63 / 111
63.施設脱走
しおりを挟む
○月〇日。
「あ。危ない。」倉持の声に、スマホを弄っていた俺は、その方向を見た。
高齢者の男が「自動灯油販売機」の前で自転車ごと、こけている。
ここは、無人のスタンドやない。すぐに待機所から社員が駆けつけた。
救急車は倉持に任せて、俺は、社員と共に高齢者を助け起こした。
どうやら、ポリタンクに灯油を入れて、自転車の荷台に積んで家に帰ろうとして、押して帰ればいいものを乗って帰ろうとして、こけたのだ。
自転車ロープは丈夫なものでないらしく、切れていた。
全部ではないが、ポリタンクの栓が緩かったらしく、灯油がタンクから、こぼれている。
「救急車来たら、付き添って行くわ。出血はしてないけど、骨折してるかもなあ。あ、灯油・・・。」
「あ。こちらで拭き取って、タンクは保管しておきます。確か南部興信所の・・。」
「ああ。幸田です。」と。俺は名刺を社員に渡した。
救急車がやって来た。
俺は、倉持に所長に連絡しておくように指示した。
高齢者は、うんうん唸っているが、上手く話せない。
俺は、救急隊員に事情を話して、救急車に同乗した。
「脚が自転車に挟まれていました。骨折したかも知れません。」と、俺は救急隊員に話した。
病院に着いたが、持ち物に住所の宛もない。お名前カードも持っていなかった。
連絡先を尋ねたが、要領を得ない。しかし、幸か不幸か、この病院に来たことがあると言う。名前はちゃんと言えたので、看護師に伝えてカルテを調べて貰った。
4年前に通院した記録があった。
事務員は、そのカルテに書いてある電話番号にかけたが、「現在使われておりません」というメッセージだけだった。
さあ、困った。
それから、おじいちゃんの、いや、折田忠三さんの身内捜しが始まった。
入院費は、南部興信所が肩代わりし、所長が保証人になった。
俺と倉持は、同僚の横ヤン、花ヤンに協力を申し出、病院、介護施設にポスターを貼った。
ポスターと言っても貼り紙だ。病院の古いカルテデータからの。
お名前カード所持なら、話は簡単だが、まだ作らない人もいる。
念の為、佐々ヤンには運転免許証データや前科者データにないか確認して貰ったが、外れだった。
口コミと言えば、辻先輩だ。
「お前、熱心やなあ。」「行きがかりでね。どことなくオヤジに似ている感じがあって。」
「ええよ。貼り紙は待合に貼っとく。馴染みの治療客には声をかけとく。自慢の後輩の頼みやからな。」
「恩に着ます。」「おんなと寝ます?」
悪い冗談は聞き流して、クルマに戻ると、倉持が明るく言った。
「先輩。分かりましたよ。流石、先輩のカンはいつも鋭いなあ。足立区の『とおらやんせ』って介護施設に入所している高齢者が行方不明になって、騒いでいたそうです。」
「佐々ヤンの話では、捜索願は出してなかったみたいやが。」
「家族が出そうとしたみたいですが、施設が反対したそうです。介護士の1人が貼り紙見て、こっそり警察に届けたみたいです。やっぱり、体面考えるんですかねえ。保証人の大体の住所が判って、生活保護課が家族に連絡取って、判ったそうです。今年になってから、家族が施設を適当に探して入所させたらしいです。今、病院に向かっているそうです。」
俺は、スマホで辻先輩に状況をかいつまんで話して、倉持と病院に向かった。
病室に向かうと、怒鳴り声が聞こえた。
「あのまま死んだら良かった。マッチ持ってたんや。焼け死んだら良かったんや。」
折田さんは、泣き叫んだ。看護師は、おろおろしている。
所長が、やって来た。
俺が、家族と揉めてることを言うと、病室に入り、家族を連れて出てきた。
横ヤンが、院長に会議室を開けて貰った。
「亀の甲より年の功、任しとき。」
横ヤンは花ヤンと、所長達の会議室に消えた。
廊下で倉持と待っていると、所長と家族が出てきた。
家族は、所長に『立替金』を払った上で、事務所で入院手続きをした。
所長は、「経緯」を話してくれた。
「今年の初め、家族の1人が言い出して、強引に介護施設に入ったらしい。折田さんは、散歩の途中、介護士の隙を見て、脱走した。歩いて「自宅」に帰った、とよ。10キロの行程をな。戦争に行った年代やないが、学生時代「陸上」やってたから脚には自信があった。暫く備蓄で暮していたが、朝晩冷えてきたから、スタンドに灯油買いに行った。流石に疲れが出て、転倒した。そこに幸田が登場、や。」
