古参ぶる欲求

ながめ

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木目には血流

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 公立だろうと私設だろうと、基本的に博物館はある事象における一つの進化の歴史としてモノを配列し展示する。なのだけれど、たまにどこに当てはまるのかわからないものが存在し、そういうものは返って鑑賞者の理解を妨げるので倉庫の奥にしまわれる。そんなことしてるうちにその倉庫にも多くの収集物が集まって、遂には納まりきらなくなる。その段になってやっと専門家を呼んで、それらの “オーパーツ” を判別する作業に入る。
「…お待たせしました。
 この作品なのですが、あなたの祖父の作品だと思い調査していまして…ただ、どうも手の造形がおかしい。この時期の作品群の作風通り、一本の木から掘り出してあるので、そこを元に現存するものとは全て照らし合わせてみたのですが、こういうミスはあまりみられず…当館でも、今まで呼んだ専門家でもこの作品が贋作かどうかで意見が分かれておりましたので、お呼びさせていただいた次第でございます…」
 学芸員の方から話を聴きながらその一本彫りの木目を辿る。女性を象っている作品はだいたい現実にモチーフがいて、多少の幅はあれど見れば年代を一致させることができる。しかし、プライベートとして大々的に公表していないところも多いため、近親者、例えば孫のぼくでしか判別できない作品も少なくない。
「…ああ、ここですね。大丈夫です。これはこれであってますよ」
「…はい?」
「これ、祖父ではなくて父の作品なんです」
「…え?でもお父様は画家ですよね?」
「ええ…ただ彫刻もやっていたんですよ、少しだけ」
「へぇ…で、なんでお辞めになったんです?」
「うーん…少し話が長くなるんですけど、大丈夫です?」
「えぇ、まぁ…」
「では…
 まだぼくが生まれる前の話です。
 ぼくの父がある女性を見たとき、それはそれは舞い上がってしまったそうなんです。今までこんな昂りを感じたことないくらい。心臓はバクバクで呼吸もままならない…そしてその心象でもって絵画を描いてもみたのですが、どうにも気持ちが収まらなくて彫刻で現したらしいんです。
 彫刻家として、祖父は父が彫刻の作品を作るなんて珍しいと思っていたので何事かと少し探っていたらしいのですが、ある日やってきた女性を見て納得したらしいです。ここら辺は血族といったところでしょうか?
 そんな折、ひょんなことからその女性と祖父が共に帰ることとなったそうです。そしたら、その時に祖父は思わず零してしまったようなんですよ、自分の好意を。女性は女性でビックリ。まさか親子二人から好かれるなんて思いませんし…まだこの頃には付き合ってはなかったらしいのですが、父親の好意には気づいていたらしいので。
 結局、その女性と祖父がどのような関係性になったかはわかりません。ただそのことは知らないまま、父は女性と結婚することになりました。つまり、その女性というのは僕の母親にあたるわけです。
 そのあとは特に何も変わらないままで日々が過ぎるはずだった…のだけれど、ある日、どういうことだか祖父と女性の関係が露呈したようなのです。これを巡って祖父と父は険悪になった…そして焦点になったのはこのぼく。いったいぼくがどちらの子なのかってことで大騒ぎになったわけですよ…もちろん、内々にですけど。
 そして、結局のところ決定打は出てこなかった。ただ結果として僕は稼業として絵画を残すことも、彫刻を残すことも許されず、ただ二人の作品を眺めるだけの日々を続けることになりました…なぜならそこで遺伝がバレると家族が思ったから。全くどこからどこまでも自分勝手な人たちですよ…
「そうだったんですか…」
 学芸員さんは少しだけ戸惑っていた。まぁ、良い作家には良い性格や人生を求めたいものだし、仕方ないか。
「けれど、芸術家ってそういうものですから。あんまり夢見すぎるのは危険ということです」
「はぁ…」
「というわけで、こちらは父の作品で間違いないです」
 なぜ、自分が作品を作らない理由をここまで語るか。それは、この話をすると十中八九「あなたは何故作品を残さないのか?」と言われるから。そのあとに来る言葉は「残念です」。別に好きでそうしてるわけじゃないのに、勝手に失望されるの気分が悪い。だったら祖父と父の印象は悪くなるが事実は言っといたほうがいい。意趣返しであるし、そのくらいはやっても良いだろう。
「じゃあ、解決ということでよろしいですか?」
「はい」
 少し複雑な思いも感じなくはないが、事実は仕方ないと諦めた空元気な挨拶。
「では、一応すみませんね…」
 と言い、ぼくはその作品を写真に収める。
 そこには何か念が残るだろうか。
 祖父も父も、また女性も、結局のところ自分のやりたいように生きただけだ。ぼくはこの自分勝手な家族のなかで何を信じて生きてきたいのだろう。
 きっと、あなたたちから見ればどんなに綺麗な作品に見えたとしても、ぼくの目はもう曇りすぎていて同じようには見えないのだ。どんなに煌びやかな夜景も、濃霧が閉ざせば眩んでしまうように、ある種の情報はその作品の持つ美しさを見出せなくさせる。
 子どもながらに絵画も彫刻も禁止され、不自由を被らされてきたのであるが、そんななか写真は唯一、ぼくが見てきた時を保証してくれる。ぼくが今生きている証だと言ってもいい。それは同時に、彫刻も絵画も許されなかったぼくにとっては唯一の表現方法だ。
「おかえりなさい」
 そう言って女性は迎える。もう祖父も父もいない…そして作品は売り払ってしまって残っているのはぼくと彼らの作品の写真と彼女くらいだ。
「ただいま」
 そう言ってぼくは抱きしめる。何気ない日々と女性を撮りながら、血の抗えない摂理が確かな痕跡としてココに生きている。
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