『悪役令嬢、鬼神の花嫁となる 〜政略結婚で嫁いだ先の旦那様が人外すぎて溺愛が過ぎる件〜』

春夜夢

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第10話『鬼神会議開廷 〜選ばれし花と断罪の刃〜』

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「……着いたか」

朱煉が足を止めたのは、岩肌をくり抜いた巨大な洞窟――鬼神会議殿。
かつては鬼の王たちが盟約を交わしたとされる、最古の地だ。

「中の空気……重い」

リリアーナは肩をすくめた。
空間そのものが、何百年分の怨嗟と権威に満ちている。

「戻れると思うな」

朱煉の背中越しに告げられた言葉は、警告でもあり、覚悟の確認でもあった。

「戻る気なんてない。私が選んだのは、あなたと共に行く道よ」

その言葉に朱煉は、わずかに唇を吊り上げた。

「なら、堂々と胸を張れ。“花”は俯くべきじゃない」

会議殿の内部は、円形闘技場のような構造をしていた。

その中心に歩を進める朱煉とリリアーナを、十二の“柱”が睨む。

それぞれが、鬼の一族を率いる名だたる存在――

・《縫ノ鬼・紅蓮》
・《骨喰鬼・イザナ》
・《鏡ノ鬼・氷霞》
・《炎喚鬼・凶燐》
・《眠鬼・ヤコ》
……など、恐れられた名が揃い踏みしていた。

中央に立つのは、《裁定鬼長(さいていきちょう)》と呼ばれる白面の鬼。
彼の無表情な声音が、場を支配する。

「鬼神・朱煉よ。貴様は“穢れの契り”を結んだ。よって本日は、その処遇を決定する」

「受けて立とう」

「また、共に現れた女――“人の女”でありながら“始まりの花”を宿す存在――リリアーナについても、審議対象とする」

リリアーナが一歩前に出る。

「私には“花”としての自覚がある。けれど、それは誰かのために使うものではない。私自身の意志で、咲かせたものです」

「ほう……」

《鏡ノ鬼・氷霞》が声を漏らす。
その銀色の双眸が、まるで獲物を見るように細められる。

「その意志とやらで、“鬼神すら屈服させる力”を持ったこと、どう説明する?」

「説明などいりません。彼が私を選び、私が彼に応えた。ただそれだけです」

会議場に沈黙が落ちた。

……が、それは一瞬だった。

「ならば証明してもらおう」

《骨喰鬼・イザナ》が腰の太刀を引き抜き、壇の中央へ投げつけた。

「“花”とやらがどれほどのものか。鬼神と戦い、それに打ち勝つような力を見せてみろ」

「待て、貴様ら――!」

朱煉が一歩踏み出すと、四方から結界が展開された。

「試練だ」

《裁定鬼長》が淡々と言う。

「彼女を“花”と認めるならば、鬼神としての資格を剥奪されたおまえではなく、彼女自身が力を示すことだ」

リリアーナは、ゆっくりと結界の中央へ歩を進めた。
その手のひらに、鬼火のような光が揺れる。

「……花は戦うために咲くんじゃない」

「ならばどうする、“花嫁”よ」

「咲いて、相手の本質を照らす。――あなたがどれほど汚れているか、見せてあげる」

鬼たちがざわめいた。

リリアーナの足元に浮かんだ花は七枚。
その中央から伸びる光が、《骨喰鬼・イザナ》の胸に突き刺さる。

──次の瞬間、彼の影が揺らいだ。

「っ……これは……!」

イザナの身体から噴き出したのは、“人間を喰らって得たまま未消化だった魂”たちの記憶。

女たちの叫び。
無念。
怨嗟。

「やめ……やめろ……!」

「あなたの中に喰われた“声”よ。私の花は、それを咲かせるだけ」

イザナは膝をついた。

「……ふむ。これは……本物だな」

《眠鬼・ヤコ》が、ぼそりと呟いた。

結界が解除される。
リリアーナはふらつきながらも、堂々と立ち続けていた。

朱煉が彼女の手を取り、支える。

「俺の花は、“ただの飾り”ではない。咲けば、鬼をも砕く」

「……鬼神の資格剥奪は?」

「再審議とする」

《裁定鬼長》が宣言した。

「だが、花を狙う“外部”の勢力が動いている。次に備えよ」

その夜。
朱煉とリリアーナは、会議殿の外の廊下にいた。

「……やはり、おまえは俺よりも強いな」

「何言ってるの。震えてたくせに」

「花に見惚れてただけだ」

微笑み合うふたりの前に、ひとつの影が現れる。

──黒い花嫁衣装の女。
顔はリリアーナと瓜二つ。

「ようやく見つけた。
“私の人生を奪った偽物”……本物の《花》を名乗るのは、今日で終わりよ」

次回:
第11話『黒の花嫁、影から現る』
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