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“花火の夜に”
【オマケDiary③】小さき理解者
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「ごめんね……」
「こんなことで謝んないでよ、冬夜のせいじゃないんだから」
顔を曇らせて萎縮してしまった冬夜に、大丈夫だよと眞空がやさしく微笑みかける。
兄組と別れてから、眞空と冬夜は屋台がずらっと並ぶ大通りを、あれ懐かしいね、こんなの初めて見た、などと冷やかしながらぶらぶらと歩いていた。この大通りを抜けた先にメイン会場の広場があるので、皆この辺りで食べ物を調達していくのか、すれ違う人と肩が触れ合いそうなほど通りは賑わっている。
何を買うか迷いに迷って通りをうろうろしていたせいで、花火が始まる前に、冬夜は足に違和感を覚えてしまった。楽しい雰囲気に水をさしたくなくて最初はなんとか我慢していたが、次第にうまく歩けなくなるほど痛みが強くなる。
冬夜の歩くスピードが遅くなると隣の眞空もさすがに気づき、とりあえず屋台の大通りを外れ、一本奥の、ひと気のない細い道に弟を連れていった。道の端で、しゃがんで冬夜の足を見てやる。
「これは……だいぶ痛かったでしょ」
下駄の鼻緒のところでひどい靴擦れを起こしていた冬夜を、眞空が自身も痛そうな顔をして見上げた。親指と人差し指の間の皮がめくれ、血が滲んでいる。
「僕の歩き方が下手だったからだよね、ごめん」
「下駄なんて普段履かないんだから下手で当たり前だよ。……待ってて」
眞空は帯に提げていた小さめの信玄袋から絆創膏を取り出すと、冬夜の靴擦れに丁寧に貼ってやった。
「由夏さんからね、おれが代表って言われて持たされてたんだ。絆創膏あってよかったね。女の人ってこういうところに気がつくのすごいなぁ」
靴擦れを見越して絆創膏を持たせてくれていた由夏に感心し、男所帯の堂園家には今までなかった気遣いを、眞空は素直に有り難いと受け入れる。足りないところを補ってくれる存在は、家族にとってとても頼もしい。
「どう? 歩ける?」
「うーん、どうだろ……」
傷が直接鼻緒に触れなくはなったが、痛みはひどい。傷口に当たらないように庇って歩くので、どうしても下駄を引き摺るようなぎこちない歩き方になってしまう。
「おれの腕、持つ? 何もないよりは歩きやすくなるんじゃない?」
「うん、持つ……」
冬夜に腕をぎゅっと両手でつかまれると、甘えるようにすり寄ってきた弟がいとしくて、眞空の手が思わず恋人の細い腰に伸びた。冬夜の体重を左腕で請け負い、抱き寄せるように腰を支え、無理のないようにゆっくりと歩き出す。
「足痛いけど……ちょっと得した気分かも」
靴擦れを理由に堂々と腕を組んで歩けることがうれしくて、沈んでいた冬夜からようやく笑顔がこぼれた。
「そんなのおれだって……痛がってるおまえには悪いけど、超ラッキー的な……?」
「ふふっ、ラッキーなんだ」
「冬夜、知ってる? ……知らないか」
「……?」
周りが冬夜のことをどんな風に見ているかなんて、冬夜は気にもしないのだろうと、眞空は不思議そうな目をして自分を見上げている弟を見つめ返した。電車の中の好奇の視線だって、本当は冬夜がほとんどかっさらっていたのを眞空は知っている。
「浴衣似合ってる。今日の冬夜、すっごく綺麗……」
「……っ」
耳の近くで眞空にそう言われ、冬夜は不覚にも胸を震わせてしまった。好きな人に言われる綺麗は、思っていた以上に心に響く。そういう類いの褒め言葉は言われ慣れている自覚もあったのに、世界中の誰に言われるよりも、うれしくて。
