婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました

春夜夢

文字の大きさ
1 / 21

第1話 政略の婚約、冷たい瞳の裏側

「本日をもって、エルネア=レイベルト嬢は、宰相ルシアス=ディエンツ公爵との婚約を正式に受け入れることとなった」

玉座の間に響いた国王陛下の声音は穏やかでありながらも、反論を許さない絶対の命だった。
光り輝く大広間。
居並ぶ貴族たちの視線が、一斉に私へと注がれる。

(……これが、地獄の始まりかしら)

私はただ、静かに膝をついて頭を垂れた。
“なぜ私が”という疑問を抱いたのは、他の誰よりも、この私自身だ。

エルネア・レイベルト。
名ばかりの伯爵家の次女。
姉は社交界で名を馳せた美貌の才媛。
私はといえば、舞踏も絵画も刺繍も中途半端、目立たず話題にもならない“その他大勢”。
貴族たちの間で私の名前を知る者など、ほとんどいないだろう。

それがなぜ、“宰相殿の婚約者”なのか――
その理由を誰もが知りたがり、誰もが眉をひそめていた。

(政略よね。何か裏があるに決まってる)

王都ではすでに噂が飛び交っていた。
「ルシアス閣下が突如として花嫁を選んだのは、政治的駆け引きのためだ」
「本命は他にいたが、何かしらの理由で手を引かざるを得なかったのだろう」
「あるいは令嬢側の弱みを握っているのでは――」

正直、どれも当たらずとも遠からずだろう。

婚約の命令が我が家に届けられたのは、ほんの二週間ほど前のことだった。

「うちに宰相殿の婚約話だって……? まさか、エルネア、お前にだと……?」

父の顔は青ざめ、姉は泣き叫んだ。

「いやよ! どうしてエルネアなの!? わたくしの方が、ふさわしいはずでしょう!? 宰相閣下に相応しいのは、私よ、私しかいないのよ……!」

あの日の姉の涙は、今でも脳裏に焼き付いて離れない。

(……姉様が、ルシアス閣下を慕っていたなんて、知らなかった)

そして今、私はこの王宮で、彼の傍に立つことを命じられている。

婚約の儀式が終わり、貴族たちのざわめきが広間を満たす中、
彼――ルシアス=ディエンツ公爵は一言も発さなかった。
ただ静かに私の横に立ち、国王に一礼し、それから私に視線を向けた。

……その瞳は、まるで氷のようだった。

灰銀の瞳。
冷静で、理知的で、決して感情を見せない宰相殿の瞳。
思わず息が詰まりそうになる。
けれど、私は逃げるわけにはいかない。
この婚約が、私の家を救う最後の切り札なのだから。

 ***

それから数日後、私は正式に王宮の中にある“宰相付き控えの間”に招かれた。
一度も足を踏み入れたことのない空間。
恐ろしく静かで、あらゆる物音が反響する石造りの部屋。
出迎えてくれたのは、年配の執事と数人の侍女。

「閣下はまもなく参ります。どうぞ、くつろいでお待ちくださいませ」

誰も責めることなく、優しく扱ってくれる。
だがその空気が、むしろ私を緊張させた。

(“契約の婚約者”に、こんなにも丁寧な扱いが必要なのかしら?)

そんな考えに囚われていたとき、扉が開いた。
静かな足音が、床に響く。

「……君が、エルネア嬢か」

その低く冷たい声に、私は反射的に立ち上がり、礼を取った。

「はい。エルネア・レイベルトと申します。……本日はお時間をいただき、誠に光栄ですわ」

顔を上げた私の視界に映るのは、
宰相ルシアス・ディエンツ――あまりにも整った顔立ち、凍てつくような瞳、そして静かな威圧感。

「政略結婚だ。君に愛情を注ぐことはない。……それでも構わないか?」

彼の口から発された言葉は、想像通りだった。
けれど、それでも少しだけ胸が締め付けられる。

(愛情を期待していたわけじゃない……でも、やっぱり少し……)

「……はい。私も、私情を挟むつもりはありません。どうか、閣下のご負担にならぬよう努めさせていただきます」

返答を終えた直後、彼はしばし無言で私を見つめた。
沈黙が、痛いほどに重い。
だが私は視線を逸らさず、ただ静かに待った。

そのとき、彼が小さく何かを呟いた気がした。
聞き取れなかったその言葉は、まるで吐息のように微かだったが、
確かにその瞬間、彼の瞳がわずかに揺れたように思えた。

「……君には、私の屋敷に移ってもらう。部屋は自由に使っていい。困ったことがあれば執事を通せ」

「はい、ありがとうございます」

「それと、」

彼は手袋を外し、私の前に手を差し出した。
冷たく、けれど丁寧な仕草だった。

「形式的なことだ。……この手を取り、婚約者として振る舞ってくれ」

差し出された手を見つめる。
その指はすらりと長く、力強く、それでいてどこか寂しげだった。

私は、ゆっくりとその手に、自分の手を重ねた。

「……はい、閣下」

(たとえこの婚約が“仮初のもの”であったとしても。
私は、あなたの役に立てるのなら……それでいい)

