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第8話 結婚準備と贈り物、そして忍び寄る影
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「挙式は、王都礼拝堂で行われる。来月末までに準備を整えるよう、王命が下った」
ルシアス閣下は、いつも通り淡々とそう言った。
けれど私の心は、彼のひと言で信じられないほど波立っていた。
(……いよいよ、私は“彼の妻”になるのね)
地味で、誰の記憶にも残らなかった私が――
冷酷宰相と恐れられるルシアス閣下の正式な婚約者として、王家に認められた“未来の花嫁”になる。
これは夢じゃない。
そう自分に言い聞かせても、胸の奥は落ち着かなかった。
* * *
婚礼準備は、想像以上に慌ただしかった。
王家が関わる婚儀であるため、ドレス、式次第、来賓席、料理に至るまで、どれもが「国家規模」で整えられていく。
私は連日、打ち合わせと仮縫いに追われ、王妃陛下の妃教育も同時進行だった。
だがその忙しさの中でも、彼――ルシアス閣下は、必ず毎晩時間をつくって私に声をかけてくれた。
「疲れていないか?」
「食事はちゃんと摂ったか」
「君に似合う香水を選んでおいた。……嫌なら変える」
(――不器用なくらい、優しい)
それが、どれほど心を支えてくれていたか。
私は彼に、少しずつ、けれど確かに、恋をしていた。
* * *
ある晩。
疲れた私が部屋に戻ると、机の上に見慣れない小箱が置かれていた。
「……閣下、これは?」
「贈り物だ。君に――婚約者としてではなく、“私の大切な女性”として」
そっと開けると、そこには淡く輝く指輪。
水面のような薄青の宝石が、小さな金の輪に嵌められていた。
「……綺麗……」
「それは私の母が使っていた指輪だ。誰にも渡したことはない。
……だが君なら、着けてほしいと思った」
私は、その言葉に声が出なかった。
家柄でも、顔でも、名声でもない。
“私”という存在そのものを、彼が選んでくれた。
「……はい。大切にします。ずっと、着けていたい」
その瞬間、彼の表情がほんの少しだけ、綻んだ気がした。
それは、国の重責を背負い続けた男が見せる、ごく短い、けれど確かな“幸福”の証。
私は、彼の隣にいられることを、心から誇りに思った。
* * *
だが――その裏で、見えない影が動き始めていた。
「……失礼いたします。依頼された日程通り、準備は整いました」
「ご苦労だったわ。……あの子が式を迎える前に、すべて終わらせてちょうだい」
冷たく笑うその女――リアナ・レイベルト。
彼女は王都を追われ、貴族としての立場も失った今なお、
“ルシアス閣下への執着”だけを心に残していた。
(私の代わりに隣に立った妹……)
(ふふ……奪ったなら、責任を取ってもらうだけ)
彼女が雇ったのは、辺境で暗躍する傭兵団。
婚礼式場への下見に赴く道中で、馬車を襲撃し、事故に見せかけて“花嫁”を排除する。
すべては、見えないところで。
そして、彼の心に永遠に残るのは、
“守れなかった婚約者”という喪失感だけ。
(それでいいのよ。私だけが、あなたの中に残るのだから)
それは、恋ではなかった。
愛でもなかった。
ただの、壊れた執着と狂気の果て。
だが私は、そんな計画の存在すら知らずに、明朝、何も疑わず式場へ向かう予定だった。
「……明日は、礼拝堂の下見です。準備が整っています」
「行程には騎士を十名つけろ。……それと、“影”を三人」
「……それほどまでに?」
「嫌な予感がする。……私の“本能”が告げている」
ルシアス閣下は、いつになく鋭い目で私の行動予定を睨みつけていた。
その時、彼の胸の中で既に「何か」が警鐘を鳴らしていたのかもしれない。
(何があっても、彼女だけは……)
そして、それはまさに――
「すべてを懸けて守るべき存在」への、予感だった。
ルシアス閣下は、いつも通り淡々とそう言った。
けれど私の心は、彼のひと言で信じられないほど波立っていた。
(……いよいよ、私は“彼の妻”になるのね)
地味で、誰の記憶にも残らなかった私が――
冷酷宰相と恐れられるルシアス閣下の正式な婚約者として、王家に認められた“未来の花嫁”になる。
これは夢じゃない。
そう自分に言い聞かせても、胸の奥は落ち着かなかった。
* * *
婚礼準備は、想像以上に慌ただしかった。
王家が関わる婚儀であるため、ドレス、式次第、来賓席、料理に至るまで、どれもが「国家規模」で整えられていく。
私は連日、打ち合わせと仮縫いに追われ、王妃陛下の妃教育も同時進行だった。
だがその忙しさの中でも、彼――ルシアス閣下は、必ず毎晩時間をつくって私に声をかけてくれた。
「疲れていないか?」
「食事はちゃんと摂ったか」
「君に似合う香水を選んでおいた。……嫌なら変える」
(――不器用なくらい、優しい)
それが、どれほど心を支えてくれていたか。
私は彼に、少しずつ、けれど確かに、恋をしていた。
* * *
ある晩。
疲れた私が部屋に戻ると、机の上に見慣れない小箱が置かれていた。
「……閣下、これは?」
「贈り物だ。君に――婚約者としてではなく、“私の大切な女性”として」
そっと開けると、そこには淡く輝く指輪。
水面のような薄青の宝石が、小さな金の輪に嵌められていた。
「……綺麗……」
「それは私の母が使っていた指輪だ。誰にも渡したことはない。
……だが君なら、着けてほしいと思った」
私は、その言葉に声が出なかった。
家柄でも、顔でも、名声でもない。
“私”という存在そのものを、彼が選んでくれた。
「……はい。大切にします。ずっと、着けていたい」
その瞬間、彼の表情がほんの少しだけ、綻んだ気がした。
それは、国の重責を背負い続けた男が見せる、ごく短い、けれど確かな“幸福”の証。
私は、彼の隣にいられることを、心から誇りに思った。
* * *
だが――その裏で、見えない影が動き始めていた。
「……失礼いたします。依頼された日程通り、準備は整いました」
「ご苦労だったわ。……あの子が式を迎える前に、すべて終わらせてちょうだい」
冷たく笑うその女――リアナ・レイベルト。
彼女は王都を追われ、貴族としての立場も失った今なお、
“ルシアス閣下への執着”だけを心に残していた。
(私の代わりに隣に立った妹……)
(ふふ……奪ったなら、責任を取ってもらうだけ)
彼女が雇ったのは、辺境で暗躍する傭兵団。
婚礼式場への下見に赴く道中で、馬車を襲撃し、事故に見せかけて“花嫁”を排除する。
すべては、見えないところで。
そして、彼の心に永遠に残るのは、
“守れなかった婚約者”という喪失感だけ。
(それでいいのよ。私だけが、あなたの中に残るのだから)
それは、恋ではなかった。
愛でもなかった。
ただの、壊れた執着と狂気の果て。
だが私は、そんな計画の存在すら知らずに、明朝、何も疑わず式場へ向かう予定だった。
「……明日は、礼拝堂の下見です。準備が整っています」
「行程には騎士を十名つけろ。……それと、“影”を三人」
「……それほどまでに?」
「嫌な予感がする。……私の“本能”が告げている」
ルシアス閣下は、いつになく鋭い目で私の行動予定を睨みつけていた。
その時、彼の胸の中で既に「何か」が警鐘を鳴らしていたのかもしれない。
(何があっても、彼女だけは……)
そして、それはまさに――
「すべてを懸けて守るべき存在」への、予感だった。
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