「こんな綺麗な子がおれの恋人なんだよって見せびらかして歩けるから、おれの方がラッキーだよ」
屈託なく笑う眞空を、冬夜がまぶしそうに見る。眞空を自慢したいのは僕の方だよと口にしたかったが、込み上げる想いに飲み込まれ、うまく言葉にならなかった。
「っていうか、靴擦れなんかなくたって、最初から堂々としてればいいんだけどね。誰もおれたちのこと、兄弟だって思わないでしょ」
「眞空……」
ふくらむ想いに、冬夜が兄の名をなぞり、歩みを止めた。
「うん? あ、やっぱ歩くのきつい? 休憩する?」
「ううん……ねぇ、ちょっとだけ、……ぎゅってして?」
ひと気がないのをいいことに、組んでいた腕を解き、冬夜が眞空の正面に立って甘える。うかつに眞空の腕にしがみついてしまったせいで、からだの至るところが、貪欲に兄を欲しがり始める。
「ぎゅってされたいの? ……いいよ、おいで」
眞空が両手をぱっと広げた。浴衣の袖が、ぱさっと大きく揺れる。冬夜も手を伸ばし、飛び込むように抱きついて、眞空の胸にすとんと顔を埋めた、そのとき。
「おにいちゃん!」
と、足元の方から甲高い可愛らしい声が聞こえてきた。ぎょっとして二人で下の方に視線を向けると、水色に蜻蛉の絵柄の入った甚平を身につけた五、六歳くらいの男の子が自分たちをじぃっと見上げている。
「ねぇおにいちゃん! ハルトのママどこ?」
「えっと、……迷子、かな?」
眞空はやんわりと冬夜を胸から剥がし、すぐに周りをきょろきょろと見渡すが、近くに保護者らしき人は見当たらない。そもそも一本奥の、屋台も何もないこの道には人すらいない。いないからこそ、甘えてくる冬夜のぬくもりをこっそり堪能しようとしていたのに。
眞空はすぐにしゃがんで、子供と目線を合わせた。やさしく、ゆっくりと問いかける。
「ハルトくんっていうの? ママとはぐれちゃった?」
「ママ、どっかいっちゃった」
「ママいなくなったの、この辺? この道は一緒に歩いてた?」
「ううん、ハルトね、ママのことさがして、いっぱいあるいたけど、どこにもいないの」
「はぐれた場所から、もうだいぶ離れちゃってるかもね」
冬夜が、冷静に状況を分析して告げた。屋台の並ぶ大きい通りに戻ってやみくもに探しても、母親を見つけるのは難しいだろう。
「こういうときって運営? 警察?」
「……あ、駅の方に戻れば、駅前に交番あるみたいだよ」
と、スマホを取り出して調べていた冬夜が言う。それを聞いた眞空が、にっこりと笑って、ハルトに改めて向き合った。
「ハルトくん、まだ歩ける? 今からお兄ちゃんと一緒に、おまわりさんのいるところに行ってみよっか? そこでハルトくんのママ、待ってるかもしれないからさ」
「うん、いく」
ハルトは素直に、眞空の提案にうなずく。
「冬夜はどうする? 歩くのつらいなら、ここで待っててもいいよ?」
しゃがんだまま冬夜を見上げ、眞空が尋ねると、
「……行くよ。僕も、眞空とはぐれたらやだし」
と、少し心細そうに冬夜が答えた。急に子供に返ったように拗ねた口調で言う冬夜に、眞空がくすっと笑みを浮かべる。
外では澄ましてイイコぶってるくせに、おれの前でだけは、やっぱりいつまでも可愛い弟だ──。
こんなの、いくらでも甘やかしてやりたくなる。
眞空は勢いよく立ち上がると、ハルトの小さな手を取り、冬夜には左腕を差し出した。
「よし、じゃあみんなで行こう」
眞空は右手でハルトと手をつなぎ、冬夜に左腕を貸しながら、駅までの道を戻っていた。
屋台の大通りは先刻よりもさらに混雑していて、子供と怪我人を連れて歩くのは難易度が高すぎると判断し、そのまま一本奥の道を使って行くことにした。ハルトが不安にならないようにと雑談をしながら、幼いハルトと、変わらず歩きづらそうにしている冬夜に合わせて、眞空も当然慣れてはいない下駄でゆっくりと歩を進める。
「ハルトくんは、ママと二人で花火見に来たの?」
「ううん、たっくんもいっしょ!」
ハルトは人見知りをしない子供のようで、眞空の問いかけにはなんでも物怖じせずに答えてくれる。
「たっくんは、弟?」
「うん、たっくんは3さい!」
母親は弟に気を取られて、ハルトから目を離してしまったのかもしれない。ここまで幼くはなかったが、自分たちもきっとこういう場で浮かれては方々で秀春の手を煩わせていたのだろうと、当時の父の苦労を思うと眞空は頭が下がる思いでいっぱいになる。
「ねぇねぇ」
すっかり眞空に心を開いたハルトが、眞空を見上げて無邪気に呼びかけた。
「んー? なぁに?」
「なんでそっちのおにいちゃんは、ずっとおにいちゃんにくっついてるの? ひとりであるけないの?」
眞空にしがみつきながら歩く冬夜を、ハルトが不思議そうにきょとんとのぞき込む。眞空を挟んだ反対側のハルトと目が合って、冬夜が苦笑を顔にのせた。
こんな小さな子にも、ヘンに思われるんだ。男同士だから? ……そうだよね。やっぱりちょっと、離れた方がよさそう……かな。
「……これはね、僕が足をケガ──」
「付き合ってるからだよ」
「──!?」
冬夜の返事に被せるようにして、眞空がきっぱりと言い放った。まさか兄がそんなことを言うとは思わず、冬夜の瞳が大きく見開かれる。
「つきあってるって、なぁに?」
「うーん、わかんないかぁ。恋人同士っていうんだけど」
「ちょ、眞空……」
子供相手に何言ってんのと冬夜がたしなめようとするが、眞空はそれをやさしく無視した。
「こいびと……?」
「恋人ってね、お互いがお互いのこと大好きで、こんな風にぎゅーってくっついたり、いっぱいチューしたりする仲のことだよ」
「チュー……? おにいちゃんとそっちのおにいちゃん、チューするの?」
「するよー、いっぱいする」
「……っ」
どんな顔をすればいいのかわからずに隣でうつむいている冬夜に構わず、眞空は機嫌よく饒舌になっている。
「ハルトもね、ママとパパと、あとたっくんのほっぺにもチューするよ! ママもね、ハルトのほっぺにチューしてくれる!」
「ハルトくんも、ママも、大好きって気持ちがいっぱいだからチューするでしょ?」
「うん!」
「お兄ちゃんもね、このお兄ちゃんのことが大好きだから、すぐにチューしちゃうんだ」
「ふーん……そっかぁ! なかよしなんだね!」
「うん、そう。いいでしょ?」
ひどく自慢気な眞空を見てなんだかうれしくなったハルトが、握っていた眞空の手をぶんぶんと大きく振った。眞空も応えるように、ハルトの小さなてのひらをさらに強く握り返して、一緒にぶんぶんと振る。
こんな小さな可愛らしい存在にも、伝わるものはきっとある。ずいぶんと明るさを落ち着かせてきた夕闇の空の下で、眞空はそう信じた。
「……もう」
呆れるように小さくつぶやいて、冬夜が顔を上げる。子供を前にして戯れているだけだとわかっていても、あたたかくてせつない気持ちが胸の奥底からせり上がってくる。
……好き。僕も大好きだよ、眞空。
心の中だけで伝えて、冬夜はもっと眞空にしがみついた。この際限なく募る気持ちを、どうやったら恋人に全部教えられるかわからなくて、眞空の左腕を潰してしまいそうなほど強く腕を絡める。大好き。大好き……。
冬夜がもっとくっついてきたのがわかって、眞空が恋人に柔らかい眼差しを送った。うれしそうに自分の腕を抱く冬夜の横顔は、相変わらず凛と美しい。
