スイートホームダイアリー

ゆりすみれ

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“花火の夜に”

【オマケDiary⑧】うちに帰ろう(完)

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「あ」
「あ」

 同じ顔を持つ双子が、互いの顔を見て、呆然と間抜けな声を上げた。タイミングがずれることもなければ、似た声質は綺麗に重なり、まるでひとりの人物が発したかのように美しい音を作る。

 それでもふたりは、個性も内面も考え方もまるで違う、別々の人間だ。

 目が合った途端、海斗の顔からも、眞空の顔からも、血の気がサーッと引いていった。サイアクな場所で遭遇した二人は、見る見る青ざめていく顔を隠す余裕もなく、口をあんぐりとさせるしかない。

「……眞空? どうしたの?」

 突然歩みを止めて固まってしまった眞空の背中から、冬夜がひょこっと顔を出す。そして眞空の目の前で同じように硬直している二番目の兄の姿を確認すると、くしゃっと顔を崩して思いきり吹き出した。

「ふふっ、あはは……っ、嘘でしょ、そんなことある?」

 双子が鉢合わせたのは、ラブホテルのエントランスだった。

「……さすがにこれは……、ねぇよなぁ……」

 海斗のすぐ後ろにいた亜楼も、このハプニングにはどういう顔をしたらいいのかわからず、気まずさから視線を虚空に投げ出してみる。

 ここは花火大会の会場から自宅の方へ一駅戻った大きい駅に建つ、最近新しくできたビルタイプのホテルだった。エントランスにある写真パネルで部屋を選ぶ形式のオーソドックスなラブホで、駅から近いことと部屋数の多いことを売りにしている。

 脱がせたくなったと言った眞空に冬夜は、だったらラブホに行ってみたいなと可愛らしく耳打ちしていた。冬夜の提案にあっさりと乗った眞空はすぐに近辺のホテルを検索し、ここまで連れてきたはいいものの、花火の夜に考えることはみんな一緒だったようであいにくの満室だった。

 満室にがっかりしエントランスから出ようとしていた弟組と、まだ満室を知らずこれから入室しようとしていた兄組が、仲良くかち合った。

「……っ」
「……っ」

 固まっている双子から、まだ言葉は出てこない。母親の腹の中から一緒にいるのに、今が人生でいちばん居たたまれない瞬間かもしれないと、互いに強く感じ合う。

「他にもホテルあるのに、なんで同じとこに同じタイミングで来ちゃうんだろ? すごいね」

 冬夜がくすくす笑いながら言うと、呆れた亜楼が向かいの弟たちにあからさまなジト目を向けた。

「……つうか、高校生が一丁前にラブホなんて来てんじゃねぇよ。高校生はラブホだめだっつの」

「か、海斗だって高校生だろ!? 亜楼だってこっそり連れ込もうとしたくせに、自分のこと棚に上げんのずるいんだけど!」

 さすがにそこは納得がいかなかったようで、しばらく言葉を発することを忘れていた眞空が、ふと我に返り強めの反論に出る。眞空が長兄に噛みつくのは珍しく、噛みつかれた亜楼も少しわくわくしたように、やんのかコラと応戦する気満々だ。

「こら、けんかしないの。……大丈夫、僕たち入ってないよ。満室だったから引き返したところ」

「でも、部屋空いてたら入っただろ?」

 意地悪く、亜楼がニヤニヤしながら訊くと、

「だから! それは亜楼たちも同じだろ!?」

 と、眞空もまた突っかかる。

「満、室……?」

 冬夜の言葉を拾って、海斗が問うようにくり返す。落胆と安堵がないまぜになったなんだか不思議な感覚に、海斗は気が抜けたようにハハッと苦笑した。ホテルと聞いて多少の期待もあったが、本当は未知の場所に少し気が張っていたのかもしれない。満室はガキが背伸びした罰だなと、今はそう仕向けてくれた神様に感謝する。

