19 / 81
19
しおりを挟む
朝の光は、昨日よりも少しだけ明るく感じた。
同じ場所に、同じ時間――なのに、景色がほんの少し違って見える。
夜の静けさのなかで交わしたキスと抱擁が、ふたりの世界を静かに塗り替えていた。
陽翔はカウンターの前でコーヒーを淹れていた。
香ばしい香りが事務所の空気に満ちる。
その横で、蓮は何気なく資料に目を通していた――
……はずなのに、時々こっちを見る。
「……なに」
陽翔がくるりと振り向くと、蓮はふいっと視線を逸らした。
顔には出さないくせに、耳の先がほんのり赤い。
「別に」
「うわ、今ちょっと照れたでしょ」
「照れてねぇ」
「そういうとこ、可愛いって言われるんだよ」
「誰が言った」
「俺」
陽翔がにやりと笑うと、蓮の眉がわずかに動いた。
けれど怒っているわけじゃない。
その顔は――“少し照れている顔”だ。
昨日までの距離じゃ、こんなふうにからかうこともできなかった。
「……お前、ほんとめんどくせぇ」
「ありがと、それ褒め言葉」
「褒めてねぇ」
軽口を交わしながら、陽翔はふたり分のコーヒーを淹れる。
湯気の立ちのぼるカップを渡すと、蓮は無言で受け取った。
指と指が一瞬、触れる。
それだけで、昨夜の感触が鮮やかに蘇る。
心臓がちょっとだけ跳ねた。
「……顔に出すな」
「出してない」
「出てる」
「蓮さんだって」
「……うるせぇ」
ふたりは同時に目を逸らして、カップを口に運んだ。
その仕草がぴたりと揃って、思わず笑いがこぼれる。
――こういう何気ない時間が、こんなにも甘くなるなんて。
*
午前の仕事はいつも通り。
依頼先をまわり、写真を撮り、簡単な聞き込みをする。
でも、いつもと決定的に違うのは――
ふたりの距離が“少しだけ近い”ことだった。
「おい、もっとこっち寄れ」
「え、なんで」
「カメラ入んねぇだろ」
「へいへい~」
陽翔が半歩近づく。
蓮の肩に、軽く肩が触れる。
それだけで、心臓がふわっと浮いた。
(……やばい、昨日の夜から、ちょっとしたことでドキドキしてる)
(こんなに意識しちゃうとか、ずるい)
蓮は何も言わずに前を向いているけれど、
陽翔の目には、さっきより少し赤くなった耳がちゃんと見えていた。
「蓮さんって、顔に出ないようにしても、耳でバレるよね」
「……殺すぞ」
「そうやって言うときも、耳赤いんだよ」
「陽翔」
「はい、すみません」
怒られても、嬉しい。
そう思ってしまう自分に、陽翔は内心で苦笑した。
――ほんとにもう、戻れない。
*
昼すぎ。
ひと段落したふたりは、駅前の小さなベンチに腰を下ろした。
風が気持ちよくて、太陽の光がやわらかい。
ちょっとした休憩の時間。
陽翔はペットボトルの水を飲みながら、隣に座る蓮をちらりと見た。
真っすぐ前を見ているその横顔が、やけにきれいに見える。
風で揺れる髪、少し細められた目。
いつも通りの顔なのに――
恋を知ったあとでは、まるで違って見える。
「……なに見てんだ」
「ん~別に」
「……そういう“別に”が一番うさんくせぇんだよ」
「そんな顔も好きだけど」
「お前……」
蓮が呆れたように眉を寄せた。
でも、その表情にはもう“拒絶”なんて一切なかった。
むしろ、ほんの少し照れたように肩をすくめている。
「……ほんとに、うるさい」
「うん。でも、好きでしょ? 俺のこと」
「は?」
「え、今、否定しなかった」
陽翔が勝ち誇ったように笑うと、蓮はわずかに目を細めた。
その仕草が、陽翔の胸を強く鳴らす。
「……バカ」
「うん、バカ」
蓮はため息をついて、空を仰いだ。
だけど――口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
それだけで陽翔の胸はいっぱいになった。
*
仕事の帰り道、二人の歩幅は自然と揃っていた。
腕と腕がかすかに触れ、でも誰もそれを不自然とは思わない。
これはもう、ただの同僚じゃなく、
“ふたりだけの空気”だった。
「……なあ、蓮さん」
「ん」
「こういう時間、ずっと続くといいなって思ってもいい?」
「……勝手にしろ」
そう言いながらも、蓮はわずかに横目で陽翔を見た。
その視線には、冷たさなんて欠片もない。
むしろ、やさしさと――ほんの少しの照れが混ざっていた。
陽翔はその視線を受け止め、ふわりと笑った。
空の色が、やけに綺麗だった。
🕊️ 第20話 予告:「恋人になる前の距離」
曖昧な関係は、少しずつ“恋人”の形に近づいていく。
視線、指先、声――すべてが、甘く、やさしい。
ふたりの間に、恋が静かに満ちていく夜。
