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しおりを挟む「おじさま! 石に躓いて転んじゃったの!」
「あぁそれは痛かったね。おじさまに見せてごらん。痛くなくなる魔法をかけてあげよう」
「おじさま……お父様とお母様がいじわるばかりしてくるの……」
「あぁそれはとっても悲しいね。おいでアリス。両親の代わりにはなれないだろうが、おじさまで寂しさを紛らわすといい。それにおじさまが魔法をかけてあげよう、寂しさが紛れる魔法を」
「ねぇおじさま……妹が産まれるんですって……もらい子の私はもう用無しで……だからお父様もお母様もこんなにいじわるしてくるんですって……」
「あぁそれは……お祝いごとであるが、アリスにとってはとても悲しいことだね。おいでアリス。おじさまがご本を読んであげよう。優しい子はいつか報われる、そんなお話だ。アリスにぴったりだと思わないかい?」
「……おじさま。産まれた妹がね、お父様とお母様そっくりの金髪と青い目だったの。……私みたいな銀髪で紫の目は……親子じゃないって……」
「あぁそれはとても悲しいね。でも私はアリスの髪も目も、とっても美しくて大好きだよ。辛くなったら私の元においで。たくさんアリスのことを褒めてあげよう。それにアリス、君に魔法をかけてあげよう。元気の出る魔法だ。君がまた笑顔になれるよう、元気になれるよう、そんな魔法をね」
「……おじさま。私、婚約者ができたの。……男爵なんだけれど……20歳も年上のぶよぶよのおじさんで……18歳になったら、すぐ結婚するんだ、ってお父様が……」
「あぁそれは辛いね。アリスは伯爵の娘なのにそれでは下降婚ではないか」
「おじさま……私、どうしたら……」
「……こればかりはどうすることもできないよ。でもアリス、これだけは覚えておいて。私は常に君の味方で、君がここに来ることをいつでも歓迎しているよ」
「……おじさま……私とうとう1週間後には結婚しちゃうの……花嫁衣装もすごく時代遅れで……」
「……アリス。男爵はどんな人なんだい?」
「とっても……とっても嫌な人よ。婚約してから、ずっと私をいやらしい目つきで見てくるの。それに、その……む、胸が大きくなったね、とか、……そういうのもいちいち言ってくる人で……」
「あぁ……それは本当に嫌になるね」
「おじさま、私、同じおじさんだったら、おじさまと結婚したかった……」
「……アリス。そんなこと言っちゃあいけないよ。悲しい話だが、男爵との結婚は家同士の取り決めなんだろう?」
「……でも……」
「アリス。辛くなったらいつでも私のところにおいで。前にも言ったが、私も、この屋敷も、いつだって君のことを歓迎しよう」
*
おじさまのお屋敷は、森の奥深く、木々に隠れるようにして静かに建っている。
屋敷までたどり着くのも大変で、馬車すら通れない狭い道を、歩いて行く必要があった。
小さい頃から何度も何度も通ったおじまさのお屋敷。みんな、『おじさまのお屋敷に行こうとするといっつも迷子になっちゃって!』なんて言うけれど、私は一度だって迷子になったことなんてなかった。
幼い頃の思い出をなぞりながら、木々に囲まれた狭い道をひたすら歩く。しばらく歩くと突然視界が開けた。――おじさまの屋敷に着いたのだ。
「――アリス! 急に一体どうしたんだい!」
突然の訪問にもかかわらず、おじさまは驚きつつ笑顔で私を迎えてくれた。
カラスみたいな真っ黒な長い髪。紫のリボンで緩く結えている。目は木々を思わせる緑の目。いつも真っ黒な長いコートを羽織る、上背のあるかっこいいひと――それが、私のおじさまだった。
「おじさまぁ……っ!」
昔となにも変わらないおじさま。そのお姿を見て、胸の内に溜めてきた怒りや悲しみが一気に噴き出るのがわかった。
「――それで? ゆっくりでいい、なにがあったか聞かせてごらん?」
いつぶりかに飲む温かな紅茶。美味しいクッキーにケーキ。みっともないと頭では理解しながらも、空腹の私にはとても我慢できるものではなかった。
一通り食べ終えて、そしておじさまはその間なにも口を挟まず、私が満足した頃合いに、優しくそう言葉をかけてくれた。
口の中をさっぱりさせるために紅茶を飲みながら――私は、ことの顛末を、ゆっくりと思い出していた。
――全てのきっかけは、男爵との初夜にあった。
私は正真正銘の処女だ。誓って男性との関係はない。それなのに――あろうことか、初夜で、破瓜の血が流れなかったのだ。
貴族は破瓜の血の有無を確認する。
それしか女が純潔であることを示せないから。
だから破瓜の血はなにより重要なのに、私は、その血が一滴たりとも流れなかったのだ。
これに私の夫はおおいに怒り狂った。
これは私も知らなかったのだが――半ば押し付けられるように婚約を結ばれ、まぁ見目はいいからと嫁に迎えたのに――あばずれだったと。こんなことなら結婚などしていなかった、と。そう、私に喚き散らした。
私から破瓜の血が流れなかったことはすぐにお父様にも連絡がいった。血を理由に、男爵が私と離縁すると言い出したから。
駆けつけた父は、言葉の限りの罵詈雑言を私に浴びせた。もう思い出しくもない言葉の数々。そして――こんなあばずれ、修道院にぶちこむか、金持ちの変態のじじいの元に嫁がせると言ってのけたのだ!
どうするかは自分たちが決める。お前はそれまで待っていろ、と。
男爵夫人用の部屋を追い出され、隙間風吹き荒ぶ納屋に押し込められた。食事もパンひとかけらだけになって、飲み水すらもらえなくなった。
雨水を桶にためて、それを飲みながらどうにか凌いで――そんな暮らしを1週間したところで――ついにお父様は決断を下した。
物好きの、女の子に残虐なことをするのが好みだという子爵がいる。大金をはたいてお前を望んでいるから、すぐにその子爵の元に行け、と。そう仰ったのだ。
――逃げなければ、と思った。
でもどこに逃げる? 生家はだめ。そもそもあそこは、妹が産まれてから、使用人すらも私を蔑ろにしていた。
どこに逃げる? そう考えて、真っ先に思いついたのがおじさまのお屋敷だった。
幸いなことに、男爵の屋敷からおじさまのお屋敷まではそう離れてはいなかった。夜通し歩けばたどり着く。そんな距離。だから私は――その日の夜。警備の目を盗んで、おじさまの屋敷へ逃げてきたというわけだった。
一連の話を聞いたおじさまの顔が、深い悲しみの色に染まっていくのがわかった。
眉根を寄せ、考え込むように口元を手で押さえている。私は、おじさまのそんな表情だけで報われる気がしていた。
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