最強魔術師の歪んだ初恋

文字の大きさ
2 / 5

2

しおりを挟む

 あとは私がどうにかするよ、おじさまはそう仰り、私はおじさまの屋敷に匿われることになった。

 おじさまのお屋敷での暮らしは平和そのものだった。
 侍従たちも見知った顔ばかり。だからだろうか、みんな私のことを気遣ってくれた。
 おじさまだってそうだ。突然現れた私に嫌な顔ひとつせず、常に私の体調を慮ってくれた。

 穏やかな日々だった。
 ずっとこんな日々が続けばいいのに。そう、願うぐらいには。


 特にやることもなくて、体が元気になってからは庭のお手入れに精をだしていた。
 庭師なんて見たこともないのに、おじさまのお庭はいつだってとっても綺麗だった。知らないお花がたくさん咲いていて、昔からこの花たちを見るのが大好きだった。

 今日は枯れた薔薇の剪定だ。
 昔、聞いて、見た覚えがあったから。枯れた薔薇は剪定が必要なんだ、と。結構骨の折れる作業でねぇと苦笑していたおじさまの姿を。
 だからご飯のときにおじさまにこの仕事をしていいか聞いたら、おじさまは快く許可してくれた。だから私は夢中になって、ひたすらに枯れた薔薇の首を切り落としていた。

「――アリス。精を出すのも結構だが、もうお昼の時間だよ」

 どこからともなくおじさまの声がする。
 振り向けば、穏やかな笑みを湛えたおじさまが、そこに立っていらした。

「おじさま! いつからそこにいらしたんですか?」
「少し前から? もうちょっと早く声をかけようと思ったんだが、アリスがあまりにも夢中だったからね。しばらく様子を見ていたんだよ」
「まぁ、そんな……」
「でもそろそろ潮時だ。せっかくのお昼が冷めるとシェフも悲しむ。さぁアリス、おいで」
「あっ……ま、待っておじさま。切りかけの薔薇があるの。それだけ切らせ、て……、……っ……!?」

 少し注意が逸れたからだろう、うっかり薔薇の棘で指を切ってしまった。
 赤い血が流れる。重要なときには流れないのに、こういうときには流れるのか。忌まわしく思いながら眺めていると、おじさまが、突然、私の手首を掴んだではないか。

「おじさま……っ……!? おじさま! おじさま! なにしていらっしゃるんですか!」

 私の手首を掴んで――おじさまは、私の傷口を、私の指ごと口に咥えてしまった。

 ちゅうちゅうと血を吸われる感覚。
 そのあとに、口の中で、舌でべっとり舐められる感触も。
 体がかぁっと熱くなる。同じようなこと、男爵にもされたのに、あのときは全然体は熱くならなかった。

「お、おじさま、やめて……っ」

 手を引こうとするのに、おじさまの力が強くてそれも叶わない。
 傷口を舌が這う。そういえば小さい時も、おじさまはこうして私の傷口を舐めていた。曰く、母からの教えで、傷口は舐めたほうが早いのだと。そういえばそうだった、でも、でも――、

「……傷口は舐めたほうが早いからね」

 私が子供のときと同じまま、おじさまが低い声で呟いた。
 私の傷口はおじさまの唾液で妖しく光っている。その光景に、ぞっとするような興奮を覚えた。
 胸が異様に高鳴っている。これはただの治療だ。それなのに、なおも私の傷口を、舌で舐めるおじさまから、目が離せなかった。

「……さぁこれでいいだろう。大丈夫かい? もう痛くはない?」
「あ、……は、はい。大丈夫です。おじさま、ありがとうございます……」
「礼には及ばないよ。昔もこうして治療していただろう?」

 目尻を下げて笑ったおじさまは、私の背後にある薔薇に手を伸ばした。

「それにしてもいけない薔薇だ。棘付きのものは全て処分してしまおうか」
「と、とんでもありません……! これは私の不注意で……!」
「そうは言ってもねぇ……」

 と、そのときだった。
 薔薇の棘が、今度はおじさまの指に傷を作ったのだ。

「おじさま……!」

 驚いて思わず手を取る。
 おじさまの無骨な指から血が滲む。
 どうしよう。なにも拭くものを持っていない。仕方がない、ドレスの裾で拭こうか、

「――治療の仕方を君は知っているはずだろう?」

 はっと顔を上げると、緑の目が、じっと私を見下ろしていた。
 その目に囚われる。おじさまと目を合わせることなんて、もう数え切れないぐらいあるのに。おじさまから目を離せない。逸らせない。同時に、胸の鼓動が、ひどくなっていく。