同じ場所に、同じ時間――なのに、景色がほんの少し違って見える。
夜の静けさのなかで交わしたキスと抱擁が、ふたりの世界を静かに塗り替えていた。
陽翔はカウンターの前でコーヒーを淹れていた。
香ばしい香りが事務所の空気に満ちる。
その横で、蓮は何気なく資料に目を通していた――
……はずなのに、時々こっちを見る。
「……なに」
陽翔がくるりと振り向くと、蓮はふいっと視線を逸らした。
顔には出さないくせに、耳の先がほんのり赤い。
「別に」
「うわ、今ちょっと照れたでしょ」
「照れてねぇ」
「そういうとこ、可愛いって言われるんだよ」
「誰が言った」
「俺」
陽翔がにやりと笑うと、蓮の眉がわずかに動いた。
けれど怒っているわけじゃない。
その顔は――“少し照れている顔”だ。
昨日までの距離じゃ、こんなふうにからかうこともできなかった。
「……お前、ほんとめんどくせぇ」
「ありがと、それ褒め言葉」
「褒めてねぇ」
軽口を交わしながら、陽翔はふたり分のコーヒーを淹れる。
湯気の立ちのぼるカップを渡すと、蓮は無言で受け取った。
指と指が一瞬、触れる。
それだけで、昨夜の感触が鮮やかに蘇る。
心臓がちょっとだけ跳ねた。
「……顔に出すな」
「出してない」
「出てる」
「蓮さんだって」
「……うるせぇ」
ふたりは同時に目を逸らして、カップを口に運んだ。
その仕草がぴたりと揃って、思わず笑いがこぼれる。
――こういう何気ない時間が、こんなにも甘くなるなんて。
*
午前の仕事はいつも通り。
依頼先をまわり、写真を撮り、簡単な聞き込みをする。
でも、いつもと決定的に違うのは――
ふたりの距離が“少しだけ近い”ことだった。
「おい、もっとこっち寄れ」
「え、なんで」
「カメラ入んねぇだろ」
「へいへい~」
陽翔が半歩近づく。
蓮の肩に、軽く肩が触れる。
それだけで、心臓がふわっと浮いた。
(……やばい、昨日の夜から、ちょっとしたことでドキドキしてる)
(こんなに意識しちゃうとか、ずるい)
蓮は何も言わずに前を向いているけれど、
陽翔の目には、さっきより少し赤くなった耳がちゃんと見えていた。
「蓮さんって、顔に出ないようにしても、耳でバレるよね」
「……殺すぞ」
「そうやって言うときも、耳赤いんだよ」
「陽翔」
「はい、すみません」
怒られても、嬉しい。
そう思ってしまう自分に、陽翔は内心で苦笑した。
――ほんとにもう、戻れない。
*
昼すぎ。
ひと段落したふたりは、駅前の小さなベンチに腰を下ろした。
風が気持ちよくて、太陽の光がやわらかい。
ちょっとした休憩の時間。
陽翔はペットボトルの水を飲みながら、隣に座る蓮をちらりと見た。
真っすぐ前を見ているその横顔が、やけにきれいに見える。
風で揺れる髪、少し細められた目。
いつも通りの顔なのに――
恋を知ったあとでは、まるで違って見える。
「……なに見てんだ」
「ん~別に」
「……そういう“別に”が一番うさんくせぇんだよ」
「そんな顔も好きだけど」
「お前……」
蓮が呆れたように眉を寄せた。
でも、その表情にはもう“拒絶”なんて一切なかった。
むしろ、ほんの少し照れたように肩をすくめている。
「……ほんとに、うるさい」
「うん。でも、好きでしょ? 俺のこと」
「は?」
「え、今、否定しなかった」
陽翔が勝ち誇ったように笑うと、蓮はわずかに目を細めた。
その仕草が、陽翔の胸を強く鳴らす。
「……バカ」
「うん、バカ」
蓮はため息をついて、空を仰いだ。
だけど――口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
それだけで陽翔の胸はいっぱいになった。
*
仕事の帰り道、二人の歩幅は自然と揃っていた。
腕と腕がかすかに触れ、でも誰もそれを不自然とは思わない。
これはもう、ただの同僚じゃなく、
“ふたりだけの空気”だった。
「……なあ、蓮さん」
「ん」
「こういう時間、ずっと続くといいなって思ってもいい?」
「……勝手にしろ」
そう言いながらも、蓮はわずかに横目で陽翔を見た。
その視線には、冷たさなんて欠片もない。
むしろ、やさしさと――ほんの少しの照れが混ざっていた。
陽翔はその視線を受け止め、ふわりと笑った。
空の色が、やけに綺麗だった。
🕊️ 第20話 予告:「恋人になる前の距離」
曖昧な関係は、少しずつ“恋人”の形に近づいていく。
視線、指先、声――すべてが、甘く、やさしい。
ふたりの間に、恋が静かに満ちていく夜。
0
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる