Rain after Five

春夜夢

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薄いカーテン越しに、やわらかな朝の光が差し込みはじめていた。
事務所の空気はまだ静まり返っていて、外の街も目を覚ましたばかり。
昨日と同じ空間なのに――世界が、少し違って見えた。

陽翔は、蓮の腕のなかで目を覚ました。
暖かい。
まだ夜の余韻が残っている。
身体を少しだけ動かすと、背中に回された腕がふわりと締まった。

「……おはよ」

囁くような声が、耳のすぐそばで響いた。
蓮の声は低くて、少し掠れていて、
まるでこの朝の空気そのものみたいに、やさしかった。

「……おはよ、蓮さん」

陽翔は振り向かずに答えた。
胸の奥に、ほんの少しの恥ずかしさと、じんわりとした幸福感が広がる。
昨日の夜、初めてキスをした。
それだけで、こんなに世界が柔らかくなるなんて、知らなかった。

「……寝相悪いな」

「え、俺? そっちでしょ。途中で腕、ぎゅーってしてたじゃん」

「……知らねぇよ」

「ふふ」

陽翔は、蓮の胸のあたりに額を押し当てた。
その拍子に、ふたりの呼吸が混ざる。
夜の熱はすこし冷めて、朝の空気と混じり合っていた。
それが心地よくて、安心できた。



「なあ」

「ん」

「昨日の夜のこと……」

蓮が、少しだけ喉を鳴らした。
いつもの無愛想な声じゃない。
少し迷いながら、それでも確かに“想い”を含んでいる声だった。

「……後悔してねぇか」

陽翔は一瞬きょとんとしたあと、すぐにくすっと笑った。
あまりに“蓮さんらしい”問い方で、ちょっと胸がくすぐったくなる。

「してるわけ、ないでしょ」

「……そうか」

「むしろ……うれしかったよ。初めてが蓮さんで」

蓮の腕がぴくりと動いた。
陽翔は振り向かない。
恥ずかしさで真っ赤になっているのは、自分の顔のほうだから。

(……今、たぶん、俺もすごい顔してる)

(でも……それでいい)

ほんの少し力がこもって、蓮の腕が陽翔をさらに抱き寄せた。
胸と背中がしっかりと重なって、心臓の鼓動がまるで一つになるみたいだった。

「……バカ」

「うん、言われなくても知ってる」

「……うるせぇ」

それでも、蓮の声は優しかった。
いつものぶっきらぼうの奥に、ちゃんと“好き”が混ざっていた。



朝の光が少しずつ強くなっていく。
二人はもうしばらくそのまま、何も言わずに抱き合っていた。
時間が止まったみたいに、穏やかで、やさしい空気が流れている。

陽翔がそっと顔を上げると、
蓮が真上から、まっすぐな目で自分を見下ろしていた。
その視線に、胸がきゅっと締めつけられる。

「……どうした」

「別に……なんか、かっこいいなって思っただけ」

「……朝から何言ってんだ」

「ほんとだもん」

「……バカ」

陽翔が笑うと、蓮も目を細めた。
その仕草は、いつもの彼からは考えられないほど柔らかかった。
昨日までだったら絶対に見られなかった顔。
陽翔だけに向けられる表情だと、直感でわかる。

(――好きだ)

言葉にはしなかった。
でも、胸の奥に確かな気持ちが生まれている。
昨日の夜のキスで始まった“何か”が、ちゃんと形になっていく。



「……そろそろ起きるか」

蓮が名残惜しそうに腕をほどいた。
陽翔もソファの上で身体を起こし、軽く伸びをする。
朝の光がふたりを包み込んで、事務所の空気が新しい一日を告げていた。

「……これ、慣れたらやばいね」

「何が」

「朝から一緒にいるの、幸せすぎて」

「……うるせぇ」

そう言いながらも、蓮の耳はほんのり赤い。
陽翔はそれを見て、そっと笑った。
ふたりの“日常”が、昨日までと違っていることを、もう誰も否定できなかった。

🕊️ 第19話 予告:「はじまりの日常」
初めて“想い”を知った朝。
ふたりはまだ恋人と呼べない関係だけれど、心はもう確かに重なっている。
日常の中に、恋が息づきはじめる――。
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