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ゆりすみれ

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4【双子Diary】黄昏の教室②

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 暮れゆく陽の光はますます濃くなり、六月の湿った風をのんびりと照らしている。

 眞空と向かい合っていることに気恥ずかしさを感じたのか、海斗はまたがっていた椅子から立ち上がると、教室の隅に転がっていたサッカーボールで軽くリフティングをし始めた。確かに大事な話は18年間ずっとせーのの合図で話してきたが、こんな風にはっきりと恋を教えたのは初めてだった。恥ずかしいやらうれしいやら、海斗は自分がとても浮かれていることに気づく。

 眞空はサッカーボールが綺麗に跳ね上げられているのを、ただぼんやりと見つめていた。さすが幼い頃からバカがつくほどのサッカー少年で今やサッカー部のエースとして活躍している兄だ、絶妙なボールさばきは弟として思わず自慢したくなる。

「ねぇ……海斗はいつから亜楼のことが好きなの?」

 眞空は机にひじをつき片手であごを支えながら、しばらくボールに夢中になっていた海斗に声を掛けた。海斗はリフティングをやめることなく、眞空の問いに答える。

「あいつの弟になったときから、ずっと憧れてはいたんだ。あいつ、強ぇだろ」

 そう誇らしげに言う海斗は、まるで自分の手柄のように得意そうだ。

「あの頃は……そうだったね、ヤンキーごっこにハマってたから強かったね。学ランは短いし、ズボンはダボダボだし、なんでもとりあえず睨みつけるし。おれたちも最初はすごく睨みつけられたよな。怖いものなんか何もないって感じで、あぁ強かった強かった」

 思い出したものがツボにハマったのか、眞空が思わず笑い出した。当時若干横道に逸れていた兄の、金髪に近い茶髪を思い浮かべてくすくすと笑う。今となっては亜楼にとっても黒歴史なんだろうと、今は真面目に勤め人をしている兄を少しだけ憐れんでみる。兄の髪はすっかり黒く……はないがチョコレート色に落ち着いたし、もうむやみに人を睨みつけることもない。

「オレたちにも乱暴だし雑だし、すぐ怒ってくるし殴ってくるし、怖ぇ兄貴だったけどさ、絶対にオレたちの味方でいてくれるだろ。盾になって、まじになって戦ってくれる。強いんだ、あいつ。拳も、心も」

 海斗が言っているのが子供の頃にあったとある事件のことだと察した眞空は、大きくうなずいて納得した。共有するたくさんの思い出の中のひとつをすっと取り出す。

 小学校も卒業に近い頃の帰り道で、養子だということをクラスメートに激しくからかわれたことがあった。眞空は相手にせず子供なりに大人な対応をしようと黙っていたが、頭にすぐ血がのぼってしまう型の海斗はそのまま数人のクラスメートとけんかを始めてしまった。

『養子の何が悪ぃんだよ』 
『オレたちにとっては、すっげー強ぇ兄ちゃんと、すっげーやさしい父さんなんだよ!』 
『本当の家族じゃなくても、家族なんだよ!』
『ちゃんと本当の父さんと母さんがいるおまえたちに、何がわかんだよ!』

 激しい言い争いの末、けんかは拳が出るものにエスカレートしようとしていた。けんかが得意ではない眞空もさすがに見かねてとうとう加勢しなければならなくなったとき、そこを偶然通りかかった高校帰りの亜楼が慌てて駆け寄ってきて、

『弟にケチつけるったぁ上等じゃねぇか!』
『養子の何が悪ぃんだよ!』
『俺も養子だが文句あんのか、あぁ?』

 と鬼の形相でクラスメートたちを蹴散らした。クラスメートたちは恐ろしさのあまり泣いて帰ったという。

『大丈夫だったか』
『けがはねぇか』
『家族のこと言われて腹が立っただろ』
『よくがんばったな』

 亜楼がそう言って家族の名誉のために戦った海斗を称えると、安堵で気が抜けた海斗はその場に座り込み、亜楼のダボダボのズボンにすがりついてわんわん泣いた。

「あんなにやさしくて強ぇ兄貴、他じゃ見たことねぇよ」

 飾らない本音が海斗の口唇からこぼれ落ちた。小さな恋の根源を思い出しくすぐったくなったのか、わざと口調を明るくして冗談のように続ける。

「でもあいつ大人げねぇんだよ。ガキにも容赦なかったし、拳は結構本気で痛かったし。……眞空は殴られたことねぇからわかんねぇだろうけど」

「おれ、優良弟だったもん。海斗と亜楼はほとんど毎日けんか三昧だったよね」

「眞空と一緒にいたずらしたって怒られんのはオレばっかなんだぜ? ……なんか、思い出したら腹立ってきた! 納得できねぇ!」

 言っていてちょっと本気で頭に来てしまったのか、海斗はずっと続けていたリフティングをやめボールを手でつかむと、ボールに拳をぐりぐりとこすりつけた。腹いせのつもりらしい。

「それはおまえの要領が悪いせい……」

 眞空はそっとつぶやくが、当の本人には聞こえていない。兄が単純猛進型な分、弟はそういう面では少しだけさとく成長してしまったのだ。

「いいじゃん、けんかするほど仲良しってことだし……。むしろおれは、そうやってぶつかり合える海斗と亜楼をうらやましく思うよ」

 ふと落ち込んだように言う眞空に気づき、海斗はボールに拳をぐりぐりするのをやめ弟を心配そうに見つめた。弟は否定的思考が強いと、海斗は幼い頃から常々思っていた。こんな風にわざと落ち込んだように言葉を発するときは要注意なのだと、18年一緒の片割れは無意識に身構える。

「……冬夜とうやと、なんかあった?」

 海斗のその問いかけに、眞空はううんと首をゆっくりと横に振る。

「何もないよ。おれが一方的に冬夜を好きなだけ……それだけだよ。何もないんだ、何も」

 思った通り自虐的になっている弟を、兄は励ますように言葉をつなぐ。

「でも、オレから見たらやっぱり冬夜は眞空にいちばん懐いてると思うけどな。オレや亜楼、それに秀春さんなんかにも見せない顔、眞空にだけは見せてる気がする」

 同じ屋根の下に住むもうひとりの家族の言動を思い返して、海斗はほとんど確信に近いように眞空に言ってやった。

「それはなんていうか……昔の名残だよ」

 それでも兄の確信を認めない眞空は、何かをあきらめているような弱々しい苦笑を残して、そっと窓の外の夕焼けへと視線を流した。 
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