麺啜るの起動

ながめ

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麺啜るの起動

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 …パスワードがわからない。
 いや、「読めない」が正しいか。手書きで残してあるのだが、「1」なのか、大文字の「I」なのか、小文字の「l」なのかわからない。これがセキュリティーなら完璧なのだが、ただの職員のミスなのであれば、ただ軽蔑に値する。壊されて当然である。
「うーん…」
 と悩んだ結果入れたパスワードは合っていたらしく、それは起動した。
 誰もいなくなったテーマパークを破壊するゾンビが解凍される。それは大きなゾンビ。私はいそいそと格納庫から出てトラックにエンジンをかけ、そこから離れる。窓の外を覗きながら、格納庫を確認しつつ、その解凍される体から湯気が立ちこめているのを思い出し、それが窓から出てくるのを眺めながら、トラックを走らせる。
 パークの敷地内に入り、それでいて格納庫の位置が確認できる範囲内でトラックを止める。やがて格納庫の屋根は張り詰め、バキバキバキバキッと音が聞こえたかと思えば、ゾンビは屋根を突き破り現れる。月明かりに立ちこめる湯気はなんとも粋だ。露天風呂を思い出す。いま、涼しさに慣れ行く秋の風も夏を思い出し嬉しそうだ。
 解凍されたゾンビがトラックを見つける。そしてその先に煌々と光る夜のテーマパークを見定め、やがてそちらへ歩き出す。ゆっくりと、ゆっくりと、歩き出してはその足でパーク内を踏み荒らしていく。やがてパークの中央へ辿り着くと徐に手掴みでメリーゴーランドを食べ始める。絢爛な屋根を持ち上げて外し、煎餅のようにバリバリと食べる。突き刺さっている馬や馬車をねぎまのように器用に食べる。バリバリと咀嚼音が夜のテーマパークに響く。誰もいない。歓声などない。市街地から離れた郊外の静かなテーマパークに咀嚼音が響く。
 かつてはどうだったか。
 きっと、幸せな声が、咀嚼音が、このパークに響いていたことだろう。みんな、辛い現実を忘れたくてここに来たはずだ。
 私だってそうだ。あんな現実に帰りたくない。なんならここで死んだっていい。いや、死なせて欲しい。そう願っていた。でも、それは同時に夢を壊す行為だということも知っている。自分の夢のために、他人の夢を壊すのは御法度である。だから、ただ現実逃避を繰り返す。
 やがて、自分と同じ行為に耽る人たちを見つける。ここでしか生きている実感を得られない人々。でも、生気を感じれない人。彼らをずっと追いかけていく。同志よ、どこへ向かう?
 彼らは「夢の壊し人」と名乗った。テーマパークを回っては集客を見て、その終わりを観測する者たち。高度経済成長期に多数作られたものの、少子高齢化社会において遺産となっている各地のテーマパークを壊している仕事。テーマパークの死を司る者たち。
 彼らはその持つ負の怨念でゾンビを生成していた。ここで死にたい、でも死ねない、その思いを成仏させるための生命体。
 私も喜んで参加した。なんて素敵な取り組みだろうか。私も力になれる。この卑下すべき感情が役に立つ。こんなに喜ばしいことはない。
 休みの日にテーマパークに行き、死ねない衝動を溜める。それをゾンビに与える。それは大きくなる。
 ある程度大きくなると、全国各地のテーマパークに出荷される。そして格納庫に入れられてひたすら時を待つ。大きくなった個体は勝手に負の感情を吸収して更に大きくなる。
 そしてテーマパークの廃業が決まる日、それは起動される。夢を無尽蔵に食べていく。観覧車もジェットコースターも入場ゲートもフードコートも。
 今回のゾンビはなかなかの食通であった。パーク内に張り巡らされた電線を引きちぎって束にして整えたかと思うと、ウォータースライダーで流してから器用に電信柱で作った箸で掬って食べている。ズズズ、ズズズ、ズズズと、とても良い音が響く。夏の終わりに感じるなんと風流な光景。私も帰りにカップ麺でもいいから焼きそばでも食べようか。
 そんなことを考えながらゾンビはあらかたのものを平らげた。あんなにも煌々としたパーク内はすっかり煌めきをひそめ、無様にもかつてアトラクションがあった後だけが穴ボコとしてそこら中に残るのみだ。
 私はトラックにエンジンをかける。煌々と電飾をつけたデコトラック。多くを食べたが食い足りないゾンビは私のトラックに釘付けである。
 トラックをゆっくりと走らせながらゾンビの気を引く。ゆっくりと、のっそりとこちらへ向かってくる。やがてその速さはトラックの走るスピードに追いつき、トラックに手を伸ばし始め、届くか届かないかという時に私はトラックから転がり降りる。見るからに重そうなトラックを寿司を食うようにつまみ上げては舌を出し、口から胃へと流し込む。トラックはゆっくりと闇夜へと消えていく。口から入った光の塊はパクッと消えるとずるずると食道を伝って胃の中に入っていくのが、その煌びやかな光によってわずかに透過して見える。
「飲み込んだな」
 そう嘯いて私はスイッチを押す。10秒後、トラックに詰んだ爆薬に火がついてゾンビが破裂する。
 それは花火。世界一美しい瞬間だ。美しさとともに切なさを持つ、寂しい熱。あのように死ねたらなんと幸せだろう。そう、ゾンビに重ね合わせながら、未だ死なない自分を恨んでる。
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