婚約破棄された悪役令嬢ですが、なぜか変人侯爵に溺愛されてます

春夜夢

文字の大きさ
5 / 70
第一部「ブレナード反逆編」

第5話:新生活初日と、朝食での異変

しおりを挟む
朝。鳥のさえずりと共に目を覚ました私は、穏やかな日差しが差し込む窓辺に視線をやった。

 ──そうだ。今日から私は、グランデ侯爵家の“夫人”として、ここで暮らしていくのだ。

 形式だけの契約結婚。
 恋愛感情も、甘い言葉も、必要ない。私はそう決めていた。

 けれど。

 「……おはよう、レイナ」

 朝食の席に着いた私に、アレクシスが“当然のように”そう声をかけてきた時、私は思わずナイフとフォークを取り落としそうになった。

 「……お、おはようございます。閣下」

 「“おはよう”は契約上の挨拶だ。義務として言っている」

 「ええ、承知しています。驚いたのは、あまりにも自然だったからでして」

 言いながらも、昨日の夜のことを思い出す。
 わざわざ私の部屋を訪れ、「おやすみ」を伝え、詩集を置いていった彼の姿が、胸の奥をやさしく揺らした。

 ――ずるい人。形式の中に、感情を忍ばせてくる。

 執事が手際よくサーブしていく。
 ふわふわのオムレツに焼きたてのパン、香り立つ紅茶。すべてが丁寧に整えられていて、見た目も美しい。

 「レイナ、何か好みはあるか?」

 「そうですね……トマトは少し苦手ですが、他は大抵いただけますわ」

 「以後、献立から除外させよう」

 「えっ」

 「不要なものを排除するのは、生活の最適化につながる」

 彼は真剣に言っている。しかも、本気で献立表を書き換えようとしているあたり、冗談ではないらしい。

 「……“夫人だから特別扱い”というわけではないですわよね?」

 「“契約相手”だから、だ」

 そう返す彼の横顔に、私はまたしても言葉を失った。

 * * *

 食後、私は侍女と共に屋敷内のルールや動線を確認する時間をもらい、館内を歩いた。

 使用人たちは皆、整然としていて礼儀正しく、私を“侯爵夫人”として迎える準備ができているようだった。

 それでも、どこか空気が張り詰めている。
 完璧すぎる秩序には、妙な“沈黙”が潜んでいた。

 ふと、廊下の端で立ち止まる。
 東棟と西棟を分ける小さな扉の前。そこは“閉ざされた空間”のように感じられた。

 「……ここは?」

 「西棟でございます。現在は使用されておりません」

 「誰か、住んでいたのですか?」

 侍女の手が、ほんの一瞬、止まった。
 だがすぐに、柔らかな笑みが戻る。

 「かつて、前侯爵ご夫妻が。……今は、空室でございます」

 ――その返答は正しい。けれど、何かを隠しているような、そんな違和感が残った。

 * * *

 その日の午後。応接間で書状を整理していると、兄ロイから手紙が届いた。

 《変人だが、悪人ではない。だが気を抜くな。》

 相変わらずぶっきらぼうな兄の文章に、思わず微笑んだ。

 アレクシスは、変わり者だ。
 だが、私に優しい。おそらく彼自身、どう優しくすればいいのか、まだ手探りなのだ。

 だから、私はまだ信じない。
 信じるには早すぎるし、傷つきたくもない。

 ただ、それでも――

 「……レイナ?」

 部屋の扉をノックせずに開けた彼が、少しだけ焦ったように私を覗き込んできた。

 「閣下、ノックは……」

 「悪い。だが、君が戻ってこないから、体調でも崩したのではと」

 その言葉に、胸の奥がじわりと温かくなる。

 「……心配してくださったんですの?」

 「“契約相手”が倒れると困る」

 そう言ってそっぽを向いた彼の耳が、ほんの少し赤くなっている気がしたのは、気のせいだろうか。

* * *

 夜。

 寝室に戻ると、枕元に置かれた小箱に気づいた。
 中には、小さな髪留めが一つ。淡いラベンダー色の石が、控えめに光っている。

 「……また、ずるいことを」

 タグも手紙もない。でも、誰からの贈り物かなんて、わかりきっていた。

 心の距離は、まだ遠い。
 でも、少しずつ近づいているのかもしれない。

 “契約だから”と割り切ったはずの関係に、確かに何かが芽吹き始めている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

悪役令嬢と誤解され冷遇されていたのに、目覚めたら夫が豹変して求愛してくるのですが?

