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第6話 偽りの妊娠と、王国全土に響いた正式婚約宣言
「リアナ=レイベルト嬢が、ルシアス閣下のお子を身ごもったと主張しております」
その報告を受けた瞬間、私は息が詰まった。
宰相付きの侍従が、険しい表情で告げたその一報は、信じがたい内容だった。
「ば、馬鹿な……そんなこと……っ」
私の動揺をよそに、ルシアス閣下は静かに椅子から立ち上がる。
「……また、手を打ってきたか」
彼の声には、怒りでも動揺でもなく、冷徹な確信と見切りがあった。
「彼女は今回、“最後の賭け”に出たのだろう。……すべてを失う覚悟で」
* * *
リアナの主張は、瞬く間に王都中に広まった。
「宰相殿と密かに関係を持ち、既に懐妊している」
「妹に婚約を奪われたのではなく、“本来の婚約者”は私だった」
「宰相は妹に無理やり縁を押しつけられたのだ」
――そんな噂が、貴族街を駆け巡った。
本来なら即座に否定される類の妄言だ。
だが、彼女は“妊娠している”という身体と、医師の診断書(買収済み)を用いて、まるで真実のように世間へ示していた。
「……本当に、どうしてここまで……姉様……」
私は信じたかった。
リアナが、かつては優しい姉であったと。
だが今の彼女は、自らの名誉とプライドのために、嘘を重ね、他者を蹴落とすことすら厭わぬ存在となっていた。
王家は事態を重く見て、緊急の政務評議会を開いた。
* * *
大広間に並ぶ、国王・王妃・各省大臣・高位貴族たち。
その中央、宰相席のすぐ隣に――私はいた。
(私は……この場に“呼ばれた”)
つまりそれは、ルシアス閣下が“私を選んだ”ということの明確な意思表示だった。
「本日は、政の場でありながら、私的な件をお含みいただくこととなる。……だが、それほどに重要な話だ」
ルシアス閣下が立ち上がると、場が静まり返る。
「私にまつわる“虚偽の懐妊”が流布されている件について、今ここに、明確に否定する」
ざわっ、と広がるどよめき。
「私はリアナ嬢と肉体的接触を持った事実は一切なく、そのような機会も与えていない。虚偽の診断を提出させた医師についても既に事情聴取を完了し、王家に提出してある」
侍従が手渡した書類を、王妃陛下が受け取り、内容を確認する。
「確かに……これは、医師が賄賂と圧力により偽証を行ったという証拠ですわね」
「では……リアナ嬢の訴えは、すべて虚構ということか?」
「虚構だ。……そして、もう一つ報告がある」
そう言った宰相閣下の灰銀の瞳が、私に向けられる。
「本日、この場をもって――私は、エルネア=レイベルト嬢との正式な婚約を王家に申請し、受理されたことを公表する」
(え……?)
一瞬、時間が止まったようだった。
「これまで婚約は“政略的暫定”として処理されていた。だが今後は明確に“私的かつ王命による正式婚約”とし、エルネア嬢は王家公認の未来の宰相夫人となる」
「こ、これは……!」
「ルシアス殿が個人として婚約者を選び、王命と国政でそれを支持する形か……!」
動揺の声が飛び交う中、私はただ、震えていた。
(本当に……正式に?)
