『番になってなど、やらない。──そう決めていたのに』

春夜夢

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第8話:嘘の番、ほんとうの心

「──リオン。話がある」

 いつものように、事務的な顔をして屋敷の書斎へ足を運んだ。
 けれど今日は違う。セイルは逃げなかった。問い詰めると決めて、ここに来た。

 リオンは、静かに顔を上げる。

「……聞いていたのか、ラディスとの会話を」

「うん。全部じゃないけど、“番を潰された”とか、“間に合わなかった”とか……それくらいは」

 短く息を呑む音がした。
 だがリオンは、驚いた様子もなく、ただ机から離れて静かに近づいてくる。

「話すべきことだとは……思っていた」

 セイルはリオンの目を見た。
 この数年、何度も夢に出てきた目。拒絶されるときに見た、冷たい光。

 ──けれど、今のリオンの瞳は、あのときと違っていた。

「……あの時。俺は、君を守ろうとした。
 “番”であることが知れれば、君の家は国王派に粛清される可能性があった。
 ユルグレイン家は、中立派として危うい立場だったから」

「そんなの、知らなかった……!」

「そうだな。お前に説明する時間も、許されなかった」

 リオンの声がかすれる。こんなふうに、彼が感情を見せるのは初めてだった。

「君を、家から追い出すしかなかった。婚約を解消すれば、政治的な“番の繋がり”も切れる。
 お前を庇うには……それしか、なかった」

「そんな……」

 セイルは拳を握る。
 ずっと恨んできた。裏切られたと思っていた。
 でもリオンは──あの時、たった一人で、彼なりに“守ろうとしていた”。

「どうして……言ってくれなかった」

「俺は、お前に……嫌われてもいいと思った。生きていてくれれば、それで」

 感情が、波のように胸に押し寄せてくる。
 泣きたくないのに、涙が止まらなかった。

「バカだな……君も、僕も……」

「そうだな。どうしようもないバカだ」

 そっと、リオンの指がセイルの頬を拭った。
 この距離が、何年ぶりだろう。
 あの時切れたと思っていた“番の糸”が、今また結び直されていく気がした。

 ──だが。

「リオン様、王宮からの伝令です」

 扉の向こうで侍従の声がした。

「王太子殿下より、“正式に番となったΩ”との謁見を求められております」

 空気が、凍りついた。
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