いりん
恋愛
初恋の人と結婚できたーー これから幸せに2人で暮らしていける…そう思ったのに。 「私は夫としての務めを果たすつもりはない。」 「君を好きになることはない。必要以上に話し掛けないでくれ」 冷たく拒絶され、離婚届けを取り寄せた。 あと2週間で届くーーそうしたら、解放してあげよう。 ショックで熱をだし寝込むこと1週間。 目覚めると夫がなぜか豹変していて…!? 「君から話し掛けてくれないのか?」 「もう君が隣にいないのは考えられない」 無口不器用夫×優しい鈍感妻 すれ違いから始まる両片思いストーリー

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄された人たらし悪役令嬢ですが、 最強で過保護な兄たちと義姉に溺愛されています

由香
ファンタジー
婚約破棄のその日、 悪役令嬢リリアーナは――弁明すら、しなかった。 王太子と“聖女”に断罪され、すべてを失った彼女。 だがその裏で、王国最強と名高い三人の兄と、 冷静沈着な義姉が、静かに動き始めていた。 再検証によって暴かれる“聖女の嘘”。 広場で語られる真実。 そして、無自覚に人を惹きつけてしまう リリアーナの優しさが、次々と味方を増やしていく――。 これは、 悪役令嬢として断罪された少女が、 「誰かの物語の脇役」ではなく、 自分自身の人生を取り戻す物語。 過保護すぎる兄たちと義姉に溺愛されながら、 彼女は静かに、そして確実に幸せへ向かっていく。

死亡予定の脇役令嬢に転生したら、断罪前に裏ルートで皇帝陛下に溺愛されました!?

六角
恋愛
「え、私が…断罪?処刑?――冗談じゃないわよっ!」 前世の記憶が蘇った瞬間、私、公爵令嬢スカーレットは理解した。 ここが乙女ゲームの世界で、自分がヒロインをいじめる典型的な悪役令嬢であり、婚約者のアルフォンス王太子に断罪される未来しかないことを! その元凶であるアルフォンス王太子と聖女セレスティアは、今日も今日とて私の目の前で愛の劇場を繰り広げている。 「まあアルフォンス様! スカーレット様も本当は心優しい方のはずですわ。わたくしたちの真実の愛の力で彼女を正しい道に導いて差し上げましょう…!」 「ああセレスティア!君はなんて清らかなんだ!よし、我々の愛でスカーレットを更生させよう!」 (…………はぁ。茶番は他所でやってくれる?) 自分たちの恋路に酔いしれ、私を「救済すべき悪」と見なすめでたい頭の二人組。 あなたたちの自己満足のために私の首が飛んでたまるものですか! 絶望の淵でゲームの知識を総動員して見つけ出した唯一の活路。 それは血も涙もない「漆黒の皇帝」と万人に恐れられる若き皇帝ゼノン陛下に接触するという、あまりに危険な【裏ルート】だった。 「命惜しさにこの私に魂でも売りに来たか。愚かで滑稽で…そして実に唆る女だ、スカーレット」 氷の視線に射抜かれ覚悟を決めたその時。 冷酷非情なはずの皇帝陛下はなぜか私の悪あがきを心底面白そうに眺め、その美しい唇を歪めた。 「良いだろう。お前を私の『籠の中の真紅の鳥』として、この手ずから愛でてやろう」 その日から私の運命は激変! 「他の男にその瞳を向けるな。お前のすべては私のものだ」 皇帝陛下からの凄まじい独占欲と息もできないほどの甘い溺愛に、スカーレットの心臓は鳴りっぱなし!? その頃、王宮では――。 「今頃スカーレットも一人寂しく己の罪を反省しているだろう」 「ええアルフォンス様。わたくしたちが彼女を温かく迎え入れてあげましょうね」 などと最高にズレた会話が繰り広げられていることを、彼らはまだ知らない。 悪役(笑)たちが壮大な勘違いをしている間に、最強の庇護者(皇帝陛下)からの溺愛ルート、確定です!

愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!

香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。 ある日、父親から 「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」 と告げられる。 伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。 その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、 伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。 親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。 ライアンは、冷酷と噂されている。 さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。 決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!? そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?

処理中です...