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午前7時、東京。
梅雨の終わりかけ、ビルの谷間に細い雨が降り続いていた。
朝倉蓮(あさくら・れん)は、探偵事務所の窓辺でタバコの煙をくゆらせながら、雨粒がガラスを伝うのをぼんやりと見ていた。
雨の日は昔から好きだった。外の音が消えて、自分の世界だけになる気がするからだ。
「……静かでいい」
小さく呟いた瞬間――
カラン、とドアベルが鳴った。
雨の空気を破るように、明るい声が響く。
「おはようございますっ!」
びしょ濡れの傘を抱えた青年が立っていた。
黒髪に雨の雫が光っている。
新品のスーツ、少し緊張した笑顔。
まるでこの静かな事務所に場違いな、眩しすぎる存在だった。
「今日からお世話になります、三上陽翔(みかみ・はると)です!」
蓮はタバコを灰皿に押し付け、視線だけを向けた。
一瞥でわかる――場慣れしていない、でもどこか芯がある目。
正直、印象は「騒がしそう」。
「そこ、傘立て。靴、拭け」
「は、はいっ!」
陽翔は慌てて靴を拭き、事務所に足を踏み入れた。
小さな事務所は、デスクと古い棚と、コーヒーメーカーだけの質素な空間。
雨の音と時計の音が響くだけの、静かな世界だった。
「えっと……俺、本当にここで助手やれるんですよね」
「知らねえよ。やれるかどうかはお前次第だ」
蓮の声は淡々としていて、まるで雨音と同化していた。
三上は一瞬たじろいだが、すぐに笑顔を浮かべた。
「……なんか、思ってたより“探偵”っぽいです。朝倉さん」
「その呼び方やめろ。蓮でいい」
「え?……じゃあ、蓮さん?」
蓮はわずかに眉をひそめる。
(“さん”はいらねぇって言うタイプか?)
陽翔は心の中でそんなことを考えながらも、やっぱりこの人が気になる。
冷たく見えるのに、怖くはなかった。
「今日、最初の案件が入ってる。外出だ。着いてこい」
「えっ、初日から!?」
「助手だろ」
短いやりとりのあと、ふたりは傘をさして外へ出た。
ひとつの屋根の下、微妙に肩が触れそうな距離。
雨の匂いが、いつもよりも強く感じられた。
「蓮さん、雨好きなんですか?」
「……うるさい」
「うるさいって……!」
思わず笑い声がこぼれる。
蓮の横顔は雨に濡れて冷たいのに、どこか温度があった。
陽翔はその横顔をちらりと見上げて、胸がほんの少し高鳴る。
(やば……なんか、こういう人、苦手じゃないかも)
(……騒がしいのに、妙に黙ってても空気が悪くならねえ)
互いに言葉にはしないけれど、ほんのわずかに空気が変わった。
雨の中で、はじまった最悪な初日――
それは、どこか懐かしい匂いのする“始まり”だった。
🕊️ 第2話 予告:「濡れた足音と、肩の距離」
初案件の調査で、夜の街を歩くふたり。
冷たい雨と小さな傘、触れそうで触れない肩――
胸の奥に、ほんの小さな熱が灯る夜。
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