運命のつがいと初恋

鈴本ちか

文字の大きさ
26 / 76
運命のつがいと初恋 第2章

しおりを挟む
 寒い部屋なのに顔を布団に埋もれさせているとゆっくり目蓋が落ちてくる。
 寝ちゃ駄目、風邪引いちゃうと思いながら忍び寄る睡魔に身を任せていると、テーブルに置いたスマホが震え始めた。
 腕を伸ばしてスマホを見ると東園からの着信だった。

「もしもし、どうしたの?」
「今どこにいるんだ? さっきメッセージしたんだけど全然見てくれないから」

 慌ててスマホのメッセージを確認する。確かに三十分前に病院はどうだったとメッセージが入っていた。

「あ、ごめん。部屋の窓開けたりしてて。病院は特に問題なし。今まで通りの薬を貰ってきた」
「そうか、それは良かった。で、部屋って今、マンションにいるのか? とうとう片付ける気になったか」

 とうとうって。東園の言う片付けは引っ越し作業のことだ。電話の向こうには見えてないけれど首を振りながら違う、空気の入れ換えだけ、と応えた。

「迎え行くからそこにいろよ」
「ん? 馨、まだ仕事だよね?」 

 馨と呼びかけるのにもすっかり慣れた。
 東園と東園の姉の子である凛子は当然ながら名字が違う。凛子の今後についてはまだどうなるのか分からない状態なので、混乱を避けるため下の名前で呼んでくれないか、とお願いされた。
 
「今日は早く帰れたんだ。下で待っててくれ」
「え、……うん分かった。ありがとう」

 迎えに来なくていいよ、と言っても東園は譲らない。この数週間でそういう性格だとよく分かったので、好意は受け取る事にしている。
 うとうとしている場合じゃない。うーんと伸びをして陽向は立ち上がった。小さなクローゼットからダウンを引っ張り出し、もう一度戸締まりを確認した。
 マンションの下で待っていると見慣れた黒いセダン車が目の前で停まった。運転席の東園が窓を開け「乗って」と言うので助手席に乗り込む。
 今朝見た東園はスーツだったけれどグレーのセーターと黒いジャケットに着替えている。
 車内のデジタル時計は一七時半。
 随分早く帰ってこれたんだなと思う。今までで一番早い帰宅だ。

「ありがとう。今日早かったんだね」
「ああ、凛子も帰っているよ。検診次はいつ?」
「そうだよね、りんちゃんお家の時間だよね。お土産でも買って帰るかな。えーと検診ね、次はええと、」

 確か三月の一週目の土曜日にしたはずだ。スマホに予定を書き込んだので間違いないか確認する。よし、記憶力大丈夫。

「三月四日の土曜日だよ。あ、りんちゃんは今、三浦さんと一緒?」
「ああ、俺たちが帰るまでいてくれるそうだ。次は三月な。で、検診結果は良好だったんだよな」 

 陽向をちらりと見たあと東園はまた前方へ視線を戻す。

「うん、今まで問題があった事がないよ」
「今までに? なにもないって事あるのか? よく抑制剤が合わなくてトラブルに、なんてニュースあるだろ。過去に一度もなかったのか」

 またちらりと視線だけ寄越す。

「それが本当になにもないんだよね。母がΩだから小学校前に検査受けさせられて分かったんだ。それからずっと抑制剤を服用してるからかな、実は発情期もあんまり感じた事がないんだ」
「発情期がないってことか?」
「ううん、発情期は多分あるけど微熱が出るくらいで生活に全く問題ないんだ。仕事も休んだことない。Ωのレベル、なんてあるのか分からないけど、そういうのが低いんじゃないかな。普通はΩってαが分かるって言われてるけど全然分からないんだよね。ま、自分としては生きやすいからありがたいけど」

 東園は難しい顔で前を見ながらそうか、と呟いた。
 聞かれた事に答えながら、こんなことまですらすら話す自分に自分で驚いている。康平とも話した記憶がない。いや、康平はそんなこと聞くような奴じゃないので聞かれた事がないだけだろう。ほんの数週間なのにずいぶん慣れたものだと思う。
 暫く考え事でもしているのか黙っていた東園だったがまだ自宅ではないのに車を駐車しはじめた。

「ここどこ?」
「行けば分かるよ」

 にっと笑った東園に子供っぽいこと言うんだなと思う。
 店なら駐車場に看板があるから分かりそうなもの。しかし車から降りて見回すけれど、看板も店もない。住宅街にあるただの駐車場だ。