「それで、これから、どうするんです、折田さん。」
「院長の温情でナア、一週間、検査入院。その間に家族は『訪問介護』の手続きをして、訪問介護士さんに面倒見て貰う。面倒くさいからって、放置した施設をしかるべき訴え起こすって、本庄弁護士が言ってる。ああ、介護の段取りは本庄先生の紹介のケアマネージャーさんがやった。灯油はな。『危ないから止めとき、エアコンにしとき』ではなく、ネット注文することになった。注文と配達とする業者を本庄さんが紹介してくれた。切れる前に、『御用聞き』の注文してくれるらしい。便利な世の中になったな。」
その後、折田さんの家族から手紙が来て、商品券が同封されていた。
《お世話になったままで、ご挨拶が遅れました。私たちは皆、働いていて、父の面倒をろくに見られないものですから、施設に頼りました。ケアマネージャーさんの話によると、施設は『当たり外れ』が大きいそうです。デイケアは断られましたが、訪問入浴は、体が弱ってきたら利用してもいい、と言ってくれました。自転車は壊れてしまったけど、散歩は訪問介護士さんが別料金ですが付き添ってくれます。備蓄が不足しそうな時は、ケアマネージャーさんが紹介してくれた『便利屋さん』が手伝ってくれます。ウチは恵まれている方だともケアマネージャーさんが言っていました。些少ではありますが、商品券は何かの際にお使い下さい。
》
―完―
「あ。危ない。」倉持の声に、スマホを弄っていた俺は、その方向を見た。
高齢者の男が「自動灯油販売機」の前で自転車ごと、こけている。
ここは、無人のスタンドやない。すぐに待機所から社員が駆けつけた。
救急車は倉持に任せて、俺は、社員と共に高齢者を助け起こした。
どうやら、ポリタンクに灯油を入れて、自転車の荷台に積んで家に帰ろうとして、押して帰ればいいものを乗って帰ろうとして、こけたのだ。
自転車ロープは丈夫なものでないらしく、切れていた。
全部ではないが、ポリタンクの栓が緩かったらしく、灯油がタンクから、こぼれている。
「救急車来たら、付き添って行くわ。出血はしてないけど、骨折してるかもなあ。あ、灯油・・・。」
「あ。こちらで拭き取って、タンクは保管しておきます。確か南部興信所の・・。」
「ああ。幸田です。」と。俺は名刺を社員に渡した。
救急車がやって来た。
俺は、倉持に所長に連絡しておくように指示した。
高齢者は、うんうん唸っているが、上手く話せない。
俺は、救急隊員に事情を話して、救急車に同乗した。
「脚が自転車に挟まれていました。骨折したかも知れません。」と、俺は救急隊員に話した。
病院に着いたが、持ち物に住所の宛もない。お名前カードも持っていなかった。
連絡先を尋ねたが、要領を得ない。しかし、幸か不幸か、この病院に来たことがあると言う。名前はちゃんと言えたので、看護師に伝えてカルテを調べて貰った。
4年前に通院した記録があった。
事務員は、そのカルテに書いてある電話番号にかけたが、「現在使われておりません」というメッセージだけだった。
さあ、困った。
それから、おじいちゃんの、いや、折田忠三さんの身内捜しが始まった。
入院費は、南部興信所が肩代わりし、所長が保証人になった。
俺と倉持は、同僚の横ヤン、花ヤンに協力を申し出、病院、介護施設にポスターを貼った。
ポスターと言っても貼り紙だ。病院の古いカルテデータからの。
お名前カード所持なら、話は簡単だが、まだ作らない人もいる。
念の為、佐々ヤンには運転免許証データや前科者データにないか確認して貰ったが、外れだった。
口コミと言えば、辻先輩だ。
「お前、熱心やなあ。」「行きがかりでね。どことなくオヤジに似ている感じがあって。」
「ええよ。貼り紙は待合に貼っとく。馴染みの治療客には声をかけとく。自慢の後輩の頼みやからな。」
「恩に着ます。」「おんなと寝ます?」
悪い冗談は聞き流して、クルマに戻ると、倉持が明るく言った。
「先輩。分かりましたよ。流石、先輩のカンはいつも鋭いなあ。足立区の『とおらやんせ』って介護施設に入所している高齢者が行方不明になって、騒いでいたそうです。」
「佐々ヤンの話では、捜索願は出してなかったみたいやが。」
