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第11話『黒の花嫁、影から現る』
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「ようやく見つけたわ、私の名前を奪った偽物――“花”を名乗る、贋物(にせもの)」
廊下の先に立つ女は、私と同じ顔をしていた。
ただ一つ違うのは、彼女がまとっているのは漆黒の婚礼衣装。
その紅を差さぬ唇が、嘲るように歪んだ。
「……誰?」
私が問うと、女は面白そうに首を傾げた。
「忘れたの? それとも思い出せないの? じゃあ、名乗ってあげる」
ゆっくりと、一歩を踏み出す。
「私は、《花嫁・リア》……あなたの“影”」
「……影?」
朱煉が、私の前に立つ。
「まさか……《失われた双影計画》の残滓か」
その言葉に、リアと名乗る女の目が鋭くなった。
「おや。鬼神様がそれを知ってるとは思わなかったわ」
──《双影計画》。
それは、かつて鬼議会の一部が密かに進めていた禁忌の術。
“花”の魂を二つに裂き、片方を“光”として、もう片方を“影”として育てる――
その片割れが、今、私の前に立っている。
「つまり……あなたは、私の……半身?」
「違うわ。“私こそが本物”。
あなたは優しさしか持たなかった。“喰らい、咲かせる”力を持てない、ただの器」
「それは、あなたが奪われたと信じているから……?」
「奪われた? 違う。
私は、“あなた”が何もせずに幸せを得たことが許せないの。
私はこの百年、鬼たちに喰われる寸前で、ただ耐えて生き延びてきた。
その末に、ようやく力を得た。だから、今度は私が奪う番」
リアが構えた手から、黒い花が咲き乱れる。
それは私の“鬼火の花”とは対極――“影喰の花”。
「さあ、取り返すわ。名前も、力も、男も――」
「やらせるか」
朱煉が一歩前へ出たそのとき、リアは指先を振る。
──地が、割れた。
朱煉と私の足元が崩れ、闇が広がる。
「“影の領域(シャドウノート)”へようこそ。
ここでは私が“神”よ」
気づけば私は、朱煉と引き離されていた。
黒い霧の中に立ち尽くす私に、リアの声が響く。
「あなたは“奪われる痛み”を知らない。
愛されたことしかない女に、私の何が分かるの?」
「それでも……あなたは、私よ。私が背負っていたはずの痛みなのよ」
「だったら、その痛みを分かち合いましょう」
リアが右手を掲げた瞬間、無数の黒い蔓が私の身体に絡みついた。
「見て。これが“影の咲き方”。
咲くためには、苦しみを肥やしにするの。
優しさなんて、ただの甘さよ。世界はそんなに、綺麗じゃない!」
蔓が胸元に絡まり、痛みと共に何かが引きずり出される。
──これは、“私の記憶”。
──誰にも理解されなかった幼い日々。
──断罪されたあの日の絶望。
──誰にも愛されないと信じていた過去。
「それでも……!」
私は叫ぶ。
「私は、あのとき、朱煉が手を伸ばしてくれたから生きようと思えたの!
