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第二部「風薫る港町と、新たな胎動」
第4話:再決意と揺らぐ足元
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風が変わった。
それは天気の話ではない。
町を流れる“空気”そのものが、何かを孕み始めた。
穏やかだった潮風に、警戒と好奇が混じり始めているのを――私は確かに、肌で感じていた。
* * *
「レイナ様、少し顔色が優れませんね。お加減は?」
「大丈夫……です。少し、めまいがしただけですから」
市場から戻る途中、私は宿の玄関で一瞬、足を取られそうになった。
妊娠初期の不調。それは知識としては理解していたけれど、思った以上に身体にくる。
「あなたの言う“大丈夫”は、まったく信用ならないんだが」
いつの間にか、アレクシスが背後にいて、支えるように腕を回していた。
「……そんなに、顔に出ていました?」
「いいや、顔より手が冷たい。無理はするな」
彼の腕の中は、あたたかい。
私は、ふと彼の胸元に顔を預けながら、囁いた。
「ねえ、アレクシス。……このまま逃げるように暮らしていくことが、許されないなら」
「……ああ」
「なら、せめて、“私たちらしい形”で立ちたい」
アレクシスの手が、そっと私の腹に触れる。
「……君の望む形なら、僕は全力で支える。君が選んだ“命の守り方”が、僕の選び方だ」
* * *
その夜。
町の教会で開かれていた“港の収穫祭”に、私たちも顔を出すことになった。
仮面舞踏会とは違う、素朴で温かい催しだった。
子どもたちが笑い、灯されたランタンが海に浮かび、老いた司祭が祈りの言葉を捧げる――
だが、その中に、一組の“異質な視線”を感じていた。
――視られている。
視線の主は、明らかに“市民”ではなかった。
貴族でもなく、旅人のふりをしているが、私たちと同じ“匂い”を纏っていた。
アレクシスもそれに気づいていたのだろう。
私の背中を庇うように歩き、帰り際に短く呟いた。
「……やはり、町の中にも潜んでいたな。“誰か”の使いが」
「“ヴァルトリウス家”の手ですか?」
「可能性は高い。北の動きは速い。まるで“今度こそ失敗はしない”と、言わんばかりに」
町の小さな広場の隅、ひとりの少年が焚火に火をくべていた。
その光に、私たちの影が伸びる。
「アレクシス様。……もしもの時は、私を置いて行ってください」
「それは、君が一番言ってはいけない台詞だ」
「でも……」
「“戦う理由”があるから、君は生き延びる。なら、“守る理由”があるから、僕も死ねない」
その言葉に、私は何も返せなかった。
ただ――彼の横顔が、あまりに凛としていて、美しくて。
私はこの人と出会えて良かった、と心から思った。
* * *
深夜。
アレクシスが外の警備を確認していた頃、私は一人、宿の部屋にいた。
ふと、机の上に一枚の紙が置かれているのを見つけた。
> 《“胎のうちに消せば、罪にはならない”
そう考える者も、世にはいます》
──V
血の気が引いた。
震える手で紙を握りしめ、周囲を見渡す。誰もいない。
だが、確実に――“何者かがこの部屋に入っていた”。
「……アレクシス……っ」
私は咄嗟にドアを開けた。
廊下を走る足音。遠くに彼の姿。
「レイナ、どうした――!」
「この部屋に、誰かが……! この紙を!」
彼が受け取って目を通すなり、表情が鋭く変わる。
「……警備を強化する。君は、今夜からこの部屋でひとりにはさせない」
私は、ようやく堪えていた震えが解け、彼の胸の中で小さく声を漏らした。
「……怖い、です」
「大丈夫。もう、絶対に誰にも触れさせない」
彼の手が、私の手を包むように重なる。
その温もりだけが、唯一の安心だった。
私は、もう守るものを知っている。
だからこそ、――もう一度、戦う。
どんなに“影”が迫ろうと、この命と未来のために。
それは天気の話ではない。
町を流れる“空気”そのものが、何かを孕み始めた。
穏やかだった潮風に、警戒と好奇が混じり始めているのを――私は確かに、肌で感じていた。
* * *
「レイナ様、少し顔色が優れませんね。お加減は?」
「大丈夫……です。少し、めまいがしただけですから」
市場から戻る途中、私は宿の玄関で一瞬、足を取られそうになった。
妊娠初期の不調。それは知識としては理解していたけれど、思った以上に身体にくる。
「あなたの言う“大丈夫”は、まったく信用ならないんだが」
いつの間にか、アレクシスが背後にいて、支えるように腕を回していた。
「……そんなに、顔に出ていました?」
「いいや、顔より手が冷たい。無理はするな」
彼の腕の中は、あたたかい。
私は、ふと彼の胸元に顔を預けながら、囁いた。
「ねえ、アレクシス。……このまま逃げるように暮らしていくことが、許されないなら」
「……ああ」
「なら、せめて、“私たちらしい形”で立ちたい」
アレクシスの手が、そっと私の腹に触れる。
「……君の望む形なら、僕は全力で支える。君が選んだ“命の守り方”が、僕の選び方だ」
* * *
その夜。
町の教会で開かれていた“港の収穫祭”に、私たちも顔を出すことになった。
仮面舞踏会とは違う、素朴で温かい催しだった。
子どもたちが笑い、灯されたランタンが海に浮かび、老いた司祭が祈りの言葉を捧げる――
だが、その中に、一組の“異質な視線”を感じていた。
――視られている。
視線の主は、明らかに“市民”ではなかった。
貴族でもなく、旅人のふりをしているが、私たちと同じ“匂い”を纏っていた。
アレクシスもそれに気づいていたのだろう。
私の背中を庇うように歩き、帰り際に短く呟いた。
「……やはり、町の中にも潜んでいたな。“誰か”の使いが」
「“ヴァルトリウス家”の手ですか?」
「可能性は高い。北の動きは速い。まるで“今度こそ失敗はしない”と、言わんばかりに」
町の小さな広場の隅、ひとりの少年が焚火に火をくべていた。
その光に、私たちの影が伸びる。
「アレクシス様。……もしもの時は、私を置いて行ってください」
「それは、君が一番言ってはいけない台詞だ」
「でも……」
「“戦う理由”があるから、君は生き延びる。なら、“守る理由”があるから、僕も死ねない」
その言葉に、私は何も返せなかった。
ただ――彼の横顔が、あまりに凛としていて、美しくて。
私はこの人と出会えて良かった、と心から思った。
* * *
深夜。
アレクシスが外の警備を確認していた頃、私は一人、宿の部屋にいた。
ふと、机の上に一枚の紙が置かれているのを見つけた。
> 《“胎のうちに消せば、罪にはならない”
そう考える者も、世にはいます》
──V
血の気が引いた。
震える手で紙を握りしめ、周囲を見渡す。誰もいない。
だが、確実に――“何者かがこの部屋に入っていた”。
「……アレクシス……っ」
私は咄嗟にドアを開けた。
廊下を走る足音。遠くに彼の姿。
「レイナ、どうした――!」
「この部屋に、誰かが……! この紙を!」
彼が受け取って目を通すなり、表情が鋭く変わる。
「……警備を強化する。君は、今夜からこの部屋でひとりにはさせない」
私は、ようやく堪えていた震えが解け、彼の胸の中で小さく声を漏らした。
「……怖い、です」
「大丈夫。もう、絶対に誰にも触れさせない」
彼の手が、私の手を包むように重なる。
その温もりだけが、唯一の安心だった。
私は、もう守るものを知っている。
だからこそ、――もう一度、戦う。
どんなに“影”が迫ろうと、この命と未来のために。
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