婚約者は冷酷宰相様。地味令嬢の私が政略結婚で嫁いだら、なぜか激甘溺愛が待っていました

春夜夢

文字の大きさ
6 / 21

第6話 偽りの妊娠と、王国全土に響いた正式婚約宣言

しおりを挟む
「リアナ=レイベルト嬢が、ルシアス閣下のお子を身ごもったと主張しております」

その報告を受けた瞬間、私は息が詰まった。

宰相付きの侍従が、険しい表情で告げたその一報は、信じがたい内容だった。

「ば、馬鹿な……そんなこと……っ」

私の動揺をよそに、ルシアス閣下は静かに椅子から立ち上がる。

「……また、手を打ってきたか」

彼の声には、怒りでも動揺でもなく、冷徹な確信と見切りがあった。

「彼女は今回、“最後の賭け”に出たのだろう。……すべてを失う覚悟で」

* * *

リアナの主張は、瞬く間に王都中に広まった。

「宰相殿と密かに関係を持ち、既に懐妊している」
「妹に婚約を奪われたのではなく、“本来の婚約者”は私だった」
「宰相は妹に無理やり縁を押しつけられたのだ」

――そんな噂が、貴族街を駆け巡った。

本来なら即座に否定される類の妄言だ。
だが、彼女は“妊娠している”という身体と、医師の診断書(買収済み)を用いて、まるで真実のように世間へ示していた。

「……本当に、どうしてここまで……姉様……」

私は信じたかった。
リアナが、かつては優しい姉であったと。
だが今の彼女は、自らの名誉とプライドのために、嘘を重ね、他者を蹴落とすことすら厭わぬ存在となっていた。

王家は事態を重く見て、緊急の政務評議会を開いた。

* * *

大広間に並ぶ、国王・王妃・各省大臣・高位貴族たち。
その中央、宰相席のすぐ隣に――私はいた。

(私は……この場に“呼ばれた”)

つまりそれは、ルシアス閣下が“私を選んだ”ということの明確な意思表示だった。

「本日は、政の場でありながら、私的な件をお含みいただくこととなる。……だが、それほどに重要な話だ」

ルシアス閣下が立ち上がると、場が静まり返る。

「私にまつわる“虚偽の懐妊”が流布されている件について、今ここに、明確に否定する」

ざわっ、と広がるどよめき。

「私はリアナ嬢と肉体的接触を持った事実は一切なく、そのような機会も与えていない。虚偽の診断を提出させた医師についても既に事情聴取を完了し、王家に提出してある」

侍従が手渡した書類を、王妃陛下が受け取り、内容を確認する。

「確かに……これは、医師が賄賂と圧力により偽証を行ったという証拠ですわね」

「では……リアナ嬢の訴えは、すべて虚構ということか?」

「虚構だ。……そして、もう一つ報告がある」

そう言った宰相閣下の灰銀の瞳が、私に向けられる。

「本日、この場をもって――私は、エルネア=レイベルト嬢との正式な婚約を王家に申請し、受理されたことを公表する」

(え……?)

一瞬、時間が止まったようだった。

「これまで婚約は“政略的暫定”として処理されていた。だが今後は明確に“私的かつ王命による正式婚約”とし、エルネア嬢は王家公認の未来の宰相夫人となる」

「こ、これは……!」

「ルシアス殿が個人として婚約者を選び、王命と国政でそれを支持する形か……!」

動揺の声が飛び交う中、私はただ、震えていた。

(本当に……正式に?)

――政略でもなく、形式でもなく。

彼は“私を、選んだ”。

それが、国の中心で、公にされた。

「なお、本日をもってリアナ・レイベルト嬢には謹慎処分が下される。身柄は王都監査局に預け、関係者ともども調査を進める予定だ」

誰も異を唱えられなかった。

国王が頷き、王妃が微笑を浮かべ、そして広間の空気が、はっきりと変わっていた。

* * *

その夜。
私は、宰相邸のバルコニーに立っていた。

静かな星空の下。
ルシアス閣下が、すぐそばにいた。

「……どうして、あんなに堂々と……」

私が口にすると、彼はほんの少し、口元を緩めた。

「君を守るためだ」

「……政務に支障が出ると、誰かに責められるかもしれないのに」

「そうなったら――君を隠す。囲う。俺だけの場所に」

そう言って、彼は私の手をそっと取る。

「君を選んだのは、国のためでも、家のためでもない。……“私が望んだから”だ」

その瞳に、偽りはなかった。

風が、そっと頬を撫でる。

私は、小さく、けれど確かな声で答えた。

「……私も、あなたを望みます」

そして、初めて。
彼の唇が、私の額に触れた。

ほんの一瞬の、けれど永遠のような静けさ。

その夜、私はようやく理解した。

この人は、“冷酷”などではなかったのだと。
不器用に、必死に、私だけを守ろうとしてくれていたのだと――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