「こっちだ」

 東園が指したのは駐車場奥の生け垣だった。東園について歩き始める。生け垣は一部隙間がありそこから大人二人は並んで歩けないほどの小道が続いていた。
 平石が配置された歩道に、草丈の低い可愛らしい花が咲いている。その奥にはさまざまな種類の樹木が並び立っている。紅葉した葉が数枚残った枝ばかりの木もあれば青々茂る木もある。その可愛らしさにわぁと声を上げた。

「ファンタジーっぽい道だね。先に魔女の家とかありそう」
「魔女の家はないけど、陽向は喜ぶんじゃないかな」

 前を歩く東園の声が弾んでいる。なんだろう。自分が喜びそうな場所って。
 小道は東園で塞がっていて先まで見通せない。
 ふと東園は首もとが寒そうだなと思う。陽向はマフラーをしているけど、それでも今日は寒い。
 先が開け東園が立ち止まった隣に並ぶと木々に囲まれた小さな家があった。
 レンガ作りの家を大小様々な種類の草木が囲んでいる。自生しているようだれどきっとそう見えるように配置されているんじゃないかと思う。北欧のハウスカタログに載っていそうな可愛らしさにため息が出る。
 
「うわ、思った通りの感じだ。いいなあ、こんな家に住んでみたい」
「え」

 随分と身の詰まった「え」だった。隣を見ると東園は陽向と可愛い家を交互に見たあと目を瞬かせた。

「だって可愛くない?」
「いやでも、うちは新築だし、家具家電揃ってるから暮らしやすいと思うけど」
「……見た目が可愛いから、一日だけでもって話だよ。そりゃお宅の方がずっと暮らすにはいいと思うよ。なに競ってるの」

 笑いながらうけるーと顔をのぞき込むと東園はきゅっと眉を寄せ「いこう」と歩き出した。
 大股で先に行くし、ここ誰かの家なの、と聞いても答えてくれなかったので、からかいすぎたかもしれない。

「馨くん、ごめんて」

 腕を引くのと東園が扉を開くのと、同時だった。ふわりと甘い香りが漂い陽向は東園の後ろから扉の向こうを覗き込んだ。
 妙に輝いて見えるガラスのショーケースに鮮やかなケーキとカラフルなマカロンが並んでいる。

「うわあ、綺麗」 

 店内は外観の雰囲気そのままに至る所にこびとや猫の人形が飾られ、本当にファンタジー小説に出てくる魔女や薬屋さんがひょこっと出てきそうだ。扉の横に大きなクリスマスツリーがあってその青、赤、黄、ピンク、緑の電飾がガラスに映っている。
 バターのいい匂いとバニラの甘さをいっぱいに吸い込んではあと息をついた。

「身体の中がいい匂いで浄化された感じ」
「今まで汚れてたのかよ。ここ、来たいって言ってただろ」
「言ったかな、……あ、もしかして誕生日ケーキのところ?」

 陽向の誕生日が先月二十日で、東園が会社帰りにバースデーケーキを買ってきてくれたのだ。
 一人暮らしを始めてからというもの、当日に誕生日を祝う、なんてことなかったのでもういいのに、と言いながらもちょっと嬉しかった。
 ホールケーキなんて何年振りかも分からないほどだが東園の買ってきたバースデーケーキは陽向のよく知っている生クリームにイチゴの乗ったものとは違っていた。
 チョコケーキの土台にマカロンとフルーツ、砂糖菓子の小さなマーガレットが可愛らしく飾られていてその華やかさに驚いた。
 その時、東園にどこで買ったのか聞いた気がする。行ってみたいとも確か言った。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

出会ったのは喫茶店

ジャム
BL
愛情・・・ 相手をいつくしみ深く愛すること・・・ 僕にはそんな感情わからない・・・ 愛されたことがないのだから・・・ 人間として生まれ、オメガであることが分かり、両親は僕を疎ましく思うようになった そして家を追い出される形でハイワード学園の寮に入れられた・・・ この物語は愛情を知らないオメガと愛情をたっぷり注がれて育った獅子獣人の物語 この物語には「幼馴染の不良と優等生」に登場した獅子丸博昭の一人息子が登場します。

没落貴族の愛され方

シオ
BL
魔法が衰退し、科学技術が躍進を続ける現代に似た世界観です。没落貴族のセナが、勝ち組貴族のラーフに溺愛されつつも、それに気付かない物語です。 ※攻めの女性との絡みが一話のみあります。苦手な方はご注意ください。