……ずっとこうやって、おれのこと、離さないで。
空が、黒いキャンバスになる準備を始めている。
もうすぐ花火が上がる。
「こんなことで謝んないでよ、冬夜のせいじゃないんだから」
顔を曇らせて萎縮してしまった冬夜に、大丈夫だよと眞空がやさしく微笑みかける。
兄組と別れてから、眞空と冬夜は屋台がずらっと並ぶ大通りを、あれ懐かしいね、こんなの初めて見た、などと冷やかしながらぶらぶらと歩いていた。この大通りを抜けた先にメイン会場の広場があるので、皆この辺りで食べ物を調達していくのか、すれ違う人と肩が触れ合いそうなほど通りは賑わっている。
何を買うか迷いに迷って通りをうろうろしていたせいで、花火が始まる前に、冬夜は足に違和感を覚えてしまった。楽しい雰囲気に水をさしたくなくて最初はなんとか我慢していたが、次第にうまく歩けなくなるほど痛みが強くなる。
冬夜の歩くスピードが遅くなると隣の眞空もさすがに気づき、とりあえず屋台の大通りを外れ、一本奥の、ひと気のない細い道に弟を連れていった。道の端で、しゃがんで冬夜の足を見てやる。
「これは……だいぶ痛かったでしょ」
下駄の鼻緒のところでひどい靴擦れを起こしていた冬夜を、眞空が自身も痛そうな顔をして見上げた。親指と人差し指の間の皮がめくれ、血が滲んでいる。
「僕の歩き方が下手だったからだよね、ごめん」
「下駄なんて普段履かないんだから下手で当たり前だよ。……待ってて」
眞空は帯に提げていた小さめの信玄袋から絆創膏を取り出すと、冬夜の靴擦れに丁寧に貼ってやった。
「由夏さんからね、おれが代表って言われて持たされてたんだ。絆創膏あってよかったね。女の人ってこういうところに気がつくのすごいなぁ」
靴擦れを見越して絆創膏を持たせてくれていた由夏に感心し、男所帯の堂園家には今までなかった気遣いを、眞空は素直に有り難いと受け入れる。足りないところを補ってくれる存在は、家族にとってとても頼もしい。
「どう? 歩ける?」
「うーん、どうだろ……」
傷が直接鼻緒に触れなくはなったが、痛みはひどい。傷口に当たらないように庇って歩くので、どうしても下駄を引き摺るようなぎこちない歩き方になってしまう。
「おれの腕、持つ? 何もないよりは歩きやすくなるんじゃない?」
「うん、持つ……」
冬夜に腕をぎゅっと両手でつかまれると、甘えるようにすり寄ってきた弟がいとしくて、眞空の手が思わず恋人の細い腰に伸びた。冬夜の体重を左腕で請け負い、抱き寄せるように腰を支え、無理のないようにゆっくりと歩き出す。
「足痛いけど……ちょっと得した気分かも」
靴擦れを理由に堂々と腕を組んで歩けることがうれしくて、沈んでいた冬夜からようやく笑顔がこぼれた。
「そんなのおれだって……痛がってるおまえには悪いけど、超ラッキー的な……?」
「ふふっ、ラッキーなんだ」
「冬夜、知ってる? ……知らないか」
「……?」
周りが冬夜のことをどんな風に見ているかなんて、冬夜は気にもしないのだろうと、眞空は不思議そうな目をして自分を見上げている弟を見つめ返した。電車の中の好奇の視線だって、本当は冬夜がほとんどかっさらっていたのを眞空は知っている。
「浴衣似合ってる。今日の冬夜、すっごく綺麗……」
「……っ」
耳の近くで眞空にそう言われ、冬夜は不覚にも胸を震わせてしまった。好きな人に言われる綺麗は、思っていた以上に心に響く。そういう類いの褒め言葉は言われ慣れている自覚もあったのに、世界中の誰に言われるよりも、うれしくて。
「こんな綺麗な子がおれの恋人なんだよって見せびらかして歩けるから、おれの方がラッキーだよ」
