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第3話 社交界での初陣と、冷酷宰相の初めての“嫉妬”
「エルネア様、よろしければこちらを……」
鏡越しに映る私の姿を、侍女たちは息を呑んで見つめていた。
宰相殿の命により、社交界の上級仕立て屋が手がけたというオーダードレスは、淡いラベンダー色の絹で仕立てられ、歩くたびに花びらのように裾が揺れる。
背中から流れるリボンの装飾と、胸元を彩る白金の刺繍が繊細で、まるで童話に出てくるお姫様のようだった。
「……こんなに、綺麗な服。私なんかが着ていいのでしょうか」
思わず零した言葉に、老年の侍女が小さく首を振る。
「宰相閣下がお選びになったのです。……“誰よりも似合うのはエルネアだ”と仰っておられましたよ」
(閣下が……?)
驚きとともに、胸の奥に温かい何かが差し込んだ。
──今日は、王妃主催の夜会。
名のある貴族令嬢・令息たちが一堂に会する、大きな社交場。
“婚約者としての私”が、王都の上流貴族に初めて姿を見せる場でもある。
本来、地味で没落貴族の娘である私が呼ばれることなどあり得ない。
それでも私は、今、宰相の婚約者という立場を与えられて、この場所に立つことを許された。
(それに見合う振る舞いを……しなければ)
覚悟を決め、私は宮廷の扉をくぐった。
* * *
「まぁ、あれがディエンツ閣下の婚約者? まるで羊のように大人しそうな顔……」
「地味で目立たない娘、と聞いていたけれど……案外、悪くないわね。可愛いじゃない」
ざわめく声。
ささやき、あざけり、興味本位の目。
視線が刺さるたび、私は微笑みを貼りつけて、胸の奥の不安を押し殺した。
(大丈夫。私は選ばれただけ。ただ、ここにいる“役割”を果たせばいい)
そう思っていた矢先だった。
「――エルネア」
聞き慣れた低い声に振り返ると、
人混みを割って現れたのは、ルシアス閣下その人だった。
ただでさえ鋭い彼の眼差しが、この夜だけはさらに鋭さを増していた。
その視線は、私ではなく、私の隣にいた“男”に向けられていた。
「……失礼。エルネア嬢のことを、少しばかりお褒めしただけなのですが」
「その言葉に“手を添える”必要があったか?」
「いえ……」
冷ややかな視線と声に、男は額に汗を浮かべながら頭を下げ、慌てて離れていった。
私の腰の位置に添えられていた男の手は、既にそこにはない。
(……今の、嫉妬……?)
信じられなかった。
冷酷宰相と恐れられるあの人が、私に触れようとした男性に“嫉妬”するなんて。
「エルネア。こっちだ」
「は、はい……」
引き寄せられた手は、大きくて、熱を帯びていて――
ぐっと近づいた彼の腕に支えられながら、私は夜会の中央へと導かれていった。
「……俺の名誉のためにも、言っておくが」
「はい?」
「君に贈ったドレスは、ただの形式ではない。……心から“君に着てほしい”と思った」
胸が、高鳴った。
足元がふわりと浮いていくような錯覚。
「そんなに目立つのは好ましくないが……今夜ばかりは、他の男に見せたくなかった」
(――それは、まるで)
愛している、と言われたようで。
けれど彼はすぐに顔を背け、グラスの中のワインを見つめるだけだった。
この人は、きっと言葉が不器用で、感情の扱いに慣れていない。
でも、伝わる。
少しずつ、確かに、私の方へ向いてきている。
そのときだった。
「……あら、お久しぶりね、エルネアさん?」
聞き覚えのある、冷たい声。
振り返ればそこには、姉――リアナの姿があった。
(姉様……? どうして、今ここに……)
驚愕と共に、胸に冷たいものが走る。
そして次の瞬間、姉の唇が意味ありげに吊り上がった。
「ふふ……素敵ね、そのドレス。でも、あなたにそれを着こなせるかしら? 宰相閣下の隣に立つには、ふさわしい“資格”が必要よ」
夜会の静寂が、波紋のように広がっていく。
次回――
「姉の陰謀と、王妃の試練。そして閣下の“本気の庇護”」へ――
鏡越しに映る私の姿を、侍女たちは息を呑んで見つめていた。
宰相殿の命により、社交界の上級仕立て屋が手がけたというオーダードレスは、淡いラベンダー色の絹で仕立てられ、歩くたびに花びらのように裾が揺れる。
背中から流れるリボンの装飾と、胸元を彩る白金の刺繍が繊細で、まるで童話に出てくるお姫様のようだった。
「……こんなに、綺麗な服。私なんかが着ていいのでしょうか」
思わず零した言葉に、老年の侍女が小さく首を振る。
「宰相閣下がお選びになったのです。……“誰よりも似合うのはエルネアだ”と仰っておられましたよ」
(閣下が……?)