肩甲骨に薔薇の種(アルファポリス版・完結済)

おにぎり1000米
BL
エンジニアの三波朋晴はモデルに間違われることもある美形のオメガだが、学生の頃から誰とも固定した関係を持つことができないでいる。しかしとあるきっかけで年上のベータ、佐枝峡と出会い、好意をもつが… *オメガバース(独自設定あり)ベータ×オメガ 年齢差カプ *『まばゆいほどに深い闇』の脇キャラによるスピンオフなので、キャラクターがかぶります。本編+後日談。他サイト掲載作品の改稿修正版につきアルファポリス版としましたが、内容はあまり変わりません。

耳付きオメガは生殖能力がほしい【オメガバース】

さか【傘路さか】
BL
全7話。猪突猛進型な医療魔術師アルファ×巻き込まれ型な獣耳のある魔術師オメガ。 オメガであるフェーレスには獣の耳がある。獣の耳を持つ『耳付き』は膨大な魔力を有するが、生殖能力がないとされている存在だ。 ある日、上司を経由して、耳付きに生殖能力がない原因を調べたい、と研究協力の依頼があった。 依頼をしたのは同じ魔術研究所で働くアルファ……イザナだった。 彼は初対面の場で『フェーレスの番に立候補』し、研究を一緒に進めようと誘ってくる。 急に詰められる距離を拒否するフェーレスだが、彼のあまりの勢いに少しずつ丸め込まれていく。 ※小説の文章をコピーして無断で使用したり、登場人物名を版権キャラクターに置き換えた二次創作小説への転用は一部分であってもお断りします。 無断使用を発見した場合には、警告をおこなった上で、悪質な場合は法的措置をとる場合があります。 自サイト: https://sakkkkkkkkk.lsv.jp/ 誤字脱字報告フォーム: https://form1ssl.fc2.com/form/?id=fcdb8998a698847f

あなたの家族にしてください

秋月真鳥
BL
 ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。  情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。  闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。  そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。  サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。  対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。  それなのに、なぜ。  番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。  一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。  ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。  すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。 ※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。 ※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。

泡にはならない/泡にはさせない

BL
――やっと見つけた、オレの『運命』……のはずなのに秒でフラれました。――  明るくてお調子者、だけど憎めない。そんなアルファの大学生・加原 夏樹(かはらなつき)が、ふとした瞬間に嗅いだ香り。今までに経験したことのない、心の奥底をかき乱す“それ”に導かれるまま、出会ったのは——まるで人魚のようなスイマーだった。白磁の肌、滴る水、鋭く澄んだ瞳、そしてフェロモンが、理性を吹き飛ばす。出会った瞬間、確信した。 「『運命だ』!オレと『番』になってくれ!」  衝動のままに告げた愛の言葉。けれど……。 「運命論者は、間に合ってますんで。」  返ってきたのは、冷たい拒絶……。  これは、『運命』に憧れる一途なアルファと、『運命』なんて信じない冷静なオメガの、正反対なふたりが織りなす、もどかしくて、熱くて、ちょっと切ない恋のはじまり。  オメガバースという世界の中で、「個」として「愛」を選び取るための物語。  彼が彼を選ぶまで。彼が彼を認めるまで。 ——『運命』が、ただの言葉ではなくなるその日まで。

胎児の頃から執着されていたらしい

夜鳥すぱり
BL
好きでも嫌いでもない幼馴染みの鉄堅(てっけん)は、葉月(はづき)と結婚してツガイになりたいらしい。しかし、どうしても鉄堅のねばつくような想いを受け入れられない葉月は、しつこく求愛してくる鉄堅から逃げる事にした。オメガバース執着です。 ◆完結済みです。いつもながら読んで下さった皆様に感謝です。 ◆表紙絵を、花々緒さんが描いて下さいました(*^^*)。葉月を常に守りたい一途な鉄堅と、ひたすら逃げたい意地っぱりな葉月。

ベータですが、運命の番だと迫られています

モト
BL
ベータの三栗七生は、ひょんなことから弁護士の八乙女梓に“運命の番”認定を受ける。 運命の番だと言われても三栗はベータで、八乙女はアルファ。 執着されまくる話。アルファの運命の番は果たしてベータなのか? ベータがオメガになることはありません。 “運命の番”は、別名“魂の番”と呼ばれています。独自設定あり ※ムーンライトノベルズでも投稿しております

処理中です...