屈託なく笑う眞空を、冬夜がまぶしそうに見る。眞空を自慢したいのは僕の方だよと口にしたかったが、込み上げる想いに飲み込まれ、うまく言葉にならなかった。
「っていうか、靴擦れなんかなくたって、最初から堂々としてればいいんだけどね。誰もおれたちのこと、兄弟だって思わないでしょ」
「眞空……」
ふくらむ想いに、冬夜が兄の名をなぞり、歩みを止めた。
「うん? あ、やっぱ歩くのきつい? 休憩する?」
「ううん……ねぇ、ちょっとだけ、……ぎゅってして?」
ひと気がないのをいいことに、組んでいた腕を解き、冬夜が眞空の正面に立って甘える。うかつに眞空の腕にしがみついてしまったせいで、からだの至るところが、貪欲に兄を欲しがり始める。
「ぎゅってされたいの? ……いいよ、おいで」
眞空が両手をぱっと広げた。浴衣の袖が、ぱさっと大きく揺れる。冬夜も手を伸ばし、飛び込むように抱きついて、眞空の胸にすとんと顔を埋めた、そのとき。
「おにいちゃん!」
と、足元の方から甲高い可愛らしい声が聞こえてきた。ぎょっとして二人で下の方に視線を向けると、水色に蜻蛉の絵柄の入った甚平を身につけた五、六歳くらいの男の子が自分たちをじぃっと見上げている。
「ねぇおにいちゃん! ハルトのママどこ?」
「えっと、……迷子、かな?」
眞空はやんわりと冬夜を胸から剥がし、すぐに周りをきょろきょろと見渡すが、近くに保護者らしき人は見当たらない。そもそも一本奥の、屋台も何もないこの道には人すらいない。いないからこそ、甘えてくる冬夜のぬくもりをこっそり堪能しようとしていたのに。
眞空はすぐにしゃがんで、子供と目線を合わせた。やさしく、ゆっくりと問いかける。
「ハルトくんっていうの? ママとはぐれちゃった?」
「ママ、どっかいっちゃった」
「ママいなくなったの、この辺? この道は一緒に歩いてた?」
「ううん、ハルトね、ママのことさがして、いっぱいあるいたけど、どこにもいないの」
「はぐれた場所から、もうだいぶ離れちゃってるかもね」
冬夜が、冷静に状況を分析して告げた。屋台の並ぶ大きい通りに戻ってやみくもに探しても、母親を見つけるのは難しいだろう。
「こういうときって運営? 警察?」
「……あ、駅の方に戻れば、駅前に交番あるみたいだよ」
と、スマホを取り出して調べていた冬夜が言う。それを聞いた眞空が、にっこりと笑って、ハルトに改めて向き合った。
「ハルトくん、まだ歩ける? 今からお兄ちゃんと一緒に、おまわりさんのいるところに行ってみよっか? そこでハルトくんのママ、待ってるかもしれないからさ」
「うん、いく」
ハルトは素直に、眞空の提案にうなずく。
「冬夜はどうする? 歩くのつらいなら、ここで待っててもいいよ?」
しゃがんだまま冬夜を見上げ、眞空が尋ねると、
「……行くよ。僕も、眞空とはぐれたらやだし」
と、少し心細そうに冬夜が答えた。急に子供に返ったように拗ねた口調で言う冬夜に、眞空がくすっと笑みを浮かべる。
外では澄ましてイイコぶってるくせに、おれの前でだけは、やっぱりいつまでも可愛い弟だ──。
こんなの、いくらでも甘やかしてやりたくなる。
眞空は勢いよく立ち上がると、ハルトの小さな手を取り、冬夜には左腕を差し出した。
「よし、じゃあみんなで行こう」
眞空は右手でハルトと手をつなぎ、冬夜に左腕を貸しながら、駅までの道を戻っていた。
屋台の大通りは先刻よりもさらに混雑していて、子供と怪我人を連れて歩くのは難易度が高すぎると判断し、そのまま一本奥の道を使って行くことにした。ハルトが不安にならないようにと雑談をしながら、幼いハルトと、変わらず歩きづらそうにしている冬夜に合わせて、眞空も当然慣れてはいない下駄でゆっくりと歩を進める。
