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第18話「波紋」
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王都を包んだ熱気は、数日のうちに隣国にも伝わっていた。
“王太子が、番ではない平民との契りを公にした”――
この一報は、友好国だけでなく、かつての魔族との盟約国にも波紋を呼んだ。
そして、その波は、静かに王宮の地下、かつての封印の間へと届いていた。
ユリエル王妃の執務室に、ひとつの文が届けられた。
――“盟約の確認のため、使者を遣わす。応対する者は、かつての契約者であることを望む”――
その差出人は、ルディアス族。
千年前、人と魔の和平を結んだ、魔族側の盟約代表。
「……来るわね、彼が」
ユリエルは、紅茶に口をつけながら静かに呟く。
「契りが崩れれば、盟約も破綻すると――彼はそう伝えに来るでしょう」
一方そのころ。
セイルは、王城内の中庭で、護衛訓練を受けていた。
自ら望んだことだ。
王太子の隣に立ち続けるため、ただ“契約された存在”でいるのではなく、“支えられる存在”になるために。
剣の稽古に汗をにじませていると、ふいに空気が変わった。
「……誰?」
空間が一瞬揺れ、次の瞬間、黒いマントを纏った長身の青年が、影のように現れる。
角のような耳。深い紫の瞳。
「やあ、噂の“偽りの番”くん。初めまして」
「君は……」
「名乗るほどの者じゃないよ。ルディアス族の使者、レオヴィル。
ただ、ちょっと確認に来ただけさ。“王太子の契り”が本物かどうか、ね」
彼の声は優雅でありながら、どこかに冷ややかな棘があった。
「君に聞きたい。“運命”よりも“愛”を選ぶと言ったそうだね。……ふうん。勇気はあるけど、愚かでもある」
セイルは構えたまま、強く返す。
「愚かでも、間違っていても、それが僕の“選択”です」
「……なるほど」
レオヴィルは、わずかに笑った。
その瞬間、セイルの足元の影が伸びる。意識がぼんやりと引き寄せられていく。
「では、君の意志がどれほど強いのか、“契約の深度”を測らせてもらおうか」
そのとき、中庭に走り込んできたレイグランの剣が、影を断ち切った。
「手を出すな、レオヴィル!」
王太子の怒気が込められた声が、空気を裂いた。
「……やれやれ。さすが本物の番じゃないのに、ずいぶん必死だね」
「番ではない。だが、俺は彼を、世界の何よりも優先すると誓った。
その覚悟だけは、神も魔も否定できまい」
レオヴィルは目を細めた。
そして、静かに背を向ける。
「……いいだろう。正式な場で、我々の“立場”を明かすよ。
セイル・アーデル、君が“選ばれた存在”なのか、“選ばれたと錯覚しているだけ”なのか――見せてもらう」
レオヴィルが去ったあと。
レイグランはセイルの額に手を当てた。
「怪我はないか」
「うん……でも、ちょっと怖かった。だけど……」
セイルは、レイグランの胸に顔を預ける。
「あなたが来てくれたから、僕は――折れずにいられた」
レイグランは抱き締めながら、心の底に湧き上がる焦りを隠せなかった。
(レオヴィルの来訪……これは、“番制度の最後の壁”だ)
彼の正体は、かつてユリエル王妃が“契りを交わした者”。
つまり、“もうひとつの運命”だった。
“王太子が、番ではない平民との契りを公にした”――
この一報は、友好国だけでなく、かつての魔族との盟約国にも波紋を呼んだ。
そして、その波は、静かに王宮の地下、かつての封印の間へと届いていた。
ユリエル王妃の執務室に、ひとつの文が届けられた。
――“盟約の確認のため、使者を遣わす。応対する者は、かつての契約者であることを望む”――
その差出人は、ルディアス族。
千年前、人と魔の和平を結んだ、魔族側の盟約代表。
「……来るわね、彼が」
ユリエルは、紅茶に口をつけながら静かに呟く。
「契りが崩れれば、盟約も破綻すると――彼はそう伝えに来るでしょう」
一方そのころ。
セイルは、王城内の中庭で、護衛訓練を受けていた。
自ら望んだことだ。
王太子の隣に立ち続けるため、ただ“契約された存在”でいるのではなく、“支えられる存在”になるために。
剣の稽古に汗をにじませていると、ふいに空気が変わった。
「……誰?」
空間が一瞬揺れ、次の瞬間、黒いマントを纏った長身の青年が、影のように現れる。
角のような耳。深い紫の瞳。
「やあ、噂の“偽りの番”くん。初めまして」
「君は……」
「名乗るほどの者じゃないよ。ルディアス族の使者、レオヴィル。
ただ、ちょっと確認に来ただけさ。“王太子の契り”が本物かどうか、ね」
彼の声は優雅でありながら、どこかに冷ややかな棘があった。
「君に聞きたい。“運命”よりも“愛”を選ぶと言ったそうだね。……ふうん。勇気はあるけど、愚かでもある」
セイルは構えたまま、強く返す。
「愚かでも、間違っていても、それが僕の“選択”です」
「……なるほど」
レオヴィルは、わずかに笑った。
その瞬間、セイルの足元の影が伸びる。意識がぼんやりと引き寄せられていく。
「では、君の意志がどれほど強いのか、“契約の深度”を測らせてもらおうか」
そのとき、中庭に走り込んできたレイグランの剣が、影を断ち切った。
「手を出すな、レオヴィル!」
王太子の怒気が込められた声が、空気を裂いた。
「……やれやれ。さすが本物の番じゃないのに、ずいぶん必死だね」
「番ではない。だが、俺は彼を、世界の何よりも優先すると誓った。
その覚悟だけは、神も魔も否定できまい」
レオヴィルは目を細めた。
そして、静かに背を向ける。
「……いいだろう。正式な場で、我々の“立場”を明かすよ。
セイル・アーデル、君が“選ばれた存在”なのか、“選ばれたと錯覚しているだけ”なのか――見せてもらう」
レオヴィルが去ったあと。
レイグランはセイルの額に手を当てた。
「怪我はないか」
「うん……でも、ちょっと怖かった。だけど……」
セイルは、レイグランの胸に顔を預ける。
「あなたが来てくれたから、僕は――折れずにいられた」
レイグランは抱き締めながら、心の底に湧き上がる焦りを隠せなかった。
(レオヴィルの来訪……これは、“番制度の最後の壁”だ)
彼の正体は、かつてユリエル王妃が“契りを交わした者”。
つまり、“もうひとつの運命”だった。
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