メイド令嬢は毎日磨いていた石像(救国の英雄)に求婚されていますが、粗大ゴミの回収は明日です

有沢楓花
恋愛
エセル・エヴァット男爵令嬢は、二つの意味で名が知られている。 ひとつめは、金遣いの荒い実家から追い出された可哀想な令嬢として。ふたつめは、何でも綺麗にしてしまう凄腕メイドとして。 高給を求めるエセルの次の職場は、郊外にある老伯爵の汚屋敷。 モノに溢れる家の終活を手伝って欲しいとの依頼だが――彼の偉大な魔法使いのご先祖様が残した、屋敷のガラクタは一筋縄ではいかないものばかり。 高価な絵画は勝手に話し出し、鎧はくすぐったがって身よじるし……ご先祖様の石像は、エセルに求婚までしてくるのだ。 「毎日磨いてくれてありがとう。結婚してほしい」 「石像と結婚できません。それに伯爵は、あなたを魔法資源局の粗大ゴミに申し込み済みです」 そんな時、エセルを後妻に貰いにきた、という男たちが現れて連れ去ろうとし……。 ――かつての救国の英雄は、埃まみれでひとりぼっちなのでした。 この作品は他サイトにも掲載しています。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!

さくら
恋愛
 王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。  ――でも、リリアナは泣き崩れなかった。  「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」  庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。  「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」  絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。  「俺は、君を守るために剣を振るう」  寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。  灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。

【完結】冷遇・婚約破棄の上、物扱いで軍人に下賜されたと思ったら、幼馴染に溺愛される生活になりました。

天音ねる(旧:えんとっぷ)
恋愛
【恋愛151位!(5/20確認時点)】 アルフレッド王子と婚約してからの間ずっと、冷遇に耐えてきたというのに。 愛人が複数いることも、罵倒されることも、アルフレッド王子がすべき政務をやらされていることも。 何年間も耐えてきたのに__ 「お前のような器量の悪い女が王家に嫁ぐなんて国家の恥も良いところだ。婚約破棄し、この娘と結婚することとする」 アルフレッド王子は新しい愛人の女の腰を寄せ、婚約破棄を告げる。 愛人はアルフレッド王子にしなだれかかって、得意げな顔をしている。 誤字訂正ありがとうございました。4話の助詞を修正しました。

婚約破棄された令嬢は、“神の寵愛”で皇帝に溺愛される 〜私を笑った全員、ひざまずけ〜

夜桜
恋愛
「お前のような女と結婚するくらいなら、平民の娘を選ぶ!」 婚約者である第一王子・レオンに公衆の面前で婚約破棄を宣言された侯爵令嬢セレナ。 彼女は涙を見せず、静かに笑った。 ──なぜなら、彼女の中には“神の声”が響いていたから。 「そなたに、我が祝福を授けよう」 神より授かった“聖なる加護”によって、セレナは瞬く間に癒しと浄化の力を得る。 だがその力を恐れた王国は、彼女を「魔女」と呼び追放した。 ──そして半年後。 隣国の皇帝・ユリウスが病に倒れ、どんな祈りも届かぬ中、 ただ一人セレナの手だけが彼の命を繋ぎ止めた。 「……この命、お前に捧げよう」 「私を嘲った者たちが、どうなるか見ていなさい」 かつて彼女を追放した王国が、今や彼女に跪く。 ──これは、“神に選ばれた令嬢”の華麗なるざまぁと、 “氷の皇帝”の甘すぎる寵愛の物語。

白い結婚のはずが、騎士様の独占欲が強すぎます! すれ違いから始まる溺愛逆転劇

鍛高譚
恋愛
婚約破棄された令嬢リオナは、家の体面を守るため、幼なじみであり王国騎士でもあるカイルと「白い結婚」をすることになった。 お互い干渉しない、心も体も自由な結婚生活――そのはずだった。 ……少なくとも、リオナはそう信じていた。 ところが結婚後、カイルの様子がおかしい。 距離を取るどころか、妙に優しくて、時に甘くて、そしてなぜか他の男性が近づくと怒る。 「お前は俺の妻だ。離れようなんて、思うなよ」 どうしてそんな顔をするのか、どうしてそんなに真剣に見つめてくるのか。 “白い結婚”のはずなのに、リオナの胸は日に日にざわついていく。 すれ違い、誤解、嫉妬。 そして社交界で起きた陰謀事件をきっかけに、カイルはとうとう本心を隠せなくなる。 「……ずっと好きだった。諦めるつもりなんてない」 そんなはずじゃなかったのに。 曖昧にしていたのは、むしろリオナのほうだった。 白い結婚から始まる、幼なじみ騎士の不器用で激しい独占欲。 鈍感な令嬢リオナが少しずつ自分の気持ちに気づいていく、溺愛逆転ラブストーリー。 「ゆっくりでいい。お前の歩幅に合わせる」 「……はい。私も、カイルと歩きたいです」 二人は“白い結婚”の先に、本当の夫婦を選んでいく――。 -

本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます

氷雨そら
恋愛
 本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。 「君が番だ! 間違いない」 (番とは……!)  今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。  本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...