「ハルトくんは、ママと二人で花火見に来たの?」
「ううん、たっくんもいっしょ!」
ハルトは人見知りをしない子供のようで、眞空の問いかけにはなんでも物怖じせずに答えてくれる。
「たっくんは、弟?」
「うん、たっくんは3さい!」
母親は弟に気を取られて、ハルトから目を離してしまったのかもしれない。ここまで幼くはなかったが、自分たちもきっとこういう場で浮かれては方々で秀春の手を煩わせていたのだろうと、当時の父の苦労を思うと眞空は頭が下がる思いでいっぱいになる。
「ねぇねぇ」
すっかり眞空に心を開いたハルトが、眞空を見上げて無邪気に呼びかけた。
「んー? なぁに?」
「なんでそっちのおにいちゃんは、ずっとおにいちゃんにくっついてるの? ひとりであるけないの?」
眞空にしがみつきながら歩く冬夜を、ハルトが不思議そうにきょとんとのぞき込む。眞空を挟んだ反対側のハルトと目が合って、冬夜が苦笑を顔にのせた。
こんな小さな子にも、ヘンに思われるんだ。男同士だから? ……そうだよね。やっぱりちょっと、離れた方がよさそう……かな。
「……これはね、僕が足をケガ──」
「付き合ってるからだよ」
「──!?」
冬夜の返事に被せるようにして、眞空がきっぱりと言い放った。まさか兄がそんなことを言うとは思わず、冬夜の瞳が大きく見開かれる。
「つきあってるって、なぁに?」
「うーん、わかんないかぁ。恋人同士っていうんだけど」
「ちょ、眞空……」
子供相手に何言ってんのと冬夜がたしなめようとするが、眞空はそれをやさしく無視した。
「こいびと……?」
「恋人ってね、お互いがお互いのこと大好きで、こんな風にぎゅーってくっついたり、いっぱいチューしたりする仲のことだよ」
「チュー……? おにいちゃんとそっちのおにいちゃん、チューするの?」
「するよー、いっぱいする」
「……っ」
どんな顔をすればいいのかわからずに隣でうつむいている冬夜に構わず、眞空は機嫌よく饒舌になっている。
「ハルトもね、ママとパパと、あとたっくんのほっぺにもチューするよ! ママもね、ハルトのほっぺにチューしてくれる!」
「ハルトくんも、ママも、大好きって気持ちがいっぱいだからチューするでしょ?」
「うん!」
「お兄ちゃんもね、このお兄ちゃんのことが大好きだから、すぐにチューしちゃうんだ」
「ふーん……そっかぁ! なかよしなんだね!」
「うん、そう。いいでしょ?」
ひどく自慢気な眞空を見てなんだかうれしくなったハルトが、握っていた眞空の手をぶんぶんと大きく振った。眞空も応えるように、ハルトの小さなてのひらをさらに強く握り返して、一緒にぶんぶんと振る。
こんな小さな可愛らしい存在にも、伝わるものはきっとある。ずいぶんと明るさを落ち着かせてきた夕闇の空の下で、眞空はそう信じた。
「……もう」
呆れるように小さくつぶやいて、冬夜が顔を上げる。子供を前にして戯れているだけだとわかっていても、あたたかくてせつない気持ちが胸の奥底からせり上がってくる。
……好き。僕も大好きだよ、眞空。
心の中だけで伝えて、冬夜はもっと眞空にしがみついた。この際限なく募る気持ちを、どうやったら恋人に全部教えられるかわからなくて、眞空の左腕を潰してしまいそうなほど強く腕を絡める。大好き。大好き……。
冬夜がもっとくっついてきたのがわかって、眞空が恋人に柔らかい眼差しを送った。うれしそうに自分の腕を抱く冬夜の横顔は、相変わらず凛と美しい。
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