「アリス。私は先ほど、君の傷口にどんな治療をした?」

 答えられない。
 だって――だって、おじさまにそう言われた時にはもう、なにかに導かれるようにおじさまの指を口に咥えていたから。
 おじさまにしてもらったみたいに、傷口から血を吸って、ゆっくりと舌で舐める。おじさまの傷が少しでも良くなりますように、痛くありませんように、そう、願っているはずなのに――、

「アリス。顔が赤いよ? 熱でもあるんじゃないのか?」

 おじさまの空いた手が、そっと私の額を撫でた。
 それで――私の体。子を成すそこが、きゅうんと切なく疼いた。それと同時に、月のものが始まる、血の流れ出るあの嫌な感じも伝わる。

「あっ……」

 月のものはまだのはずなのに。どうして、と疑問に思っていると、舐めていたおじさまの手がゆっくりと離れていく。
 おじさまの手と、私の唇を繋ぐ唾液が、陽の光に反射して淫らに光って見えた。

「ありがとう。もう十分だよ。それにしてもアリス――額は熱くないが、熱があるように思う。顔が真っ赤だ。昼食は部屋に持ってこさせるから、部屋で休んでいるといい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

【完結】私は駄目な姉なので、可愛い妹に全てあげることにします

リオール
恋愛
私には妹が一人いる。 みんなに可愛いとチヤホヤされる妹が。 それに対して私は顔も性格も地味。暗いと陰で笑われている駄目な姉だ。 妹はそんな私の物を、あれもこれもと欲しがってくる。 いいよ、私の物でいいのならあげる、全部あげる。 ──ついでにアレもあげるわね。 ===== ※ギャグはありません ※全6話

なぜ、虐げてはいけないのですか?

碧井 汐桜香
恋愛
男爵令嬢を虐げた罪で、婚約者である第一王子に投獄された公爵令嬢。 処刑前日の彼女の獄中記。 そして、それぞれ関係者目線のお話

恋の終わりに

オオトリ
恋愛
「我々の婚約は、破棄された」 私達が生まれる前から決まっていた婚約者である、王太子殿下から告げられた言葉。 その時、私は 私に、できたことはーーー ※小説家になろうさんでも投稿。 ※一時間ごとに公開し、全3話で完結です。 タイトル及び、タグにご注意!不安のある方はお気をつけてください。

鈍感令嬢は分からない

yukiya
恋愛
 彼が好きな人と結婚したいようだから、私から別れを切り出したのに…どうしてこうなったんだっけ?

たのしい わたしの おそうしき

syarin
恋愛
ふわふわのシフォンと綺羅綺羅のビジュー。 彩りあざやかな花をたくさん。 髪は人生で一番のふわふわにして、綺羅綺羅の小さな髪飾りを沢山付けるの。 きっと、仄昏い水底で、月光浴びて天の川の様に見えるのだわ。 辛い日々が報われたと思った私は、挙式の直後に幸せの絶頂から地獄へと叩き落とされる。 けれど、こんな幸せを知ってしまってから元の辛い日々には戻れない。 だから、私は幸せの内に死ぬことを選んだ。 沢山の花と光る硝子珠を周囲に散らし、自由を満喫して幸せなお葬式を自ら執り行いながら……。 ーーーーーーーーーーーー 物語が始まらなかった物語。 ざまぁもハッピーエンドも無いです。 唐突に書きたくなって(*ノ▽ノ*) こーゆー話が山程あって、その内の幾つかに奇跡が起きて転生令嬢とか、主人公が逞しく乗り越えたり、とかするんだなぁ……と思うような話です(  ̄ー ̄) 19日13時に最終話です。 ホトラン48位((((;゜Д゜)))ありがとうございます*。・+(人*´∀`)+・。*

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

私だけが赤の他人

有沢真尋
恋愛
 私は母の不倫により、愛人との間に生まれた不義の子だ。  この家で、私だけが赤の他人。そんな私に、家族は優しくしてくれるけれど……。 (他サイトにも公開しています)

処理中です...