運命のつがいと初恋

鈴本ちか

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運命のつがいと初恋 第2章

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 寒い部屋なのに顔を布団に埋もれさせているとゆっくり目蓋が落ちてくる。
 寝ちゃ駄目、風邪引いちゃうと思いながら忍び寄る睡魔に身を任せていると、テーブルに置いたスマホが震え始めた。
 腕を伸ばしてスマホを見ると東園からの着信だった。

「もしもし、どうしたの?」
「今どこにいるんだ? さっきメッセージしたんだけど全然見てくれないから」

 慌ててスマホのメッセージを確認する。確かに三十分前に病院はどうだったとメッセージが入っていた。

「あ、ごめん。部屋の窓開けたりしてて。病院は特に問題なし。今まで通りの薬を貰ってきた」
「そうか、それは良かった。で、部屋って今、マンションにいるのか? とうとう片付ける気になったか」

 とうとうって。東園の言う片付けは引っ越し作業のことだ。電話の向こうには見えてないけれど首を振りながら違う、空気の入れ換えだけ、と応えた。

「迎え行くからそこにいろよ」
「ん? 馨、まだ仕事だよね?」 

 馨と呼びかけるのにもすっかり慣れた。
 東園と東園の姉の子である凛子は当然ながら名字が違う。凛子の今後についてはまだどうなるのか分からない状態なので、混乱を避けるため下の名前で呼んでくれないか、とお願いされた。
 
「今日は早く帰れたんだ。下で待っててくれ」
「え、……うん分かった。ありがとう」

 迎えに来なくていいよ、と言っても東園は譲らない。この数週間でそういう性格だとよく分かったので、好意は受け取る事にしている。
 うとうとしている場合じゃない。うーんと伸びをして陽向は立ち上がった。小さなクローゼットからダウンを引っ張り出し、もう一度戸締まりを確認した。
 マンションの下で待っていると見慣れた黒いセダン車が目の前で停まった。運転席の東園が窓を開け「乗って」と言うので助手席に乗り込む。
 今朝見た東園はスーツだったけれどグレーのセーターと黒いジャケットに着替えている。
 車内のデジタル時計は一七時半。
 随分早く帰ってこれたんだなと思う。今までで一番早い帰宅だ。

「ありがとう。今日早かったんだね」
「ああ、凛子も帰っているよ。検診次はいつ?」
「そうだよね、りんちゃんお家の時間だよね。お土産でも買って帰るかな。えーと検診ね、次はええと、」

 確か三月の一週目の土曜日にしたはずだ。スマホに予定を書き込んだので間違いないか確認する。よし、記憶力大丈夫。

「三月四日の土曜日だよ。あ、りんちゃんは今、三浦さんと一緒?」
「ああ、俺たちが帰るまでいてくれるそうだ。次は三月な。で、検診結果は良好だったんだよな」 

 陽向をちらりと見たあと東園はまた前方へ視線を戻す。

「うん、今まで問題があった事がないよ」
「今までに? なにもないって事あるのか? よく抑制剤が合わなくてトラブルに、なんてニュースあるだろ。過去に一度もなかったのか」

 またちらりと視線だけ寄越す。

「それが本当になにもないんだよね。母がΩだから小学校前に検査受けさせられて分かったんだ。それからずっと抑制剤を服用してるからかな、実は発情期もあんまり感じた事がないんだ」
「発情期がないってことか?」
「ううん、発情期は多分あるけど微熱が出るくらいで生活に全く問題ないんだ。仕事も休んだことない。Ωのレベル、なんてあるのか分からないけど、そういうのが低いんじゃないかな。普通はΩってαが分かるって言われてるけど全然分からないんだよね。ま、自分としては生きやすいからありがたいけど」

 東園は難しい顔で前を見ながらそうか、と呟いた。
 聞かれた事に答えながら、こんなことまですらすら話す自分に自分で驚いている。康平とも話した記憶がない。いや、康平はそんなこと聞くような奴じゃないので聞かれた事がないだけだろう。ほんの数週間なのにずいぶん慣れたものだと思う。
 暫く考え事でもしているのか黙っていた東園だったがまだ自宅ではないのに車を駐車しはじめた。

