君たちにはまだ早いよ、こちら側に来るには。まだまだ楽しみたまえよ、その若さを。この世界は非常につまらないのだ。何一つ救われることなどない。何一つとして報われることなどない。ただ、落ちていくだけの世界だ…そう思うと、いま馬乗りになっている男の呼吸の荒々しさがなくなり、いつの間にか安定しているのにお尻で気づいた。これが生命力というものか。素晴らしい。さて、いつまでもこのままでいるわけにはいかないので、私はジャケットを剥いでやる。「…で、すみませんが、駅はどちらですか?」男は窒息から解放されたからか、でかい咳払いをした後に以下のように答える。「はい、ここを出て右に行ったところに交番があるので…そこで詳しいことを聞けばいい…」「なるほど、わかりました」そう言って私はベンチの下に置いた鞄を持ち直す。ここでようやく気づいたのだが、サラリーマンだと思っていた男は警官だった。こんな真っ昼間からナニをしているんだと思いつつ、私は交番へと急いだ。果たしてもしこの事で捕まるとしたら、私はどのような罪になるのだろうか?そんな事を思いながら、まだ止みそうもない雨の中、花びらを踏みしめながら帰路をゆく。
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