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壁の時計は午前3時を少し過ぎていた。
雨上がりの夜は驚くほど静かで、遠くの車の音さえ聞こえない。
その中で、ふたりの指先だけが――まだ、ほんの少し触れたまま。
動かそうとすれば、すぐに離れてしまうような弱い接触。
でもそのわずかな距離が、まるで世界の真ん中みたいに感じられた。
「……」
陽翔は喉の奥がきゅっと鳴るのを、自分でも聞いてしまった。
息を吸うのも少し怖いくらい、空気が近い。
蓮の指先の温度が、肌にゆっくりと染みてくる。
「……眠いか?」
蓮が低く言った。
掠れた声は、いつもの冷たさではなく、柔らかく滲んでいた。
夜の深さと同じくらい、優しい声だった。
「眠くない……」
陽翔は小さく首を振った。
蓮の目がまっすぐこちらを見ている。
まるで逃げ道がないみたいな、真剣な眼差し。
でも、不思議と怖くなかった。
「……変な夜になったな」
「うん」
「俺、こんなふうに人と夜を過ごすの……何年ぶりだろ」
「え?」
蓮の視線が一瞬、少しだけ遠くを見た。
過去の記憶の奥に沈むような横顔。
陽翔はその表情を、静かに見つめた。
普段、無表情に見える男が見せる、初めての“揺らぎ”。
「ずっと、ひとりでいいと思ってた。……いや、“誰とも関わらないほうがいい”って思ってた」
「……」
「でも、お前が来てから――うるさいし、面倒で、落ち着かない」
「え、それ悪口じゃん」
「……なのに、今日は……帰らなくてもいいって、思ってる」
その言葉に、陽翔の胸が一気に熱くなった。
笑おうとしたのに、喉の奥がきゅっと詰まって声が出ない。
蓮はゆっくりと息を吐き、指先にほんの少し力を込めた。
陽翔の指が、その力に自然と応える。
「……俺も」
「ん?」
「俺もね。蓮さんがいると、安心するんだ」
「安心?」
「そう。変な意味じゃなくて……あー、でも」
陽翔が照れくさそうに笑う。
ランプの灯りがその頬を赤く染めていた。
まるで、灯りじゃなくて心の色が映っているみたいだった。
「……変な意味、ちょっとはあるかも」
その小さな声に、蓮の心臓が跳ねた。
抑えた息が漏れる。
言葉じゃない“揺れ”が、胸の奥に静かに波紋を広げた。
「……バカ」
「知ってる」
蓮はため息をついた――けれど、手は離さなかった。
むしろ、そのまま陽翔の手を自然に包み込んでいた。
無理でもなく、衝動でもなく。
ただそこに“在る”ようなあたたかさ。
*
夜明け前、空はまだ薄暗い。
事務所の窓に淡い光が少しずつにじみはじめた。
その光がふたりの手を照らし、影を重ねていく。
「……眠ろうか」
「ここで?」
「ああ」
ソファに並んで腰をずらし、ふたりはそのまま背もたれに身を預けた。
指先は、まだ繋いだまま。
蓮がこんなふうに誰かと並んで夜を越えるなんて――想像もしなかった。
だけど、不思議と自然だった。
陽翔は蓮の肩に少しだけ身体を預けた。
拒まれなかった。
そのまま、静かな呼吸が重なり、夜がふたりを包み込んだ。
(……もう、この距離に慣れちまいそうだ)
蓮の瞼がゆっくりと閉じる。
指先の熱と、陽翔の体温が、夜の最後を温めていた。
🕊️ 第7話 予告:「朝の光と、ぎこちない距離」
夜明け、眠りから覚めたふたり。
手を離さなかった夜の“余韻”が、朝の空気を変えていく。
いつもと同じ朝のはずが――もう、少し違って見える。
雨上がりの夜は驚くほど静かで、遠くの車の音さえ聞こえない。
その中で、ふたりの指先だけが――まだ、ほんの少し触れたまま。
動かそうとすれば、すぐに離れてしまうような弱い接触。
でもそのわずかな距離が、まるで世界の真ん中みたいに感じられた。
「……」
陽翔は喉の奥がきゅっと鳴るのを、自分でも聞いてしまった。
息を吸うのも少し怖いくらい、空気が近い。
蓮の指先の温度が、肌にゆっくりと染みてくる。
「……眠いか?」
蓮が低く言った。
掠れた声は、いつもの冷たさではなく、柔らかく滲んでいた。
夜の深さと同じくらい、優しい声だった。
「眠くない……」
陽翔は小さく首を振った。
蓮の目がまっすぐこちらを見ている。
まるで逃げ道がないみたいな、真剣な眼差し。
でも、不思議と怖くなかった。
「……変な夜になったな」
「うん」
「俺、こんなふうに人と夜を過ごすの……何年ぶりだろ」
「え?」
蓮の視線が一瞬、少しだけ遠くを見た。
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普段、無表情に見える男が見せる、初めての“揺らぎ”。
「ずっと、ひとりでいいと思ってた。……いや、“誰とも関わらないほうがいい”って思ってた」
「……」
「でも、お前が来てから――うるさいし、面倒で、落ち着かない」
「え、それ悪口じゃん」
「……なのに、今日は……帰らなくてもいいって、思ってる」
その言葉に、陽翔の胸が一気に熱くなった。
笑おうとしたのに、喉の奥がきゅっと詰まって声が出ない。
蓮はゆっくりと息を吐き、指先にほんの少し力を込めた。
陽翔の指が、その力に自然と応える。
「……俺も」
「ん?」
「俺もね。蓮さんがいると、安心するんだ」
「安心?」
「そう。変な意味じゃなくて……あー、でも」
陽翔が照れくさそうに笑う。
ランプの灯りがその頬を赤く染めていた。
まるで、灯りじゃなくて心の色が映っているみたいだった。
「……変な意味、ちょっとはあるかも」
その小さな声に、蓮の心臓が跳ねた。
抑えた息が漏れる。
言葉じゃない“揺れ”が、胸の奥に静かに波紋を広げた。
「……バカ」
「知ってる」
蓮はため息をついた――けれど、手は離さなかった。
むしろ、そのまま陽翔の手を自然に包み込んでいた。
無理でもなく、衝動でもなく。
ただそこに“在る”ようなあたたかさ。
*
夜明け前、空はまだ薄暗い。
事務所の窓に淡い光が少しずつにじみはじめた。
その光がふたりの手を照らし、影を重ねていく。
「……眠ろうか」
「ここで?」
「ああ」
ソファに並んで腰をずらし、ふたりはそのまま背もたれに身を預けた。
指先は、まだ繋いだまま。
蓮がこんなふうに誰かと並んで夜を越えるなんて――想像もしなかった。
だけど、不思議と自然だった。
陽翔は蓮の肩に少しだけ身体を預けた。
拒まれなかった。
そのまま、静かな呼吸が重なり、夜がふたりを包み込んだ。
(……もう、この距離に慣れちまいそうだ)
蓮の瞼がゆっくりと閉じる。
指先の熱と、陽翔の体温が、夜の最後を温めていた。
🕊️ 第7話 予告:「朝の光と、ぎこちない距離」
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手を離さなかった夜の“余韻”が、朝の空気を変えていく。
いつもと同じ朝のはずが――もう、少し違って見える。
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