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彩豊かな孤独
しおりを挟む冷めたコーヒーが好きだ。
正確に言うと、冷めても美味しいコーヒーが好きだ。しかし、そのようなことはあるのかと思う。そもそも、あらゆる料理は出された瞬間が一番美味しいのであって、冷めてしまえばその美味しさは本来の完成品からは遠のくものではないのか。となると、これは私の感覚の問題なのではないかと思う。つまり、熱いものでも冷めたものでも、結局のところ美味しいと感じてしまう、私の舌が不全なのではないかと。
「それに合わせて言えば、アイスコーヒーも氷が溶け切ってからの方が美味しいと言う場合もあるなぁ…寧ろ、溶け切った状態から逆算して、コーヒーの濃さを選んでいる自分さえいる」
へぇ、と退屈そうに目の前の友人は相槌を打つ。
「おそらく君はだ、味覚貧者なんだな」
「味覚貧者?」
「そうだ。結局、美味しいものが分からないわけだ。それが悪いわけではないが、ホンモノの良いものには辿り着けない」
思わずムスッとして訊ねる。
「…それの何が悪い?」
「悪いことはないさ。ただ…あれだ。一流にさなれないと言うだけだ。肉のランクとか、新鮮な魚とか、希少な果物の甘さとか、そう言うものに疎いと、ハイクラスな人間にはなれないのだよ」
「詰まるところ、一生下級市民でいる、と言うことか?」
「まぁ、そんなところだな」
そう言いながら、鯰を食う。
いや、鱧だったか。
たまに分からなくなるのだ。
自分でも驚くのだが、ある種の言葉を思い出す時、なぜか漢字から想起されることがある。とくに、鯰と鱧はその過程でごっちゃになりやすい。
「それしてもあれだな…鯰は意外と歯応えがある魚なんだな」
友の言葉で確認すれば、鯰であっていたらしい。
「あと、味も濃いいんだな、意外と」
「やっぱり、天然物は違うな」
「…天然と養殖の違いなんか分かるものなのか?」
「分かるさ、味覚貴族なら」
「ふーん…どっちも美味い以上の感想が生まれないからな…」
「まぁ、食べ比べれば分かるさ」
「ふーん…ただ、それで言うと肉でも野菜でも漏れなく全て養殖みたいなもんだろ?それなのに魚だけ天然か養殖か分かることなんてあるのか?」
「それはほら、泳いでる量が変わってくるからな」
「あー、ジムで筋肉ムキムキにしている人と、日々動物を追いかけている狩人では、同じ筋肉ムキムキな人でも筋肉の付き方が違う、みたいな話か」
「…たぶん間違ってないだろうけれど、何かは決定的に間違っているぞ?」
「そうかな…?」
そうかしら。
「兎にも角にもだ、君は味覚貧者で分からないことが多いと言う話だ」
そんな気がする。
目の前の鯰は美味かったが、それ以上は分からない。料理人であるならば、より繊細に分かるのだろうか。
にしても、思い返すと否定の言葉が多い会話である。よくもまぁ、そんな人と友人関係が続いているなぁと思う。
いやはや、本当に私は必要な人間なのだろうか。思い返せば、その日は4人での旅ではあったのだけれど、どうにもレンタカーのお金を安くするためだけに呼ばれたようなところも大きい気がしてきた。これ以上の話をした記憶がまるでない。
そんな時の孤独感…大人数でいる時のふとした時の孤独感。
先日、デモ行進を観に行った。
SNSでの賑わいがホンモノなのか、ふとこの目で確かめたくなったのだ。
色々な人がゾロゾロと集まって来て、やがて主義主張の描かれたプラカードをそれぞれが徐に持ち出し、行進を始める。中には太鼓を叩いてた人もいた気がするし、メガホンで煽動して、それに合わせて掛け声をこだまさせたりもしていた。
彼らは連帯感の中で安心を得ているのだだろうと思った。もしくは、一人じゃないことの確認か。その安心感が “正義” を実行していると言う、自惚れに繋がっていく。自らが正しいという思い込みは非常に強いもので、自己批判という行為を忘れさせる。やがて、一色でなければならないという強迫観念になるのだろう。
そのことへの嫌悪感の真ん中で、私は孤独に佇んでいる。
それは一色に染まることへの大いなる反抗である。
社会の成熟は詰まるところ、幾つもの色が存在し、混ざり切らず、それでいて共存が出来ているバランスの中にあるのではないか。その対立と、擦れちがう火花のなかにこそ、居続ける意味があるのではないだろうか。
私はその真ん中で、それらを観察をしている。凡ゆる小さな怒りの中にいながら、それでいて暴力行動まで走らないその均衡を、平和と呼んでいる。
かの友人に聞かれたことがある。
「なぜ、書き続けるのか」
私自身、ひたすら書きながら、果たして意味があるのだろうかと考えている。このような面白くないものが何になるのか。ただ、意味などないのだ。そうしなければならないから、そうしているのだ。
結局、言葉では別のことを話した気がする。ある種、否定されたらどうしようもないから、というところは大きい。
しかし、そうしなければならないのだ。
即ち、孤独だからだ。
誰かに話せれば、誰かと分かり合えたなら、おそらく書き尽くす必要などないのだ。
しかし、孤独だ。
だからこよ立ち尽くす真ん中で、言葉として残さなくてはならない。絶え間ない今に感じてる、あらゆるすれ違いゆく熱を、何かの一色でもって誰かが奪い去ろうとするならば、私は残さねばならないの。
そしていつか、その熱が冷めてしまっても、誰かにとって大切になる、美味い文章を書いていたいのだ。
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