「結局僕たちって同じ家で育った兄弟だから、思考回路似てるってことだよね。遺伝子越えてさ」

「……花火の日に浮かれてラブホ行く思考回路が似てんの、どうかと思うけど」

 この状況をうまくまとめようとする冬夜に、もう取りつくろっても仕方ないと居たたまれない気持ちには蓋をした海斗が、大きなため息をついてから付け足した。

「さすがに秀春さんに申し訳ない気持ちになってきた……浴衣張り切って準備してくれたのに、息子たちこれだよ!? 泣くよね!?」

 父親っ子の眞空は悲壮感を隠さずに、自分の方が泣きそうになりながら兄弟たちに訴える。

「……あ、……そーいや浴衣だったな」

 ふと今気づいたとでもいうように、亜楼が小さくこぼした。

「あ……」

 弟三人も今さら思い出したと、自分の浴衣や兄弟の浴衣を改めて見回してみる。

「こんなとこで脱いだら、着付けできなくて詰んでたぞ」

「確かに帰れなくなってたね。電車乗れない」

「あー、もうっ、……じゃあよかったよ! 満室で!」

「……っ、もうこのサイテーな会話やめよ……?」

 しゃべり終わった途端、四人で顔を見合わせ、けらけらと笑い出した。花火の夜に、仲睦まじい兄弟の笑い声が天高く吸い込まれていく。

「……帰るか」

 ひとしきり笑って気が済んだ亜楼が、弟たちに向かってそう言った。

「冬夜も今日は堂園家こっち帰ってくんだろ?」

 亜楼が冬夜にだけそう確認すると、末弟は背筋をしゃんとさせ、美しく朗らかに答える。

「うん、そう言ってきてあるよ」

 用意周到な冬夜は、そういうところに抜かりはない。最初から、今夜はたっぷりと眞空に愛されるつもりだった。

「……あ? 冬夜、おまえ歩き方……怪我したのか?」

 眞空の横から下駄を引き摺るようにして歩き出した冬夜を見て、亜楼が心配そうに声を掛けた。眞空に託すと偉そうにしていたくせに、結局過保護の猫かわいがりからは卒業できていない長男である。

「ん、ちょっとね……。あ、そうだ亜楼、聞いてよ。僕たちさっき、迷子の子供をね……」

 冬夜はそのまま、亜楼の隣に移動した。靴擦れのことや、ハルトを交番まで送り届けた話を長兄にしながら、ゆっくりと歩き出す。

 少しずつ離れていく亜楼と冬夜の背をぼんやりと眺めながら、残された双子はしばらくホテルのエントランス前の道で立ち尽くしていた。

「なんかオレら……振り回されてねぇ?」

 海斗がしみじみと、片割れに告げる。

「それはもう……惚れた弱み、的な?」

 眞空もそれには深く共感して、苦笑しながら片割れに教えた。大好きなのだから、しょうがない。

「……その、……亜楼にホテル誘われてさ、もちろん……きょ、興味はあったけど、……」

「うん」

「やっぱ、オレ、……あの家がいい」

 大切なあの家で、大好きな人に愛されたい──。

「……ははっ、……うん、おれもそうかも。おれも、家がいい」

 父に手を引かれ、兄に手を差し伸べられ、弟を迎えたあの家は、いつの間にか大切なものであふれていた。

 かけがえのない、家族。かけがえのない、想い。この家族でしか味わえない、贅沢な感情だ。

「ねぇ海斗、放課後の教室でさ、お互い兄弟が好きって教え合った日のこと覚えてる?」

「ん、覚えてる。まだ最近のことだけど、……もうずっと前のことみてぇだな」

 黄昏に染まる教室で、せーのの合図で兄弟に恋してると打ち明けたあの日を、二人は忘れられるはずがなかった。あの日のほんの少しの勇気が、自分たちをここまで連れてきてくれた。

「あのときさ、父さんと母さん草葉の陰で泣くよな……って、海斗言ったけど」

 兄弟を、同性を、好きと認めるのにまだ後ろめたい気持ちがあった、あのとき。

「ん」

「……こんな幸せなおれたち見て、泣けるはずないよね」

 眞空がそう言って海斗に笑いかけると、海斗は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにつられてくしゃっと笑った。

「だな。泣くわけねぇよ、……こんな、毎日楽しくて、……」

 ──しあわせで。

 その言葉は、胸が詰まって、海斗にはうまく言えなかった。

「あー、えっと……」

 泣き虫な海斗をこれ以上感傷的にさせたらダメだと気づいた眞空が、慌てて話題を変えようとする。

「えっ、と、……あれ? ……海斗、首ンとこ、腫れてる……? ムシさ……」

 片割れの首筋に、別れる前まではなかったはずの派手な赤い痕を見つけて、眞空が不思議そうにのぞき込んだ。眞空は時々、悪意のない鈍感を発揮する。

「わぁっ!? ……こ、これは、亜楼が、勝手に……っ!」
  
 眞空がすべてを言い終わる前に、海斗が被せるようにして叫んだ。慌てて首元を両方のてのひらでバンッと覆い、眞空の目から悪あがきで隠そうとする。

「えぇ!? 亜楼!? え、ごめ、……おれ普通に虫刺されかと思って……」

「は!? えっ!? 虫!? ……も、もしかしなくてもオレ、墓穴掘った……?」

「……ごめん、おれ、もう黙るね」

「……そうして」

 互いに頬を紅潮させ、また気まずくなり、双子は静かに口を閉じた。まさか長男がつけたキスマークに赤面させられる日が来ようとは、寄せ集めの家族になったときには想像もできなかった未来だ。

「おーい、何やってんだー? 行くぞー」

 まだエントランス前で立ち尽くしている双子を振り返り、先に進んでしまった亜楼が声を張って呼ぶ。

「眞空ー? 海斗も早くー」

 冬夜も同じように振り向いて、後ろについてきていなかった二人を呼んだ。

 双子はゆっくりと顔を見合わせ、あまやかに微笑む。

「帰ろっか」

「……ん、帰ろ」

 かつて、ふたりぼっちだと思っていたモノクロの世界は、今はまぶしいほど鮮やかに色づいていて。

 大好きな人たちに呼ばれた海斗と眞空は、少し先で待っていてくれる亜楼と冬夜に追いつくために、軽やかに走り出した。
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