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16【双子Diary】泣き虫

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「ラッキー! 今日カラアゲいっぱい入ってんじゃん」

 梅雨の合間の貴重な太陽を浴びたくて、双子は屋上で一緒に弁当を食べることにした。夏を運び始めた暑い風が屋上を陽気に駆け抜けていく。双子は日陰のできている一角に揃って腰を下ろすと、休日だった秀春が早朝から気合いを入れて作ってくれた好物だらけの弁当を豪快に広げた。カラアゲがたくさん入っていて、眞空が子供のように盛り上がる。普段は自分で弁当を作ることが多い眞空は、久しぶりに作ってもらった弁当がうれしくてたまらない。特にお父さん子の眞空は秀春の作ってくれる料理が何よりも好きで、るんるんを抑えきれずに早速カラアゲに箸を伸ばした。

 しばらく夢中で弁当をかき込んでいた眞空は、海斗の様子が明らかにおかしいことに残りの弁当1/3辺りでようやく気がついた。海斗は秀春の豪勢な弁当もそこそこに、緑色のフェンスにべったりともたれかかり下のグラウンドをぼうっと眺めている。海斗も秀春の作るカラアゲは大好物のはずなのに。

「海斗、なんかあったんだね?」

 眞空は確信して訊いていた。弁当がうれしくてすっかり忘れていたがそもそも今日ここに海斗を連れ出したのは眞空の方で、最近家でも学校でも不自然に平静を装っている妙な海斗を問いただそうと思っていたからだった。事態は相当深刻のような予感がしていて、とてもそんな空気じゃなかったなと眞空は慌ててるんるんを引っ込める。カラアゲにまったく反応しない兄がそれを静かに物語っていた。

「……ん? あぁ……うーん」

 誰もいない下のグラウンドにぼんやり視線を投げっぱなしにしていた海斗はほとんどうわの空で、眞空の問いかけにも歯切れ悪くうなるだけだった。明るい単純バカが取り柄の兄がうわの空という事実に、いよいよ堂園家崩壊の危機が目前まで迫っているのかと眞空は固唾を呑む。亜楼と、何があったんだ?

「言いたくないなら無理には訊かないけどさ」

「うーん……いや、いい、言う。どうせ眞空には隠し切れねぇし。双子はなんでもお見通し、なんだろ」

 少しだけためらいがちに、それでも海斗は双眸そうぼうをグラウンドに落としたまま静かに言った。

「……セックスって、なんなんだろうな」

「!?」

 突然何言ってんの!? っていうか、単純バカ兄貴の口からそんな単語が出てくるなんて信じられない……。

 口をぱくぱくさせて少し後ずさるように引いている眞空に構わず、海斗は返答も相槌も求めないひとりごとの要領で次々と言葉を放っていく。

「想い合ってるヤツ同士がすること……ってどこかで信じてたけど、あいつの言う通り、オレ認識まちがってたんだろうな。あいつの気持ち、なくてもできた。……オレから仕掛けたことだし、オレが望んだことには違いねぇし、これで、よかったんだけどさ。……あいつはさ、オレのこと1ミクロンも想ってねぇって断言するんだ。……それで、顔見たくないってネクタイ引っ張り出してきやがるし、でも……キス、するし……わけわかんねぇよ……」

 くるくる表情を変えながら謎の言葉を羅列する不穏な海斗に、眞空はまったくついていけない。

「わけわかんねぇのはおまえだよ海斗! 何言ってんの? 意味わかんないよ。亜楼のことなんだろ? ちゃんと初めからわかるように説明してよ」

 魂をおつかいに出してしまったように脱力している海斗の両肩をつかんで、眞空は前後にゆさゆさと揺らした。海斗しっかりしろ!

「亜楼と……した、んだ。……その、……セックス」

 眞空は絶句して、肩を揺らす手をぴたりと止めた。無意識に後ろめたさを持ったのか、海斗は眞空の表情を確認できずに目を伏せる。

「亜楼はオレのわがまま聞いてくれて……だいぶ困らせちまったけど、そう、なった。からだばっか焦らせたけど、望み、叶った……」

「……なのに、どうしてそんな顔してるの?」

 え? と海斗が顔を上げると、眞空がじっと瞳をのぞき込んでいた。鏡の国の分身が少し怒っているような口調で尋ねているのに気づき、海斗ははっとした。

「海斗、どうしてそんな哀しそうな顔してるの? 望み叶って、よかったんじゃないの?」

「……オレ、哀しそうな顔、してる?」

「してる! すっげーしてる」

「あっれー、おかしいな……めちゃくちゃうれしかったはずなんだけどな」

 眞空を不安にさせていることを知り、海斗は泣き笑いみたいに顔をくしゃっと歪ませる。たしかにあのときはうれしかった。

「うれしかったんだけど……なんでだろ? 今は、きついな」

 結局残ったのは虚しさだけだったと、海斗は抱かれたあとからずっと、その巨大な虚無感に打ちのめされていた。この先にあるものにわずかな希望を抱いていたが、そんなものはどこにも存在しなかった。したって何も変わらない。亜楼に好きになってもらえるわけではない。こんなことで亜楼の心を動かせると本気で思っていた自分の甘さに腹が立って、心を近づけてもらえるどころかもう兄弟としても寄り添えなくなってしまったように思えて、これからどうすればいいのかとただ迷う。

 亜楼はきっと、それを教えるためにわざとわがままを聞いてくれたのだと海斗は理解した。何も意味がないから、渋々でも、簡単に抱いてくれたのだ。

「海斗……」

 小さく名を呼び、眞空はまっすぐであるがゆえに人一倍繊細にできている兄を案じた。両親の死を長く引きずってひばり園の片隅でこっそり泣き続けていたのも実は海斗の方で、普段は明るくやんちゃな性格に隠されてしまっている海斗の影の部分を、もちろん片割れはちゃんと知っている。だから、無茶をしないか心配になる。

「悪ぃ、こんなヘンな話。へこんでんの、オレらしくねぇよな」

 魂がおつかいから帰ってきたようで、海斗はいつもの調子を取り戻すべく両頬をぱんっと叩いてシャキッとした。

「オレがんばるって決めてんだ。何年掛かってもいい、どんなことでもするって。だからこんなところでへこんでる場合じゃねぇ! うぉぉぉーっ!」

 気合いを入れて、突然叫ぶ。屋上で昼休みを過ごしている他の生徒が何事かと視線を寄越してくるのがわかり、眞空は恥ずかしくて顔を伏せる。

「午後イチの授業サボる! 寝てから行く!」

 海斗は元気いっぱいにそう宣言すると、眞空から少し離れた別の日陰にすたすたと移動した。そこに大の字で寝転がり、右腕で目の辺りを覆う。

 ……泣いてくるな、多分。

 泣き虫な兄をそっとしておこうと思い、眞空は早めに弁当を片付けて退散することにした。最後にもうひとつとまたカラアゲに手を伸ばすが、海斗がほとんど食べていなかったのを思い出し伸ばしかけた箸を止める。多めに残しといてやるかと箸を置いた眞空は、それくらいしか兄を励ます方法を知らないことに苦笑して、ひとり高い空を仰ぎ見た。
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