そう、思っていた――このときまでは。

けれど数日後、私は知ることになる。

この男は誰よりも執着深く、
そして、誰よりも優しい“恋人”に変貌するということを――。
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

「退屈な女だ」と婚約破棄されたので去りましたが、翌日から国政が止まったそうです。え、私はもう存じませんけど?

にたまご
恋愛
公爵令嬢クラーラは、ユリウス王太子殿下に婚約を破棄された。 「退屈な女だ」「何の取り柄もない」と。 否定はしない。 けれど殿下が知らないだけで、通商条約も予算案も外交書簡も、この国の政務の大半を六年間匿名で回していたのは──この「退屈な女」だ。 婚約破棄の翌朝、宰相補佐官のレオンが焼き菓子と四十二件の緊急報告を携えて公爵邸を訪れる。 「貴女がいなくなった王宮は、控えめに申し上げて、地獄です」 ──存じません。私はもう、ただの無職ですので。

誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』

富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間―― 目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。 そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。 一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。 選ばれる側から、選ぶ側へ。 これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。

『ブスと結婚とか罰ゲーム』と言われた商人令嬢ですが、結婚式で婚約者の不正を暴いたら幼馴染の騎士様が味方でした

大棗ナツメ
恋愛
「なんで、お前みたいなブスと結婚しないといけないんだ」 そう言い放ったのは、結婚を一週間後に控えた婚約者だった。 商人の娘エフィは、持参金目当ての政略結婚を受け入れていたが、彼からは日常的に「ブス」「価値がない」と罵られていた。 そんなある日、エフィは父の商会の帳簿から男爵家の不審な金の流れを発見する。 さらに婚約者が娼婦と歩いているところを目撃し―― 「泣く暇があるなら策を考えなさい」 昔、自分が言った言葉を思い出したエフィは決意する。 結婚式の日、すべてを暴くと。 そして再会したのは、かつて「姉さん」と慕ってくれた幼馴染の騎士レオンだった。 これは、ブスと蔑まれた商人令嬢が、 結婚式で運命をひっくり返す逆転劇。

【完結】帳簿係の地味令嬢、商会の不正を見抜いて王宮に見出されました。

夏灯みかん
恋愛
王都の商工会議所で働く、地味な帳簿係エミリー。 真面目に記録をつけることだけが取り柄の彼女は、同僚から軽く扱われ、雑用を押しつけられる日々を送っていた。 そんなある日――エミリーは、孤児院への配給物資の記録に、わずかな“ズレ”があることに気づく。 数量は合っている。 だが、なぜか中身の重量だけが減っている。 違和感を覚えたエミリーは、自ら倉庫へ足を運び、現物を確認する。 そこで見つけたのは、帳簿では見えない“静かな不正”だった。 しかしその矢先――不正の責任を押しつけられ、職場から追い出されそうになってしまう。 それでもエミリーは諦めない。ただ一つ、自分が積み上げてきた“記録”を信じて。 「では、正式な監査をお願いいたします」 やがてその記録は、王宮の政務監査官リオンの目に留まり―― 隠されていた不正はすべて暴かれる。 そして、彼女を軽んじていた者たちは、その代償を支払うことになる。 これは、地味で目立たなかった一人の帳簿係が、 “正しく記録した”ことで不正を暴き、王宮に見出されるまでの物語。

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

地味で役に立たないと言われて捨てられましたが、王弟殿下のお相手としては最適だったようです

阿里
恋愛
「君は地味で、将来の役に立たない」 そう言われ、幼なじみの婚約者にあっさり捨てられた侯爵令嬢の私。 社交界でも忘れ去られ、同情だけを向けられる日々の中、私は王宮の文官補佐として働き始める。 そこで出会ったのは、権力争いを嫌う変わり者の王弟殿下。 過去も噂も問わず、ただ仕事だけを見て評価してくれる彼の隣で、私は静かに居場所を見つけていく。 そして暴かれる不正。転落していく元婚約者。 「君が隣にいない宮廷は退屈だ」 これは、選ばれなかった私が、必要とされる私になる物語。