――政略でもなく、形式でもなく。
彼は“私を、選んだ”。
それが、国の中心で、公にされた。
「なお、本日をもってリアナ・レイベルト嬢には謹慎処分が下される。身柄は王都監査局に預け、関係者ともども調査を進める予定だ」
誰も異を唱えられなかった。
国王が頷き、王妃が微笑を浮かべ、そして広間の空気が、はっきりと変わっていた。
* * *
その夜。
私は、宰相邸のバルコニーに立っていた。
静かな星空の下。
ルシアス閣下が、すぐそばにいた。
「……どうして、あんなに堂々と……」
私が口にすると、彼はほんの少し、口元を緩めた。
「君を守るためだ」
「……政務に支障が出ると、誰かに責められるかもしれないのに」
「そうなったら――君を隠す。囲う。俺だけの場所に」
そう言って、彼は私の手をそっと取る。
「君を選んだのは、国のためでも、家のためでもない。……“私が望んだから”だ」
その瞳に、偽りはなかった。
風が、そっと頬を撫でる。
私は、小さく、けれど確かな声で答えた。
「……私も、あなたを望みます」
そして、初めて。
彼の唇が、私の額に触れた。
ほんの一瞬の、けれど永遠のような静けさ。
その夜、私はようやく理解した。
この人は、“冷酷”などではなかったのだと。
不器用に、必死に、私だけを守ろうとしてくれていたのだと――。
その報告を受けた瞬間、私は息が詰まった。
宰相付きの侍従が、険しい表情で告げたその一報は、信じがたい内容だった。
「ば、馬鹿な……そんなこと……っ」
私の動揺をよそに、ルシアス閣下は静かに椅子から立ち上がる。
「……また、手を打ってきたか」
彼の声には、怒りでも動揺でもなく、冷徹な確信と見切りがあった。
「彼女は今回、“最後の賭け”に出たのだろう。……すべてを失う覚悟で」
* * *
リアナの主張は、瞬く間に王都中に広まった。
「宰相殿と密かに関係を持ち、既に懐妊している」
「妹に婚約を奪われたのではなく、“本来の婚約者”は私だった」
「宰相は妹に無理やり縁を押しつけられたのだ」
――そんな噂が、貴族街を駆け巡った。
本来なら即座に否定される類の妄言だ。
だが、彼女は“妊娠している”という身体と、医師の診断書(買収済み)を用いて、まるで真実のように世間へ示していた。
「……本当に、どうしてここまで……姉様……」
私は信じたかった。
リアナが、かつては優しい姉であったと。
だが今の彼女は、自らの名誉とプライドのために、嘘を重ね、他者を蹴落とすことすら厭わぬ存在となっていた。
王家は事態を重く見て、緊急の政務評議会を開いた。
* * *
大広間に並ぶ、国王・王妃・各省大臣・高位貴族たち。
その中央、宰相席のすぐ隣に――私はいた。
(私は……この場に“呼ばれた”)
つまりそれは、ルシアス閣下が“私を選んだ”ということの明確な意思表示だった。
「本日は、政の場でありながら、私的な件をお含みいただくこととなる。……だが、それほどに重要な話だ」
ルシアス閣下が立ち上がると、場が静まり返る。
「私にまつわる“虚偽の懐妊”が流布されている件について、今ここに、明確に否定する」
ざわっ、と広がるどよめき。
「私はリアナ嬢と肉体的接触を持った事実は一切なく、そのような機会も与えていない。虚偽の診断を提出させた医師についても既に事情聴取を完了し、王家に提出してある」
侍従が手渡した書類を、王妃陛下が受け取り、内容を確認する。
「確かに……これは、医師が賄賂と圧力により偽証を行ったという証拠ですわね」
「では……リアナ嬢の訴えは、すべて虚構ということか?」
「虚構だ。……そして、もう一つ報告がある」
そう言った宰相閣下の灰銀の瞳が、私に向けられる。
「本日、この場をもって――私は、エルネア=レイベルト嬢との正式な婚約を王家に申請し、受理されたことを公表する」
(え……?)
一瞬、時間が止まったようだった。
「これまで婚約は“政略的暫定”として処理されていた。だが今後は明確に“私的かつ王命による正式婚約”とし、エルネア嬢は王家公認の未来の宰相夫人となる」
「こ、これは……!」
「ルシアス殿が個人として婚約者を選び、王命と国政でそれを支持する形か……!」
動揺の声が飛び交う中、私はただ、震えていた。
(本当に……正式に?)
――政略でもなく、形式でもなく。
彼は“私を、選んだ”。
それが、国の中心で、公にされた。
「なお、本日をもってリアナ・レイベルト嬢には謹慎処分が下される。身柄は王都監査局に預け、関係者ともども調査を進める予定だ」
誰も異を唱えられなかった。
国王が頷き、王妃が微笑を浮かべ、そして広間の空気が、はっきりと変わっていた。
* * *
その夜。
私は、宰相邸のバルコニーに立っていた。
静かな星空の下。
ルシアス閣下が、すぐそばにいた。
「……どうして、あんなに堂々と……」
私が口にすると、彼はほんの少し、口元を緩めた。
「君を守るためだ」
「……政務に支障が出ると、誰かに責められるかもしれないのに」
「そうなったら――君を隠す。囲う。俺だけの場所に」
そう言って、彼は私の手をそっと取る。
「君を選んだのは、国のためでも、家のためでもない。……“私が望んだから”だ」
その瞳に、偽りはなかった。
風が、そっと頬を撫でる。
私は、小さく、けれど確かな声で答えた。
「……私も、あなたを望みます」
そして、初めて。
彼の唇が、私の額に触れた。
ほんの一瞬の、けれど永遠のような静けさ。
その夜、私はようやく理解した。
この人は、“冷酷”などではなかったのだと。
不器用に、必死に、私だけを守ろうとしてくれていたのだと――。
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