驚きとともに、胸の奥に温かい何かが差し込んだ。
──今日は、王妃主催の夜会。
名のある貴族令嬢・令息たちが一堂に会する、大きな社交場。
“婚約者としての私”が、王都の上流貴族に初めて姿を見せる場でもある。
本来、地味で没落貴族の娘である私が呼ばれることなどあり得ない。
それでも私は、今、宰相の婚約者という立場を与えられて、この場所に立つことを許された。
(それに見合う振る舞いを……しなければ)
覚悟を決め、私は宮廷の扉をくぐった。
* * *
「まぁ、あれがディエンツ閣下の婚約者? まるで羊のように大人しそうな顔……」
「地味で目立たない娘、と聞いていたけれど……案外、悪くないわね。可愛いじゃない」
ざわめく声。
ささやき、あざけり、興味本位の目。
視線が刺さるたび、私は微笑みを貼りつけて、胸の奥の不安を押し殺した。
(大丈夫。私は選ばれただけ。ただ、ここにいる“役割”を果たせばいい)
そう思っていた矢先だった。
「――エルネア」
聞き慣れた低い声に振り返ると、
人混みを割って現れたのは、ルシアス閣下その人だった。
ただでさえ鋭い彼の眼差しが、この夜だけはさらに鋭さを増していた。
その視線は、私ではなく、私の隣にいた“男”に向けられていた。
「……失礼。エルネア嬢のことを、少しばかりお褒めしただけなのですが」
「その言葉に“手を添える”必要があったか?」
「いえ……」
冷ややかな視線と声に、男は額に汗を浮かべながら頭を下げ、慌てて離れていった。
私の腰の位置に添えられていた男の手は、既にそこにはない。
(……今の、嫉妬……?)
信じられなかった。
冷酷宰相と恐れられるあの人が、私に触れようとした男性に“嫉妬”するなんて。
「エルネア。こっちだ」
「は、はい……」
引き寄せられた手は、大きくて、熱を帯びていて――
ぐっと近づいた彼の腕に支えられながら、私は夜会の中央へと導かれていった。
「……俺の名誉のためにも、言っておくが」
「はい?」
「君に贈ったドレスは、ただの形式ではない。……心から“君に着てほしい”と思った」
胸が、高鳴った。
足元がふわりと浮いていくような錯覚。
「そんなに目立つのは好ましくないが……今夜ばかりは、他の男に見せたくなかった」
(――それは、まるで)
愛している、と言われたようで。
けれど彼はすぐに顔を背け、グラスの中のワインを見つめるだけだった。
この人は、きっと言葉が不器用で、感情の扱いに慣れていない。
でも、伝わる。
少しずつ、確かに、私の方へ向いてきている。
そのときだった。
「……あら、お久しぶりね、エルネアさん?」
聞き覚えのある、冷たい声。
振り返ればそこには、姉――リアナの姿があった。
(姉様……? どうして、今ここに……)
驚愕と共に、胸に冷たいものが走る。
そして次の瞬間、姉の唇が意味ありげに吊り上がった。
「ふふ……素敵ね、そのドレス。でも、あなたにそれを着こなせるかしら? 宰相閣下の隣に立つには、ふさわしい“資格”が必要よ」
夜会の静寂が、波紋のように広がっていく。
次回――
「姉の陰謀と、王妃の試練。そして閣下の“本気の庇護”」へ――
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