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ゆりすみれ

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6【双子Diary】黄昏の教室③

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 海斗はいつの間にかまたリフティングを始めていた。トン、トン、という規則的な音が静まり返った朱色の教室に響き渡る。

「おれと冬夜はひばり園にいたときから友達だったしさ、卵からかえったヒナが最初に見たものを親だと思う……みたいな? ひばりにいたときの冬夜って大人しくて友達も少なかったみたいだし、それで多分、多少はおれに懐いてる……ってことなんじゃないのかな? でもほんとにそれだけ。それ以上でもそれ以下でもない。あの頃からずっと変わらないんだ」

 少々言い訳じみた言い方をしていると気づいた眞空は情けなくなった。懐いている、なんて兄が気を遣って言ってくれたものだから余計惨めになる。眞空は双子の役割分担として自分がしっかり者の称号を得ていると思っているが、時々思わぬところで大人びた海斗に出会うことがあるから侮れない。

 冬夜が弟になってから、ずっと変わらない距離。好きなのに縮められない距離。それはまちがいなく自分が不甲斐ないからだと、眞空はきちんと自覚している。

 なんにせよ、自分は意気地なしなんだと眞空は思う。変わらない二人の距離を嘆く一方で、いとおしい弟を、大切な家族を、今のおだやかな平和を失う勇気を、つまりは持ち合わせていないのだ。自分の淡い恋心が大事な家族を崩壊させるようなことになるくらいなら、恋心を殺してでも家族を守る方を選びたいと眞空は考える。

「そういう海斗は? 亜楼となんかあったの? 今このタイミングで亜楼を好きだって教えてくれたってことは、最近なんかあったってこと?」

 眞空が話をすり替えると、今まで一度も大きなミスをしなかった海斗が、突然とんでもない方向へサッカーボールを飛ばした。わかりやす過ぎ……と眞空が転がるボールを目で追いかける。元あった教室の隅へと大人しく転がっていくボールを海斗も目で追いかけながら、少し途方に暮れたように立ち尽くす。

「眞空には、なんでもお見通しだな」

「おれたちに隠しごとは通用しないの。双子だから」

 とは言っても海斗がバレバレなのは単に要領が悪いせいだと、眞空は心の中でひそかに舌を出した。

「実はオレ、亜楼を好きって自覚しちまったら、もう、いてもたってもいられなくなってさ……」

「え? いられ、なくなって……?」

 思わず復唱してしまった眞空は、まさか……と思う。まさか。そう思った時点で大抵の予感は当たってしまうのだ。眞空は、兄が抱えている爆弾が爆発しないことを切に祈る。

「オレ隠すとか秘めるとか……多分性分に合わねぇんだよな。ずっとソワソワとイライラのくり返しで……なんかそういう風にグルグルすんのも面倒になって……だから」

「だ、から……?」

「亜楼にコクった」

 爆発した! 期待を裏切らない大爆発だ。海斗自身はあっけらかんと、さほど重大なことではないように平然としている。

「はぁ!? 何やってんのおまえ!?」

 眞空は珍しくすっとんきょうに声を荒げ、悪びれた様子のまったくない能天気な海斗にぐいぐい詰め寄った。

「おまえ、そこは性分とか関係なく秘めろ! すぐコクるとかありえねぇだろ! 家族なんだし、もっと周りの状況も考えてさぁ! ……ほんと勘弁してくれよ」

 おだやかな家族の平和を失うのが怖いからと己の恋心を抑制していた眞空は激しく絶望した。すでに堂園家は家族崩壊の危機にさらされていたのかと思うと、梅雨時なのに背筋がぞくっとする。家族を困らせたくないとひとり気を揉んでいたおれがバカだったのか……? 最悪だ! 眞空は頭を抱えて机に突っ伏した。

「だってオレ、黙ってるなんて到底ムリで。どーせ態度とかでバレちまうんだったら、潔く言っちまった方が男らしいかなって思って」

「海斗……おれおまえのこと確かにちょっとバカだとは思ってたけど、まさかここまでバカだったとは……。バカだよ海斗。もうおまえ、バカイトだよ。同じ顔として、おれおまえが悲しいよ……」

「バカって言いすぎだろ!」

 違うところに引っかかった海斗が、どうでもいいところで顔をしかめる。

「それにオレ……やっぱり早く、亜楼を……抱きたいと思って」

「はぁぁぁ!? 何言ってんのおまえ!?」

 少し照れた様子でもじもじとそう口にした海斗に、眞空は絶望を通り越した向こう側へ魂が出掛けていくのをうかつにも見送ってしまった。バカだ……この兄はバカだ! 亜楼を抱く!? どう考えたって逆だろ!? 一瞬でも海斗に抱かれたヤンキー上がりの長兄を想像してしまって、眞空はウッとなる。

「ないない、絶対ない、世界が認めてもおれはないと思うよ海斗!」

「そんな全力で否定しなくても……」

 海斗は肩を落として弟を見た。自分が先に好きになったのだから自分が抱いてやりたいのだと、海斗はもう眞空には言えない主張を胸の中にぐっと押し留める。

「……それで、どうなったの?」

 呆れすぎてむしろ冷静になってしまった眞空が、調子を取り戻して海斗に訊いた。常識ある魂はもうほとんどあちら側に出掛けてしまったので、怖いものはもうないはずだ、多分。

「話すとちょっと長くなるけど?」

「もういいよ……ここまで聞いちゃったんだし、腹決めて全部聞いてやるよ」

「……よかった。オレ、多分ずっと、誰かに聞いてほしかったんだ。……眞空がいてくれてよかった」

 しみじみと言い、海斗は弱々しく笑った。爆弾を爆発させたくせにこんなにもせつなげな顔をするなんてずるい、と眞空は仕方なく海斗の肩に手を添えてやる。自分と同じ顔がこんな顔をしているのだから放っておけるはずがない。いてくれてよかった、と感じているのはそっちだけではないのだから。

 下校を促すアナウンスがスピーカーからゆったりと流れ出した。いつの間にか外の夕日もかなり落ちている。

「帰りながらにしよっか」

「だな」

 帰り支度を整えて教室を出た二人は、肩を並べて歩き出す。向かうのは、大切な家族が待つあたたかい家。

「それで?」

 さっそく眞空が話の続きを促す。自然といつもより遅くなる歩みだったが、二人の歩調がずれることはない。

「お、おぅ……実は……」

 たどたどしく話し始めた海斗に、眞空はやさしく耳を傾けた。

 双子の、長い帰り道が始まる。
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