最強魔術師の歪んだ初恋

黒瀬るい

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 あとは私がどうにかするよ、おじさまはそう仰り、私はおじさまの屋敷に匿われることになった。

 おじさまのお屋敷での暮らしは平和そのものだった。
 侍従たちも見知った顔ばかり。だからだろうか、みんな私のことを気遣ってくれた。
 おじさまだってそうだ。突然現れた私に嫌な顔ひとつせず、常に私の体調を慮ってくれた。

 穏やかな日々だった。
 ずっとこんな日々が続けばいいのに。そう、願うぐらいには。


 特にやることもなくて、体が元気になってからは庭のお手入れに精をだしていた。
 庭師なんて見たこともないのに、おじさまのお庭はいつだってとっても綺麗だった。知らないお花がたくさん咲いていて、昔からこの花たちを見るのが大好きだった。

 今日は枯れた薔薇の剪定だ。
 昔、聞いて、見た覚えがあったから。枯れた薔薇は剪定が必要なんだ、と。結構骨の折れる作業でねぇと苦笑していたおじさまの姿を。
 だからご飯のときにおじさまにこの仕事をしていいか聞いたら、おじさまは快く許可してくれた。だから私は夢中になって、ひたすらに枯れた薔薇の首を切り落としていた。

「――アリス。精を出すのも結構だが、もうお昼の時間だよ」

 どこからともなくおじさまの声がする。
 振り向けば、穏やかな笑みを湛えたおじさまが、そこに立っていらした。

「おじさま! いつからそこにいらしたんですか?」
「少し前から? もうちょっと早く声をかけようと思ったんだが、アリスがあまりにも夢中だったからね。しばらく様子を見ていたんだよ」
「まぁ、そんな……」
「でもそろそろ潮時だ。せっかくのお昼が冷めるとシェフも悲しむ。さぁアリス、おいで」
「あっ……ま、待っておじさま。切りかけの薔薇があるの。それだけ切らせ、て……、……っ……!?」

 少し注意が逸れたからだろう、うっかり薔薇の棘で指を切ってしまった。
 赤い血が流れる。重要なときには流れないのに、こういうときには流れるのか。忌まわしく思いながら眺めていると、おじさまが、突然、私の手首を掴んだではないか。

「おじさま……っ……!? おじさま! おじさま! なにしていらっしゃるんですか!」

 私の手首を掴んで――おじさまは、私の傷口を、私の指ごと口に咥えてしまった。

 ちゅうちゅうと血を吸われる感覚。
 そのあとに、口の中で、舌でべっとり舐められる感触も。
 体がかぁっと熱くなる。同じようなこと、男爵にもされたのに、あのときは全然体は熱くならなかった。

「お、おじさま、やめて……っ」

 手を引こうとするのに、おじさまの力が強くてそれも叶わない。
 傷口を舌が這う。そういえば小さい時も、おじさまはこうして私の傷口を舐めていた。曰く、母からの教えで、傷口は舐めたほうが早いのだと。そういえばそうだった、でも、でも――、

「……傷口は舐めたほうが早いからね」

 私が子供のときと同じまま、おじさまが低い声で呟いた。
 私の傷口はおじさまの唾液で妖しく光っている。その光景に、ぞっとするような興奮を覚えた。
 胸が異様に高鳴っている。これはただの治療だ。それなのに、なおも私の傷口を、舌で舐めるおじさまから、目が離せなかった。

「……さぁこれでいいだろう。大丈夫かい? もう痛くはない?」
「あ、……は、はい。大丈夫です。おじさま、ありがとうございます……」
「礼には及ばないよ。昔もこうして治療していただろう?」

 目尻を下げて笑ったおじさまは、私の背後にある薔薇に手を伸ばした。

「それにしてもいけない薔薇だ。棘付きのものは全て処分してしまおうか」
「と、とんでもありません……! これは私の不注意で……!」
「そうは言ってもねぇ……」

 と、そのときだった。
 薔薇の棘が、今度はおじさまの指に傷を作ったのだ。

「おじさま……!」

 驚いて思わず手を取る。
 おじさまの無骨な指から血が滲む。
 どうしよう。なにも拭くものを持っていない。仕方がない、ドレスの裾で拭こうか、

「――治療の仕方を君は知っているはずだろう?」

 はっと顔を上げると、緑の目が、じっと私を見下ろしていた。
 その目に囚われる。おじさまと目を合わせることなんて、もう数え切れないぐらいあるのに。おじさまから目を離せない。逸らせない。同時に、胸の鼓動が、ひどくなっていく。

「アリス。私は先ほど、君の傷口にどんな治療をした?」

 答えられない。
 だって――だって、おじさまにそう言われた時にはもう、なにかに導かれるようにおじさまの指を口に咥えていたから。
 おじさまにしてもらったみたいに、傷口から血を吸って、ゆっくりと舌で舐める。おじさまの傷が少しでも良くなりますように、痛くありませんように、そう、願っているはずなのに――、

「アリス。顔が赤いよ? 熱でもあるんじゃないのか?」

 おじさまの空いた手が、そっと私の額を撫でた。
 それで――私の体。子を成すそこが、きゅうんと切なく疼いた。それと同時に、月のものが始まる、血の流れ出るあの嫌な感じも伝わる。

「あっ……」

 月のものはまだのはずなのに。どうして、と疑問に思っていると、舐めていたおじさまの手がゆっくりと離れていく。
 おじさまの手と、私の唇を繋ぐ唾液が、陽の光に反射して淫らに光って見えた。

「ありがとう。もう十分だよ。それにしてもアリス――額は熱くないが、熱があるように思う。顔が真っ赤だ。昼食は部屋に持ってこさせるから、部屋で休んでいるといい」
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