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第9話:春の真実
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黎は、春の村で迎える何度目かの朝に、ふとした違和感を覚えた。
空の色、風の匂い、鳥の声……すべてが、ほんの少しだけ“鮮やかすぎる”のだ。
まるで、絵本の中に迷い込んだような感覚。
そしてその感覚は、春に出会った最初の日――
あの“坂の上”の出来事を思い出させた。
自分の足で坂を登っていたはずなのに、気づけば春がいた。
まるで最初から待っていたかのように、何も問わず、そっと寄り添ってくれた存在。
あのときの出会いは偶然だったのか?
――いや、違う。
「春……君は、いったい何者なんだ?」
*
その日の午後、黎は春を連れて坂の上に向かった。
初めて出会った、あの場所へ。
風が少し強く吹いていた。
桜の花びらが舞い、空と大地の境目が曖昧になるほどに、世界はやさしかった。
「……ここで、最初に会ったね」
「うん。あのとき、黎くんの心は、もう限界だった」
春は、いつものように微笑んでいた。
でも、その瞳の奥に、深い深い光をたたえていた。
「僕は、“ここに来た人”の心に、ほんの少し寄り添うために存在してるんだよ」
「寄り添う……?」
「この村にはね、“戻ってくるための人”が来るんだ。
自分自身に戻るために、感情を思い出すために、何かを手放すために」
「まるで……」
「そう。まるで、“春”のように。
寒さの中にいた人の心を、もう一度あたためて、やわらかくして、次の季節に送り出す」
黎は息をのんだ。
「じゃあ、君は……人じゃないのか?」
春は、少しだけ寂しそうに笑った。
「黎くんがどう思ってくれてもいいよ。
でも僕は、“誰かが人生を取り戻すときだけ、この村に現れる存在”なんだ」
静かに風が吹いた。
春の髪が揺れ、空の青さがその背に広がる。
「……この村は、心の境界にある場所なんだよ。
生と死、過去と未来、逃避と再生――
そのはざまで、もう一度“自分”を見つけるための場所」
黎は、その言葉を全身で受け止めた。
この村に来たのは、偶然ではなかった。
自分を見失い、心が壊れかけていた自分が、“無意識のうちにここを選んだ”のだ。
そして春は、そのために存在している。
「……帰れるのか、俺」
「うん。黎くんはもう、“帰る準備”ができてる」
「でも……」
言葉が詰まった。
まいのこと。
村の人たちのやさしさ。
春の存在。
すべてが、“ここにいたい”と思わせる理由になっていた。
けれど春は、静かに告げる。
「ここに残ることはできる。けれど、それは“進むこと”じゃない。
“無垢に還る”ってことはね、“また一歩を踏み出す勇気”のことなんだよ」
黎は、ゆっくりと目を閉じた。
春の言葉は、まるで――
自分自身が、心の奥でずっと言えなかったことを、代わりに語ってくれているようだった。
*
夜。
黎は、まいのもとを訪ねた。
春のことを話した。
この村のこと、自分のこと、全部。
まいは、静かにうなずき、ノートにこう書いた。
『だから、この村は優しいんだね』
『わたしも、ここに来る前、ずっとひとりだった。
何も感じなくなって、誰かに頼るのが怖くて、言葉を閉じ込めてた。
でも、ここで“涙を流すこと”を思い出した。
だから……ありがとう。黎くんがいてくれて、嬉しかった。』
その言葉に、黎は微笑んだ。
そして静かに言った。
「ありがとう、まい。俺は――もう一度、歩いてみるよ」
まいは、小さくうなずいた。
そして最後に、ノートのページを破って、黎に渡した。
『また、春が来たら会おうね』
空の色、風の匂い、鳥の声……すべてが、ほんの少しだけ“鮮やかすぎる”のだ。
まるで、絵本の中に迷い込んだような感覚。
そしてその感覚は、春に出会った最初の日――
あの“坂の上”の出来事を思い出させた。
自分の足で坂を登っていたはずなのに、気づけば春がいた。
まるで最初から待っていたかのように、何も問わず、そっと寄り添ってくれた存在。
あのときの出会いは偶然だったのか?
――いや、違う。
「春……君は、いったい何者なんだ?」
*
その日の午後、黎は春を連れて坂の上に向かった。
初めて出会った、あの場所へ。
風が少し強く吹いていた。
桜の花びらが舞い、空と大地の境目が曖昧になるほどに、世界はやさしかった。
「……ここで、最初に会ったね」
「うん。あのとき、黎くんの心は、もう限界だった」
春は、いつものように微笑んでいた。
でも、その瞳の奥に、深い深い光をたたえていた。
「僕は、“ここに来た人”の心に、ほんの少し寄り添うために存在してるんだよ」
「寄り添う……?」
「この村にはね、“戻ってくるための人”が来るんだ。
自分自身に戻るために、感情を思い出すために、何かを手放すために」
「まるで……」
「そう。まるで、“春”のように。
寒さの中にいた人の心を、もう一度あたためて、やわらかくして、次の季節に送り出す」
黎は息をのんだ。
「じゃあ、君は……人じゃないのか?」
春は、少しだけ寂しそうに笑った。
「黎くんがどう思ってくれてもいいよ。
でも僕は、“誰かが人生を取り戻すときだけ、この村に現れる存在”なんだ」
静かに風が吹いた。
春の髪が揺れ、空の青さがその背に広がる。
「……この村は、心の境界にある場所なんだよ。
生と死、過去と未来、逃避と再生――
そのはざまで、もう一度“自分”を見つけるための場所」
黎は、その言葉を全身で受け止めた。
この村に来たのは、偶然ではなかった。
自分を見失い、心が壊れかけていた自分が、“無意識のうちにここを選んだ”のだ。
そして春は、そのために存在している。
「……帰れるのか、俺」
「うん。黎くんはもう、“帰る準備”ができてる」
「でも……」
言葉が詰まった。
まいのこと。
村の人たちのやさしさ。
春の存在。
すべてが、“ここにいたい”と思わせる理由になっていた。
けれど春は、静かに告げる。
「ここに残ることはできる。けれど、それは“進むこと”じゃない。
“無垢に還る”ってことはね、“また一歩を踏み出す勇気”のことなんだよ」
黎は、ゆっくりと目を閉じた。
春の言葉は、まるで――
自分自身が、心の奥でずっと言えなかったことを、代わりに語ってくれているようだった。
*
夜。
黎は、まいのもとを訪ねた。
春のことを話した。
この村のこと、自分のこと、全部。
まいは、静かにうなずき、ノートにこう書いた。
『だから、この村は優しいんだね』
『わたしも、ここに来る前、ずっとひとりだった。
何も感じなくなって、誰かに頼るのが怖くて、言葉を閉じ込めてた。
でも、ここで“涙を流すこと”を思い出した。
だから……ありがとう。黎くんがいてくれて、嬉しかった。』
その言葉に、黎は微笑んだ。
そして静かに言った。
「ありがとう、まい。俺は――もう一度、歩いてみるよ」
まいは、小さくうなずいた。
そして最後に、ノートのページを破って、黎に渡した。
『また、春が来たら会おうね』
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