痛みを知ってるから、他人を照らせる花になりたかっただけ!」
「……嘘よッ!」
リアが叫び、さらに蔓が巻きつく。
「おまえなんて、いらない! 消えろ、リリアーナ!」
「消えない!」
私は、胸に手を当てる。
「私の“花”は、私自身のもの。あなたと分かち合うことはできる。でも、譲りはしない!」
その瞬間、私の花が眩く光を放った。
──影を焼く、“光の咲き方”。
闇の蔓が崩れ、私の周囲に七輪の花が咲き乱れる。
「っ……う、ああああああッ!!」
リアが膝をつく。
「どうして……どうして、私には咲かないの……!」
「咲くわよ。あなたが、“奪うこと”をやめたときに」
次の瞬間、地が割れた空間が収束し、光に包まれた。
私は朱煉の腕の中に倒れ込んでいた。
「……戻ったか」
「朱煉……リアは?」
彼の向こうで、黒い花嫁衣裳のリアが、崩れるように座り込んでいた。
その顔に、初めて涙の跡があった。
「……おまえの中の“影”は、もう敵ではない。
だが、世界の“闇”は、まだこれから来る」
朱煉が立ち上がり、背後から迫る新たな“気配”に目を細める。
「次は――“神”の側から、使者が来る」
次回:
第12話『神界からの使者と、最後の試練』
廊下の先に立つ女は、私と同じ顔をしていた。
ただ一つ違うのは、彼女がまとっているのは漆黒の婚礼衣装。
その紅を差さぬ唇が、嘲るように歪んだ。
「……誰?」
私が問うと、女は面白そうに首を傾げた。
「忘れたの? それとも思い出せないの? じゃあ、名乗ってあげる」
ゆっくりと、一歩を踏み出す。
「私は、《花嫁・リア》……あなたの“影”」
「……影?」
朱煉が、私の前に立つ。
「まさか……《失われた双影計画》の残滓か」
その言葉に、リアと名乗る女の目が鋭くなった。
「おや。鬼神様がそれを知ってるとは思わなかったわ」
──《双影計画》。
それは、かつて鬼議会の一部が密かに進めていた禁忌の術。
“花”の魂を二つに裂き、片方を“光”として、もう片方を“影”として育てる――
その片割れが、今、私の前に立っている。
「つまり……あなたは、私の……半身?」
「違うわ。“私こそが本物”。
あなたは優しさしか持たなかった。“喰らい、咲かせる”力を持てない、ただの器」
「それは、あなたが奪われたと信じているから……?」
「奪われた? 違う。
私は、“あなた”が何もせずに幸せを得たことが許せないの。
私はこの百年、鬼たちに喰われる寸前で、ただ耐えて生き延びてきた。
その末に、ようやく力を得た。だから、今度は私が奪う番」
リアが構えた手から、黒い花が咲き乱れる。
それは私の“鬼火の花”とは対極――“影喰の花”。
「さあ、取り返すわ。名前も、力も、男も――」
「やらせるか」
朱煉が一歩前へ出たそのとき、リアは指先を振る。
──地が、割れた。
朱煉と私の足元が崩れ、闇が広がる。
「“影の領域(シャドウノート)”へようこそ。
ここでは私が“神”よ」
気づけば私は、朱煉と引き離されていた。
黒い霧の中に立ち尽くす私に、リアの声が響く。
「あなたは“奪われる痛み”を知らない。
愛されたことしかない女に、私の何が分かるの?」
「それでも……あなたは、私よ。私が背負っていたはずの痛みなのよ」
「だったら、その痛みを分かち合いましょう」
リアが右手を掲げた瞬間、無数の黒い蔓が私の身体に絡みついた。
「見て。これが“影の咲き方”。
咲くためには、苦しみを肥やしにするの。
優しさなんて、ただの甘さよ。世界はそんなに、綺麗じゃない!」
蔓が胸元に絡まり、痛みと共に何かが引きずり出される。
──これは、“私の記憶”。
──誰にも理解されなかった幼い日々。
──断罪されたあの日の絶望。
──誰にも愛されないと信じていた過去。
「それでも……!」
私は叫ぶ。
「私は、あのとき、朱煉が手を伸ばしてくれたから生きようと思えたの!
痛みを知ってるから、他人を照らせる花になりたかっただけ!」
「……嘘よッ!」
リアが叫び、さらに蔓が巻きつく。
「おまえなんて、いらない! 消えろ、リリアーナ!」
「消えない!」
私は、胸に手を当てる。
「私の“花”は、私自身のもの。あなたと分かち合うことはできる。でも、譲りはしない!」
その瞬間、私の花が眩く光を放った。
──影を焼く、“光の咲き方”。
闇の蔓が崩れ、私の周囲に七輪の花が咲き乱れる。
「っ……う、ああああああッ!!」
リアが膝をつく。
「どうして……どうして、私には咲かないの……!」
「咲くわよ。あなたが、“奪うこと”をやめたときに」
次の瞬間、地が割れた空間が収束し、光に包まれた。
私は朱煉の腕の中に倒れ込んでいた。
「……戻ったか」
「朱煉……リアは?」
彼の向こうで、黒い花嫁衣裳のリアが、崩れるように座り込んでいた。
その顔に、初めて涙の跡があった。
「……おまえの中の“影”は、もう敵ではない。
だが、世界の“闇”は、まだこれから来る」
朱煉が立ち上がり、背後から迫る新たな“気配”に目を細める。
「次は――“神”の側から、使者が来る」
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第12話『神界からの使者と、最後の試練』
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