婚約者を処刑したら聖女になってました。けど何か文句ある?

春夜夢

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第十五話:選ばれるべき隣とは

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視察を終えた翌日。
神託庁に、王宮からの“特別書状”が届けられた。

差出人は――第二王子、ジルベルト・エルメイア。

『政務補佐官として、聖女エリス殿を正式に王宮へ迎えたい。
今後の王政改革において、共に歩むことを願う』

政務補佐官――名目上は“側近”の一人にすぎない。
だが、それは即ち「王族の最側近にして、将来の王妃候補にもなりうる」立場だ。

「……堂々と来たわね、ジルベルト」

私は書状を閉じ、ソファに沈んだ。
政の中心に入れば、“聖女”としての務め以上に政治と権謀術数の世界に足を踏み入れることになる。

「……でも、それだけじゃないわよね」

私を“個人として”選んでいる。
それは、あの夜のバルコニーで確かに感じた。

(――私が、“彼の玉座の隣”に立つ未来)

それを想像した時、胸に浮かんだのは
もう一つの“影”。

「エリス様……その書状、読まれましたか?」

気配もなく現れたユリウスに、私は少しだけ微笑んだ。

「ええ。さすがに、王族からの招待は無視できないわ」

「……行くおつもりですか?」

「そうね。“聖女”として、この国の中枢を見るのも必要だから」

それが答えだと察したのだろう。
ユリウスは静かにうなずいたあと、珍しく私の隣に腰を下ろした。

そして――不意に私の手を、指先だけ掠めるように触れた。

「……本当は、あなたに“ここ”にいてほしかった」

「ユリウス……?」

「政務でも、玉座でもない場所。
ただ、俺の隣に――そう願ってしまったんです」

言葉にされると、なぜか胸の奥が痛くなる。

(……私は、何を求めているんだろう)

復讐も果たした。
誇りも取り戻した。
“聖女”としての地位も、未来もある。

それでも、この男の言葉に――
少しだけ、揺れてしまう自分がいた。

「……行くけど、帰ってくるわ。
私はこの場所が好きよ、ユリウス。
あなたが、“真っ直ぐに私を見てくれるから”」

「……それだけで、もう十分です」

そう言った彼は、私の髪を指先でふれ、すぐに手を離した。

それは、触れてしまえば壊れてしまいそうなほど、優しい距離。

でも、心には確かに届いていた。

その夜、私は王宮に向けて旅支度を始めた。

玉座の影に踏み込むその一歩が、
政争と恋愛の両面で、新たな選択を迫ると知らずに――
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