「家族が出そうとしたみたいですが、施設が反対したそうです。介護士の1人が貼り紙見て、こっそり警察に届けたみたいです。やっぱり、体面考えるんですかねえ。保証人の大体の住所が判って、生活保護課が家族に連絡取って、判ったそうです。今年になってから、家族が施設を適当に探して入所させたらしいです。今、病院に向かっているそうです。」
俺は、スマホで辻先輩に状況をかいつまんで話して、倉持と病院に向かった。
病室に向かうと、怒鳴り声が聞こえた。
「あのまま死んだら良かった。マッチ持ってたんや。焼け死んだら良かったんや。」
折田さんは、泣き叫んだ。看護師は、おろおろしている。
所長が、やって来た。
俺が、家族と揉めてることを言うと、病室に入り、家族を連れて出てきた。
横ヤンが、院長に会議室を開けて貰った。
「亀の甲より年の功、任しとき。」
横ヤンは花ヤンと、所長達の会議室に消えた。
廊下で倉持と待っていると、所長と家族が出てきた。
家族は、所長に『立替金』を払った上で、事務所で入院手続きをした。
所長は、「経緯」を話してくれた。
「今年の初め、家族の1人が言い出して、強引に介護施設に入ったらしい。折田さんは、散歩の途中、介護士の隙を見て、脱走した。歩いて「自宅」に帰った、とよ。10キロの行程をな。戦争に行った年代やないが、学生時代「陸上」やってたから脚には自信があった。暫く備蓄で暮していたが、朝晩冷えてきたから、スタンドに灯油買いに行った。流石に疲れが出て、転倒した。そこに幸田が登場、や。」
「それで、これから、どうするんです、折田さん。」
「院長の温情でナア、一週間、検査入院。その間に家族は『訪問介護』の手続きをして、訪問介護士さんに面倒見て貰う。面倒くさいからって、放置した施設をしかるべき訴え起こすって、本庄弁護士が言ってる。ああ、介護の段取りは本庄先生の紹介のケアマネージャーさんがやった。灯油はな。『危ないから止めとき、エアコンにしとき』ではなく、ネット注文することになった。注文と配達とする業者を本庄さんが紹介してくれた。切れる前に、『御用聞き』の注文してくれるらしい。便利な世の中になったな。」
その後、折田さんの家族から手紙が来て、商品券が同封されていた。
《お世話になったままで、ご挨拶が遅れました。私たちは皆、働いていて、父の面倒をろくに見られないものですから、施設に頼りました。ケアマネージャーさんの話によると、施設は『当たり外れ』が大きいそうです。デイケアは断られましたが、訪問入浴は、体が弱ってきたら利用してもいい、と言ってくれました。自転車は壊れてしまったけど、散歩は訪問介護士さんが別料金ですが付き添ってくれます。備蓄が不足しそうな時は、ケアマネージャーさんが紹介してくれた『便利屋さん』が手伝ってくれます。ウチは恵まれている方だともケアマネージャーさんが言っていました。些少ではありますが、商品券は何かの際にお使い下さい。
》
―完―
0
あなたにおすすめの小説
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
ビジュアル系弁護士シンゴ&パラリーギャル織田マリア!
オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
元ホストの蒲生ヒロユキは西園寺財閥の令嬢、レイカと結婚するため、邪魔になった元カノの石原百合香の殺害を計画した。嵐の中、岬の崖から突き落とし計画を遂行した。
ようやく邪魔者を処分した蒲生は清々とした気分で自宅へ戻ってみると、三人の男女が現れた。
ビジュアル系弁護士シンゴとパラリーギャルの織田マリア。そしてイケメン刑事の星優真だ。
織田マリアは、会った瞬間から蒲生を『真犯人に決定』と詰め寄った。
蒲生からすれば心外だ。
なにしろアリバイ工作は完璧だ。
百合香が殺害された時間、蒲生が家に居た事はピザのデリバリーをした配達員が証言してくれるはずだ。
だがマリアはそのピザをねだって遠慮なく開けてしまった。蒲生は注意するも、わざわざデリバリーしてもらったのに、冷えているとクレームをつけた。蒲生も美少女パラリーガルを甘く見たと後悔するが、時すでに遅しだ。
次々とパラリーギャルのマリアは難癖をつけて蒲生を追い詰めていった。
やがて一億分の一のような奇跡に見舞われ蒲生は自滅していった。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる