世界で一番幸せな呪い

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2章:贋作は真作足りえるか

風呂

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クロウ達が案内された食堂は、応接間と同様に豪奢なものであった。そして、この人数で食事をするには広すぎるテーブルが、バティスト家のかつての繁栄ぶりを現わしているようにクロウは感じた。しかし、その哀愁に満ちた感情は、机の上に並ぶものを見て吹き飛んだ。

「おぉ、これはうまそうだ!」

クロウは机の上に並ぶ料理に、思わず感嘆の声を漏らした。先に椅子に座っていたトゥーリはそんな彼の様子を見てふふっと笑った。

「まったく君は・・・、少しは落ち着いた反応ができないのかい?」

とアリスはクロウの不作法さを嗜めたが、トゥーリは気分を害した様子もなく

「いえ、かまいませんよ。食事は最低限のマナーさえ守って楽しく食べることが一番大切だと私は思っていますから。さぁ、食べましょう食べましょう!」

そう言って、食事を始めた。料理はどれも絶品であり、クロウとアリスはしばし会話も忘れて味を楽しんだ。

「どの料理も素晴らしくおいしいですね。でも、これだけの料理を作るとなると、すごい手間がかかるんじゃないですか?」

クロウのその問いに、トゥーリはうれしそうに笑って

「この料理はスキアが手間暇かけて作ってくれているんですよ。なぜだか料理を作っているときだけは、魔法が不意に発動したりしないこともあって、うちの屋敷の料理長なんですのよ。まぁ、うちで料理をまともに作れるのはスキアだけなんですけどね」

手を口に当て、上品に笑いながらトゥーリはそう言った。その後も、軽い談笑を交えながらも、皿の上の料理はどんどん減っていった。その食事の間に何度か、アリスはトゥーリに質問をした。その質問はどれもトゥーリにかまをかけるものであったが、彼女は余裕の表情ですべての質問に答えており、どうやらアリスのたくらみは不発に終わったようだった。

そうこうしているうちに、食事の時間は終わりを迎えた。トゥーリはクロウ達に就寝のあいさつをして、部屋へと戻っていった。しかし、その途中で一度立ち止まって、クロウの方を振り返り笑顔で言った。

「もし、湯船を使いたいようでしたら、2時間後以降なら自由に使って構いませんよ」

そして、再び自室へと向かって歩いて行った。クロウはそんなに自分が臭かったのかと、思わず服のにおいを嗅いだ。そして、またアリスに小言を言われるぞと思い、アリスの方を見た。しかし、当の本人はクロウのやり取りを全く見ておらず、鼻筋を指でこすりながら物思いにふけっていた。

そして、食堂を出て会話もないまま、クロウ達は自室の前まで歩いた。また、明日の相談でもするものだとクロウは思っていたが、アリスは

「また明日、お休み」

とだけ言って部屋へと入って行ってしまった。クロウも仕方なく、お休みとだけ返し自室へと戻った。そして、習慣となっている筋トレを2時間ほど行った後、風呂へと向かった。

さすがに、これだけ大きい屋敷なだけあって、風呂場も壮観であった。洗い場もこれほどは要らないだろうというほどの数があり、中央に鎮座する浴槽もこれまでクロウが入ったどれよりも大きかった。

 あまり風呂に興味がないクロウもこれにはテンションが上がり、鼻歌を歌いながら体を洗うと湯船に飛び込み、ぐで~っと体を伸ばしくつろいだ。そして、何気なく前を見ると、湯気に隠れているが前方に誰かがいることに気が付いた。目を凝らしてよく見るとそれは、この屋敷の執事であるネブラであった。

 先ほどの鼻歌などの行為をつぶさに見られていたことにクロウは赤面しながらも、とりあえず湯船を歩き、彼に近くへと寄った。

「こんばんは、うるさくしてしまってすみません」

「いえ、お気になさらず」

クロウの謝罪に対し、ネブラは少しそっけない態度でそう返した。ネブラのそんな態度にクロウは少したじろぎながら、彼の体を見て少し驚いた。彼の体は、人間に比べて身体の力の劣る魔族では珍しく、締まった体をしていた。筋骨隆々とまではいかないが、ここまで鍛え上げるに相当な鍛錬を積んだのだろうとクロウは一人感心した。

しかし、その後二人の間に会話はなく、気まずい沈黙が二人を包んだ。クロウが何か話題はないかと考えを巡らせ、筋トレの話でもするか?と思ったところで、唐突にネブラは口を開いた。

「クロウ殿は、我々・・・・いや、お嬢様を疑っておいでなのですか?」
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