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暁町その風土
しおりを挟む親が逆ギレして投げた塩瓶を思わずキャッチしてしまった。その瞬間の「あ…」というあっけに取られた顔を見て俺は玄関から町へ走り出た。
とはいえ行く宛はない。半島の東端、ここらではいち早く日の出するので “暁町” と呼ばれるこの町は漁業が盛んだがそれだけの町。仕方なく奥地にある我が家から海の見える港まで行こうと思うけれど、どこまで行っても真っ暗…あれ、街灯が消えてる…街に近づけば近づくほど暗さは確信へ変わる…停電?よりによって家出の日に?
…真っ暗な道は心の弱さを突いてくる…「早く帰って安心したいだろ?」…でも体はそのまま歩く…あー、でも腹も減ってきたなぁ…なんかないか…あ、無人の直売所…
「セロリかぁ…」
ないよりかはマシか。しかし、勢いで出たからお金ないし…たかが100円もない人生…待て。停電だったら監視カメラは動いてないか。ここは一つ、さもしい受験生を助けると思って見逃してもらおう。または好都合に完全犯罪。
ただ塩をかけてもセロリはセロリ。このために完全犯罪を謳っても虚しいだけだった。そもそもマヨネーズ派なんだよ俺は…。ダメだ。やはり、あの母親は話にならない。
そう思いながらとぼとぼ歩いているとぽろろーんとギターの音色。近づくと四十位の冴えないおっさんがこんな内容の歌を歌っていた。
「むかしえらい坊主が王様に処刑されそうになった。しかし王様は坊主を慕う民の暴動をおそれ、結局生きたまま坊主を船に括り付けて海へと流すという中途半端な処罰を下した。坊主は王様の不甲斐なさを嘆きつつ、自らは海の果ての天竺の言葉を復唱する」
どこで流行るんだこんな歌。しかしこの停電の夜にはこの歌がこの世の娯楽の全てだと錯覚してしまう。すると心が温かくなり、奇々怪々なその歌にも拍手を送っていた。気づいたおっさんが徐にこちらに気付き話しかけてくる。
「その手に握っているものは砂糖かね?」
「え、なぜ?」
「君のような子どもが持ってる白い粉は砂糖と相場が決まっておる」
子どもじゃねぇよ。そう思うと途端にウソを吐きたくなり「ご名答だ」と言っていた。
「くれないか」と図々しいおっさん。俺はしばし考えたあと、その代わりに懐中電灯を貸してもらうことにした。流石にこの暗い暗い夜道を独りとぼとぼ歩くのが怖くなってきていたのだ。
交渉成立、俺は晴れて夜道を闊歩する。やがて海が見えると沖合は真っ暗に漁り火のまだらさが綺麗…町の停電もあいまって、まるで海に町があって陸が沈んでいるかのようだ。そして天の星の光…海の人の漁り火…真っ暗な陸…なぜ俺は携帯を置いて行ってしまったのだろう…そして夢中で脳裏に焼き付ける…
いつまでも眺めていた。やがて漁り火は消えていく…漁が終わったのだろうか…残念…と思っていたがどうも様相がおかしい…だんだんと闇に飲まれているような…?
試しに船の方へ光を向けると巨大な海坊主が一つ目をギョロッと動かしこちらを見る。そうこうしているうちにも船はその巨体に飲まれていく…
しかしそれは極めて必然だった。引く波のごとく俺の感情は醒めていく。浜に海坊主が寄れば寄るほど…その一つ目に何を映すのか…人間をどうみるか…一つ目だから視野は狭いだろう…短絡的で脊髄反射の存在…まるでネットに蔓延るステロタイプのバカども…我が身の不幸を誇るあまり自らの悪事を正当化してしまえるアイツら…
居ても立ってもいられなくなり手に持つ電灯を海坊主の一つ目めがけて投げ込んだ!そうだ!これが本当の啓蒙というものだ!万歳近代化!
光はその目から飲み込まれ、内側から暴かれた光で海坊主の影は雲散霧消し、海に漁り火が戻った。しかし夜も明ける…あの美しい景色は戻って来ない。帰るのか、俺は。
借りた懐中電灯の言い訳をどうするか…まさか海坊主になげて失くしたなんて話すわけには行くまい…しかし良い方便もない…仕方ないが正直話そう…そう言って直売所まで来たのだけれど誰もいない…正確にいうとおっさんが持っていたギターと渡したはずの塩瓶だけが残っていた。しかも塩瓶はその蓋を開けて指を突っ込み一口舐めたあとそのまま落下したかのような形跡…塩を舐めて消えた?…もしや幽霊だったのか?…じゃ、あの海坊主は本当にむかしいた坊主?…じゃあ消えたのは俺のお陰ではなく、塩を舐めたおっさんの自業自得?…マジかぁ…せっかく一つくらい人生で自慢できることが増えたと思ったのに。
この町を出て行きたい。都会への憧れじゃない。ここが嫌いなのだ。だから勉強をしている。漁師になる人たちを横目に漠然と自分もいつかああなるのかと問いながら、自慢できること一つ自信に変えて行きたいのだ。
「でも、なくてもいいじゃないか」
停電の町に光が戻る。俺は近くの街灯に照らされてそれはそれはスポットライトのようだった。あー、これだわ。
その半年後、親の反対を半ば強引に押し切り、拾ったギターと共にこの町を出た。チューニングがずれてることを知ったのはさらに半年後のことだった。
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