「ここどこ?」
「行けば分かるよ」

 にっと笑った東園に子供っぽいこと言うんだなと思う。
 店なら駐車場に看板があるから分かりそうなもの。しかし車から降りて見回すけれど、看板も店もない。住宅街にあるただの駐車場だ。

「こっちだ」

 東園が指したのは駐車場奥の生け垣だった。東園について歩き始める。生け垣は一部隙間がありそこから大人二人は並んで歩けないほどの小道が続いていた。
 平石が配置された歩道に、草丈の低い可愛らしい花が咲いている。その奥にはさまざまな種類の樹木が並び立っている。紅葉した葉が数枚残った枝ばかりの木もあれば青々茂る木もある。その可愛らしさにわぁと声を上げた。

「ファンタジーっぽい道だね。先に魔女の家とかありそう」
「魔女の家はないけど、陽向は喜ぶんじゃないかな」

 前を歩く東園の声が弾んでいる。なんだろう。自分が喜びそうな場所って。
 小道は東園で塞がっていて先まで見通せない。
 ふと東園は首もとが寒そうだなと思う。陽向はマフラーをしているけど、それでも今日は寒い。
 先が開け東園が立ち止まった隣に並ぶと木々に囲まれた小さな家があった。
 レンガ作りの家を大小様々な種類の草木が囲んでいる。自生しているようだれどきっとそう見えるように配置されているんじゃないかと思う。北欧のハウスカタログに載っていそうな可愛らしさにため息が出る。
 
「うわ、思った通りの感じだ。いいなあ、こんな家に住んでみたい」
「え」

 随分と身の詰まった「え」だった。隣を見ると東園は陽向と可愛い家を交互に見たあと目を瞬かせた。

「だって可愛くない?」
「いやでも、うちは新築だし、家具家電揃ってるから暮らしやすいと思うけど」
「……見た目が可愛いから、一日だけでもって話だよ。そりゃお宅の方がずっと暮らすにはいいと思うよ。なに競ってるの」

 笑いながらうけるーと顔をのぞき込むと東園はきゅっと眉を寄せ「いこう」と歩き出した。
 大股で先に行くし、ここ誰かの家なの、と聞いても答えてくれなかったので、からかいすぎたかもしれない。

「馨くん、ごめんて」

 腕を引くのと東園が扉を開くのと、同時だった。ふわりと甘い香りが漂い陽向は東園の後ろから扉の向こうを覗き込んだ。
 妙に輝いて見えるガラスのショーケースに鮮やかなケーキとカラフルなマカロンが並んでいる。

「うわあ、綺麗」 

 店内は外観の雰囲気そのままに至る所にこびとや猫の人形が飾られ、本当にファンタジー小説に出てくる魔女や薬屋さんがひょこっと出てきそうだ。扉の横に大きなクリスマスツリーがあってその青、赤、黄、ピンク、緑の電飾がガラスに映っている。
 バターのいい匂いとバニラの甘さをいっぱいに吸い込んではあと息をついた。

「身体の中がいい匂いで浄化された感じ」
「今まで汚れてたのかよ。ここ、来たいって言ってただろ」
「言ったかな、……あ、もしかして誕生日ケーキのところ?」

 陽向の誕生日が先月二十日で、東園が会社帰りにバースデーケーキを買ってきてくれたのだ。
 一人暮らしを始めてからというもの、当日に誕生日を祝う、なんてことなかったのでもういいのに、と言いながらもちょっと嬉しかった。
 ホールケーキなんて何年振りかも分からないほどだが東園の買ってきたバースデーケーキは陽向のよく知っている生クリームにイチゴの乗ったものとは違っていた。
 チョコケーキの土台にマカロンとフルーツ、砂糖菓子の小さなマーガレットが可愛らしく飾られていてその華やかさに驚いた。
 その時、東園にどこで買ったのか聞いた気がする。行ってみたいとも確か言った。

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