世界で一番幸せな呪い

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2章:贋作は真作足りえるか

可能性

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アリスが風呂から戻ってくるのを待ちながら、クロウは愛刀の手入れをしていた。蒼龍退治から刀を酷使していたことも勿論理由の一つではあったが、それと同時に自身を落ち着かせるためでもあった。以前からクロウは心を落ち着かせたいとき、刀の手入れをする癖があった。唯一の手掛かりがなくなった現状、クロウがそんな行動に出るのも無理からぬことであった。刀身に油を塗り終り、一息ついた数刻後、ほんのり顔を上気させたアリスが帰ってきた。

「うわっ、なんだ油くさい!」

部屋に入って早々、アリスは顔をゆがめた。

「刀の手入れをしてたんだよ。最近、全然する時間がなかったからな」

「だからって、晩御飯の前にするかい、普通?」

まごうことなき正論を返された。

「・・・飯食べる前にちゃんと手ぇ洗うから大丈夫だろ」

とりあえずの反論をしてみたクロウであったが、アリスは哀れみの目線を向けてくるだけであった。

「んで、明日以降どうするアリス?この館にアンネさんの娘がいないとなると本格的にまずいだろ。俺達には時間がないのに、手掛かりは何一つないんだ」

ふざけたやり取りから一転、真剣な顔つきでクロウはアリスを見た。

「・・・あぁ、分かっているとも。だからこうやって相談に来たんだ。今まで聞いた話からおおよそ考えられる可能性は3つだ。1つ目はティアがこの屋敷にたどり着く前に、魔物などに襲われ命を落としているというもの。2つ目は何らかの理由でさらわれてしまったというもの。3つ目はこの屋敷の住人たちがウソをついているというもの。私が考え付く可能性としてはこの3つだが、君何か意見はあるかい?」

「2つ目のさらわれたっていう可能性のことだけど、小さい農村の子供なんて誘拐して何かメリットがあるのか?あと、3つ目の可能性でこの屋敷の人たちがウソをついているって言ったけど、なぜそんな嘘を吐く必要があるんだ?仮にティアがアンネさんに会うために一時的にこの屋敷を離れるとしても、ずっと屋敷に帰ってこられなくなるわけでもないだろ。それなら———」

1番目の可能性が最も高いのでは、と言いかけてクロウは口をつぐんだ。確かに、小さい子供がこの森へ入って一番あり得るのが、魔物と遭遇して襲われることだ。だが、クロウはそんな可能性を考えたくもなかった。

「1つ目の質問の回答だが、はっきり言ってメリットは私にもわからない。ただ、ここ数年、帝国首都から離れた地での誘拐事件が多発しているのは確かだ。この地も、帝国首都であるカーティオから少し離れているし、ありえない話ではない。んで、2つ目の質問への回答だが、こちらも正直情報がなさ過ぎて、彼女たちがウソを言う理由は分からない。ただ、あのスキアという娘にどうしてもアンネの面影が残っているような気がしてならないんだ」

「誘拐の件は納得したよ。ただ、2つ目は何というかアリスらしくないな。なんつーか、論理的じゃないな。俺は嫌いじゃないけど」

クロウがそう言うと、アリスは何とも言えない表情をした。その表情の大部分は苦虫を潰したような顔だったが、ほんの少しだけほくほくとした表情が含まれているようにも見えた。

「君みたいな非論理的な人間にそんなことを言われるとはね———。まぁいいさ、私だって自覚はしてるさ。それに、ほんの少しだけ希望的観測であることは否定しないよ。私はどちらかで言えば、この屋敷の住人がウソをついていてほしいと思っているよ。だって、もしティアが誘拐されていたとしたら、今から彼女を見つけるのはかなり難しいだろうからね」

ただ、とアリスは続けていった。

「さっき君は多分、1番あり得るのは彼女が森で死んでいることだと言おうとしたね。なんでわかったのかって顔をしているね。君はもう少し考えや感情を顔に出すのは控えたほうがいいと思うよ・・・。おほん、話を戻すよ。君は、いや私たちはその可能性に関して何も考える必要はないよ」

「なんでだよ?考えたくはねーが、正直一番あり得そうな気がするんだが」

そんなクロウの質問に、アリスは無駄だからだよ、と言った。

「私たちがアンネに約束したのは、ティアを彼女に会わせるということだ。決して、死んだ彼女の遺骸を連れ帰ることじゃあない」

そう言うアリスの揺るぎない翠色の瞳を見ていると、クロウは自身の中から先ほどまであった不安が消えていくのを感じた。そして、クロウは笑って

「あぁ、そうだよな。そうなんだよな」

と噛み締めるように言った。

「なんだね、まだ何か言いたそうな顔をしているな?」

「ん?アリスと話してると、すげー元気出るなぁと思ってな」

クロウは何気なく返答しただけだったが、アリスは“んあぁ!?”と素っ頓狂な声を上げ、ぷいっと明後日の方を向いてしまった。何か怒らせただろうかと、クロウが聞こうとする直前に、ドアがノックされた。

「夕餉の準備が整いましたので、食堂へご案内いたします」

「ほらっ、食事の準備ができたらしいよ。早く行こう、すぐ行こう」

アリスはクロウの方を頑なに見ることなく、そそくさと部屋を出て行ってしまった。クロウも急いで廊下へ出ると、

「アリス様、お顔が赤いようですが大丈夫ですか?体調が優れないようでしたらお食事をお部屋までお運びいたしますが、いかがなさいますか?」

スキアがアリスの顔を見て、そう言った。

「何でもない!体調もすこぶる良好だよ!」

アリスの澄んだ声が、薄暗い廊下へと響いた。そして、アリスはその薄暗い廊下をずんずんと進んでいった。クロウも彼女の後を追ったが、その足取りは先ほどまでとは比べ物にならないほど軽いものだった。
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